《5》強面皇帝と四人の王子
世界最強の王として名をあげた一人の男がいた。
名は、マクシミリアン・ゴールデンロック。
現在二十七歳。未婚。
漆黒の長い前髪で目元が隠されており表情は常に無。
口数が少ない寡黙な青年である。
二㍍超す長身に良質な筋肉を纏っていて逞しすぎる体つき。
世界に数頭しかいない魔物と軍馬の合の子の軍黒馬、ブラックホースに跨がり、鋭い眼光で威嚇し戦うその姿に人々は恐れおののく。
膨大な魔術を持ち、自由自在に操るその姿は黒い悪魔、大魔王の化身などと呼ばれていた。
本来の姿は神様もビックリするほどのの美形の持ち主なのだが……その美しさに気付いているのは同じ戦場で闘った同士しか知らない。
◇◇◆◆◇◇
世界最強皇帝として帝国の王座に君臨し何年か過ぎた頃、争いを好まないリオジェラテリア王国が突如戦争を吹っ掛けてきた。
国王は賢王と言われ、亡き王妃を想い後妻は娶らず、五人の王子と一人娘の王女の六人の子を慈しみ、とても大切にしているという。
リオジェラテリアは戦力の低い弱小国。古くから神々の不思議な力で守られているという言い伝えがあり、他国との関わり持たない神秘的で謎に包まれた王国だ。
気候にも恵まれていて暖かな陽射しが一年中降り注ぎ、他国に頼らなくても自国の豊富な資源だけで暮らして行ける裕な国である。
その国が侵略してきた理由は定かではないが、““予言師””と呼ばれる悪人が国を操り唆したのではないか言われている。
騙されたリオジェラテリアは皇帝マクシミリアンただ一人の力に敗北した。
その戦いを““一秒戦争””と人々は呼ぶ。
負傷者も死者も一人も出さず無血の戦い。
ゴールデンロック大帝国とリオジェラテリア王国のその戦いは今も尚語り継がれている伝説の戦いである。
この戦い後、間違ってもマクシミリアン率いる大帝国には戦いを挑む国はいなくなり世界に平和が訪れたという。
◇◇◆◆◇◇
ゴールデンロック大帝国、皇帝執務室では皇帝マクシミリアンはいつになく恐ろしい形相で何かを考えていた。
隣国のリオジェラテリアが不穏な動きをしていると報告を受けたのは三日前。
念のため戦争準備の指示を出していたのだが……たった今、辺境伯から援軍の要請を受け取ったところだった。
前触れもなく隣国のリオジェラテリア王国がゴールデンロック大帝国に侵略戦争をしかけてきたのは数刻前である。
人数的に厳しい戦いになると、珍しく弱気な辺境伯の言葉はとても重い。それだけ戦場は深刻であるということだ。
無言のまま黒いオーラを放つ皇帝は固く閉じていた瞳を見開いていて席から立ち上がった。
側に控えていた宰相に「任せろ」と一言放ったのち部屋から足早に出ていった。
世界最強にして最大の軍馬に跨がると、転移魔法を繰り出しあっという間に厩舎から姿を消してしまった。
宰相が止める声はもう届かない。護衛を引き連れて追いかけたがその場には皇帝も皇帝の愛馬も居なかった。
宰相は「またお一人で……」と頭を抱えたが、近衛騎士団の団長は「マークなら余裕、余裕!大丈夫っしょ」と肩をポンポンと叩いて笑みを浮かべている。
一方、国境付近では開戦に向け四人の王子が指示を出していた。戦慣れしていない四人の王子は気持ちに余裕はなく、ピリピリとしていて落ち着きがない。
先手必勝。「皆のものいくぞ!」と将軍を任された第二王子は自分自身を鼓舞するかのように高らかに声を張り上げたその時であった……
辺りがどす黒く光った。
そして、次の瞬間……一人の厳つい男が馬に跨がり姿を現したのだ。
リオジェラテリア王国の将軍の第二王子と副将軍の第三、第四、第五王子に緊張が走る。四人の王子はゴールデンロックの皇帝だとすぐに気付いた。
王子らはマクシミリアンに何度かあったことがある。
武力も魔力も最強であると知っている。
挨拶程度でしか接触はないが、いつも眉間にシワを寄せ、怒りを顔全体、いや、身体全体に出していて近寄り難い人。これまでに表情を緩めて話している所を一度も見たことはない。
それに予言師の予言に加え、近年の皇帝の乱れた生活の噂はあまりにもひどい。
皇帝の威圧感は半端なくヒヤリと汗が背を伝う。一般兵は恐怖で尻餅をついて怯えている。中には逃げ出そうとしている者も。
だが、よくよく考えてみたらその場には皇帝ただ一人。
たった一人で何が出来るものか。と王子らは徐々に落ち着きを取り戻した。
数百メートル離れた場所に帝国の騎士団が散らばっているが、この人数の差は明らかであちら側に勝機は薄い。
この皇帝一人を討てば、我が国の勝利だと余裕の笑みを浮かべ「あれは敵国皇帝マクシミリアン!目指すは皇帝ただ一人。いくぞ!」と号令を掛けた。
しかし、次の瞬間だった。
『『バリバリ、バリバリ、ドスン!ドスン!ドスン!!』』
マクシミリアンは大剣を空に向かって振り上げた。と同時に天空から轟音が鳴り響き、リオジェラテリア軍目掛けて雷が落ちる。激しく大地を揺らした。
それに恐れを成した兵たちの大半は悲鳴をあげながら一目散に逃げ出していく。王子たちの笑みは消え、怯えと恐怖へと変わっていく。
『!!?なっ……なにを……!?』
『お……おい、こら、お前ら!皆の者、待て、、逃げ出すな。何処へ行く!!戦えー!!闘うんだー!』
王子たちは下っ腹から上へ上へと泥水が湧き上がってるような焦燥感に襲われた。
マクシミリアンは敵と定めた者を只の一人も逃がさない。
逃げようと必死に自国へ駆ける敵兵たちは、後方から次々と気絶し、その場に倒れていく。まず三日は目を覚まさないだろう。体が動くようになるまでひと月はかかるだろう。
逃げ出すのは一般兵だけでない。
馬たちも乗せていた主人たちを振り落としその場に置き去りにして去っていく。
馬には罪はない。マクシミリアンは敵兵のように攻撃はしない。遠くへお逃げと鋭い瞳を一瞬和らげる。
その場に残ったのは王子率いる数百の本隊と前衛だけだった。馬から振り落とされた四人の王子は腰を抜かし、あまりの恐ろしさに青ざめていく。
とんでもない人を相手にしてしまったと身を持って知った。
容赦なく王子たちにも雷が降りかかった。一瞬でリオジェラテリア軍を敗戦させたのだった。
只の一人も怪我や死人を出さずに……
マクシミリアンは想像以上の強さであった。とまたひとつその名を世界に知らしめた。