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悪女の心得その3

学べよ、乙女 (窮地を脱するには知恵、それから拳です)


 実はあのブローチはママのもので(ママって言いました今!?)綺麗だったからナイショで君にあげたんだけど、怒られてしまったんだ。

 みたいな事をもっとダラダラ長い言葉で言われたような気がしましたけど、衝撃のあまりよく覚えてませんわ。

 というか、ママにもブッ飛んだのでさらにわかりませんでしたわ。

「お小遣いだってたっぷり貰っていたでしょうに何だってそんなセコいことを」

「いやその……」

 もごもごと口篭る。何かあるらしいが言う気はないと。ほう。

「で……そのアナタのやらかしが、何で婚約破棄なんですの?」

「マリア・カタンベリー嬢」

 セリフを引き取ったのはベンジャミン・ママ。失礼、リッチモンド婦人。

「息子の失態は別途に叱っておくとして、あなたのことをここでは詰めたいと思うの。率直に聞くわね? カタンベリー家は昨今、家計が苦しいというのは本当かしら」

 なにそれ? 把握しておりませんわよ?

 そんなことないですわ。ないはずですわ。思わずヘイシリーを呼ぼうとして止める。実はそうでしたとか言われたらどうしようかと。

「あなたの返してくれた私のブローチ、偽者でしたわ。私がこのジュエリーを注文した宝石商に鑑定してもらいましたの、間違いございません。ガラスに、メッキ。粗悪品だと。水につけたのは間違いでしたわね。ブローチの針に錆が浮いていましてよ。私は土台も金で作りましたの。イミテーションとはいえ、なんてチープなものを作ったのかしら。リボンの幅も違うし、周りの色もガーネットではなくルビーですわ」

 遠まわしにめちゃくちゃ自慢されましたわね。チッ。

「それ以前に……本物のジュエルはバラされて売りに出されていましたわ。それに気づいた宝石商が私に連絡をとってくれましたの」

 夫人の横にいる男性が頭を下げてみせた。つまり彼が宝石商なのね。証人として呼んだのかしら。商人だけに。誰こんなときにつまらない駄洒落言ったの。私だわ。

「これだけのモノですもの、逼迫した財政も、とても潤ったことでしょう。しかし。まず家の繋がりとしてはそこは看過できませんし、でなくとも泥棒の嘘つきはもっと許せません。これが婚約破棄の理由です。いずれ、正式にお話をさせていただきますわ」

 ……ようやく事態が飲み込めました。

 さては、婚約破棄を言い渡されましたのね? 私が。私が? こんな、大勢の目の前で?

 あまりの屈辱に頭真っ白になって爆発するかと思いました。

 体が震える。目が痛くなる。しかし。

 しかし泣くわけにはいかない。他人の婚約破棄には泣くなと言ったのですから。

 ぐるぐる回ってきた脳内に、なんだかここで、奇妙な記憶が蘇ってきた。茶色いコートにシルクハットの男性が私に告げるのだ。

『マリア嬢、悪いが君との結婚はできない。さようなら』……と。

 脳内は即座に記憶の扉を閉めた。思い出したくない。やけに腹立たしい話だったような気がする、これは。

「……ふ」

 やっと声が出た。

「ふ。ふ。ふふふ。ふふふふふふっふあはははは、はっははは!」

 息を呑んで私の動きを見つめていた一同が、思いっきり引いた気配がするわ。この高笑いする私を見て。狂ったとでも思ったのかしら。愉快愉快。

「はーーーーーっはっはっはっは!」

 いけないわ、私ったら。ものすごく悪役じみた笑い声してますわ。

 ここは淑女らしくほっほっほ、といかなければならないのに。だって、ねえ。おかしいじゃないの。怒りが通り越したら笑いしか出ないのよ。仕方ないでしょ。

 私は踏ん張った。涙は見せない。ヤバい時こそ胸を張る。そうよ。私は間違ってはいないのですわ。

 こんな時のために、こんな時にこそ、私は自分を貫こうと決めたのだ。あんな思いは二度とゴメンだ。やってやる。泣き寝入りはしないと決めたんですわ!

「よろしいですわ。かかってきなさい。そちらがそのつもりなら、受けて立ちますわ」

 ビシィッ! と油断なく構えたポーズで指をつきつけてやると、ベンジャミンのやつは目に見えてうろたえた。

「ニセモノだった? あれが? 知らないですわ、私には全く関係のない話ですわ、濡れ衣ですわ。あれを手にした人がイミテーションを作れるというのなら、私は他にも心当たりがありますわ。モニカ・リシンスク嬢!」

 ヘイシリーを呼ぶ時のようにズバリと手を上げてみせると、野次馬の一角がビクリと震える。

「ねぇ。そうですわよね?」

 渾身の悪い目つきを向けてやると、モニカ嬢は震え上がって前に出た。

「ひどい! 何を言うの? そんなこと言われても私……何も知らないわ!」

 お口に拳をあててイヤイヤしてみせる、そんなポーズにひっかかる私ではございませんわ。

 ところがここでなぜか、しゃしゃり出ベンジャミン。

「そうだ、いきなりそんな、なんて事を言うんだ。モニカ嬢はそんなんじゃない! 優しくて、いい子なんだ!」

 おやぁ? ははぁん? なぁんでベンジャミン様まで意気込み見せてらっしゃるのかしらぁ? いつのまにそんなに親しげになさってぇ?

 なるほど、見てわかるブリっ子にもひっかかるアホはいるということね。

 表情変えた私を見て、モニカ嬢は焦ったようにベンジャミン様に必死でアイコンタクト。義憤? にかられる男はひたと私を見てモニカ嬢の行動は目に入ってませんけど。大変ねぇ、味方が無能だと背後から撃たれることもあるのよ。

「だいたい、私がダイヤ売り払わなきゃならないほど困ってるように見えて? うちが火の車なんてガセネタ、どこから聞いたんですの」

 ベンジャミンは思わずモニカを見、モニカはサッと目を逸らす。

 バーカが見るーぅ。

「ベンジャミン様、そのやさしくていい子と、どんなお話をしていたのか伺ってもよろしくて?」

 聖母の笑みすら戻ってきましたわ。

「それにモニカ嬢、今日は随分とめかしこんだおべべですこと。今流行のドレス、さぞやお高かったでしょう? まぁそれも? ダイヤを売りとばした金があればはした金でしょうけど!」

「まあ! そっちの方がよっぽど、ただの悪口にすぎないんじゃなくて!」

 うるさいわね、言いがかりとやらを吹っかけられて、戸惑うでもない、たじろぐでもない、初手で被害者ヅラの泣いちゃうポーズしてみせた時点で、私の中でアンタは黒なんですわー!

「そうね……こういう話かしら」


 節穴な目の男たちに取り入り、今月のお小遣いもだいぶ巻き上げた。さすが金持ちだけあってみんな金払いいいわ、最高。こんなでっかいダイヤまで拾って最高っしょ。学院なんかで見せびらかしてるほうが悪いんだわ。

 早速、バラして売り払ってお金にするわ。これで最高のドレスだって仕立てられるし、なんなら社交界の真ん中にだって行けるじゃない? よし、確固たる地位を築くわよ。

 でも流れたダイヤが持ち主のババアにバレたらしい。ヤバ。

「これはカノジョにあげたはずなのに……」

 と落ち込むドラ息子をなぐさめて点数かせいでおきましょ。

「あの人もしかして財政が苦しいのかしら、それなら仕方がないわ、貧すれば鈍するといいますものね……」

 仮定の話をしただけですもんね、私。真に受けるのは自由だけど。

「怒ったママがダイヤを買い取った商人を探してるんだ……」

 おっと、それはマズいわね。「でもでも。疑うのは良くないわ。違うダイヤかもしれない。そうだ、あげたのなら持っているはずだから返してもらうのはどう? どうせお母様もそうおっしゃっているんでしょう?」

 よし、時間の稼げたこの間にイミテーション作っときましょ。モノが出てくれば宝石をバラして売った人はいなかったんだ! になるっしょ。

 ちょちょいのちょい。よっしできた。探してきたフリしてマリアのやつに恩売っとこ。それらしく、川の水くらい浴びてやるか。うおっ冷てっ! よーし、うまくパーティのチケットせしめたし、どさまぎリッチモンドの親御さん方にも顔を売ってくるわよ。もう勝ったも同然だわー!


「……どう?」

 我ながら、見てきたかのように語るわね。でもね、絶対に当たらずといえど遠からず、てとこだわ。そうじゃなきゃ、その醜く歪めた憎々しい顔、なかなかして見せるものではなくってよ!

 でも、悔しげな顔をしていたモニカ嬢は急に力を抜いてフッと笑ってみせた。

 やるじゃない。あなたも不屈の闘志を持つ淑女ですのね。

「おもしろい話ですわ。公爵令嬢なんかやめて小説家になったらどうかしら」

「いや、公爵やめるわけないでしょう。やめないわよ。ともかく、これではっきりしたわね……あなたが黒幕だってこと」

「いや、全然はっきりしてないですわ。全部妄想じゃない!」

「往生際の悪いこと、あなたくらいのワルだったら……」

 言いかけて、ある可能性が閃いてしまった。はたと彼女の方を向き、厳しく糾弾する。

「あなたが突き落としたのね!」

 そうだわ、きっとそう。

「大粒のダイヤがほしくって奪い取った後、私を川に突き落としたんだわ! ……そう。思い出したわ!」

 驚きの顔を見せたモニカ嬢は、苦しく喘いで思わず呟いた。

「そんな、見てなかったはず」

 ってことは。

「背中から押したってことかこのアマー!」

 持っていた扇を投げ捨て、私はヤツにつかみかかった。カマをかけられた事に気がついたモニカは、応戦しながらも叫び返す。

「なによ! 何言おうが一緒よ、証拠がないわっ!」

「ヘイシリー! 証拠っ!」

「はいお嬢様。証拠とは第三者が見ても明確にそれとわかる痕跡のことで」

「そうじゃないでしょっ!」

 私は目の前のケンカに必死だったけど、ヘイシリーは聞いてたらしい。宝石商人がこっそり喋っていたところ。

「奥様……私、確かに土台は金でつくりましたけど、針は真鍮ですので……錆は一応、吹きます」

「あら、そう? ……まあいいんじゃない? 犯人は見つかったようだし」

 と、暢気に取っ組み合う私たちを見守っていたらしい。まったく。止めてもいいでしょうに。

「ていうか! ちょっと待ちなさいこれ……私のじゃなくって?」

 掴んで引っ張ったモニカ嬢の胸元に、見覚えのあるペンダントが光っていることに気がついた。確かにこれ、私のですわ。

「あっ……! 風呂あがり……私の部屋に入ったときね!?」

「し、知らないわよっ!」

 でもギャラリーも段々とざわめていてくるの、私は聞き逃しませんでしたわよ。

「言われてみればあのイヤリング、私のにそっくり……」

「あらっ、あのブレスレット、無くしたと思ってた私のものだわ!」

 ほーら御覧なさい! 神に感謝! あなたの手癖の悪さにも感謝しておくわ! さあ年貢の納め時ですのよ!

 周りの声がモニカ嬢にも聞こえたか、彼女は気合とともに私を弾き飛ばし、振りほどいた。

「もうイヤよ! みんながいじめてくるわ! ひどい! 私が身分が下の者だからって、みんなでつまはじきにするつもりなのだわー!」

 最後まで被害者アピールとは、敵ながらあっぱれな根性ね。一瞬のスキを作っての素早い撤退。横っ飛びで外へと逃げ出したモニカ嬢に、私も大声を上げます。

「待ちなさい! まだ話は終わってないですわ!」

 ところが、まっすぐ追いかけて出た先は噴水のある庭。隠れられる生垣もいっぱいで、見失ってしまいましたわ。どこに行ったのかしら!

「出てきなさい! いるのはわかってるんですからね!」

 次の瞬間、ドンと背中を押された私は、噴水の水に頭っから突っ込んだ。


「マリアさん」

 優しい声で呼ばれて、私は顔を上げました。

 目の前に立っていたのはマリア・カタンベリー嬢。金髪ふわふわのしおらしい女性。

「マリアさん、ありがとう」

 マリア・カタンベリー嬢に礼を言われて、私は気がつきました。私が私に戻っていて、マリア・カタンベリー嬢ではなくなっているということ。

「私だったら、何も言えずにあのまま流されたと思います。マリアさんのおかげで、不名誉な汚名は免れました」

「え、ええ……それは良かったけど……状況がつかめませんわ」

 そもそも、噴水に落ちたとばかり思ったのに。上も下も真っ白。何もない、不思議空間。マリア嬢も困った顔を見せた。

「二十一世紀のヤーパン人なら、ふんわり分かってくれそう……」

 またそこなの? なんなのかしら。

「ともかく。マリアさんを見習って、私も強くならないといけませんね。モニカ嬢を退けて、ベンジャミン様も叱って」

「あの方……ものっすごく頼りない人ですわ。あまりいい男とは思えませんけど」

「ええ。でも。私には優しくて、とてもいい人なんです」

 なるほど。優しいのはそうですわね。案外、本物のマリア嬢とならうまくいくのかもしれません。

 そう。そうね。ベンジャミン様、悪くはなかったわ。私、あの方に別に愛はないけれど、金と地位は愛していたわ……

 私と違って愛情も少しはあるのだろうカタンベリー嬢は、今後の抱負をきっぱりと宣言してみせた。

「大丈夫、もう迷いません。私は今までずっと言いたいことも言わず、自分を出さずに生きてきたの。それが良いことかと思って。でも、陥れられるような事態では抵抗しないといけないのね。よくわかったわ。後はまかせて。私が始末をつけてきますわ。そして、胸を張って生きていきます。あなたも……どうかお元気でね、マリアさん」

 それで分かった。マリア嬢が元の世界に戻る気でいるんだわ。本来いた世界へ。

 そ、そんな。じゃあ私は。

「マリア様」

 背後からヘイシリーの声がしました。ヘイシリーは、この白一色の部屋に手をかけて引きました。カパリとドアのように開ける空間。

「どうぞ、お帰りはこちらでございます」

「大丈夫よマリアさん。あなたなら元の世界でもちゃんと生きていけるわ。というか、戻らないと死んでしまうわ」

 なんですって。それはそれで一大事ですわね。

「あちらに帰っても元気でいてね」

 二人に見送られて、私はドアの先を覗き込んだ。白い空間の先に灰色の町が広がります。

 ちょっと見ない間に懐かしいという気分になった、大都会が……


 ベッドから飛び起きた私を見て、どうやら看病をしていたらしい人物から幽霊にでも会ったような声を上げられました。

「ぎゃああああ!」

 なんですか。失礼ですわね。そして、うるさいわ。

「おっ、おっ、おっ、お姉さま! 目が覚めたのね?」

「い……今まで見ていた爵位は」

「しっかりしてーお姉さまー!」

 看病していた女性から私のことがわかる? と恐る恐る聞かれてしまいました。

 ……ええ。覚えているわ。大丈夫。こっちが私の世界でしたものね。

 ヘイシリーが必要な状況にはなりませんでした。この顔、私の妹だわ。私と違ってふくよかで、似ている姉妹ではないのですけど。

「帰ってきたのね……」

 窓の外を見て呆然と呟いてしまいました。陰鬱な空。レンガの家。間違いない。ロンドンですわ。

 そりゃあ都会だし、こことも長い付き合いになりますから嫌いじゃないけれど。牧歌的だけど華々しい貴族世界とは違って、ちょっとがっかりしてしまいます。

 夢だったのかしら、あの世界。

「公爵にまでなったのに、私……」

「公爵どころか」

 それまで私の生還を喜んでいた妹は、我に返って泣きべそ声を出しました。

「立ち退きまでもう日がないのに、お姉さまがこのまま起きなかったらって、もう私、どうしていいかわからなくて……」

「立ち退き!?」

 聞けば借金のカタに屋敷を取られたので私たちは出て行かなければならないのだとか。

 ……いや、いや。思い出しましたわよ。話を聞いて、バッチリ思い出しました。

 そう。両親が突然、事故で亡くなったのです。飲酒運転の馬車に巻き込まれたんだったわ。問題はむしろその先です。

 私はお付き合いをしていた紳士に、婚約の破棄を言い渡されたのです。親を亡くして、後ろ盾が無くなったと判断したのでしょうか。親の縁で決めた話ですもの。きっと、私のような色気のない女に義理立てすることはないと思ったのでしょう。

 婚約破棄されたシーンは覚えていますわ。茶色いコートにシルクハットの彼。やけに悔しく恥ずかしく、やるせない気持ちをもてあましたのも覚えています。が、しかし。

「それで絶望したお姉さまはテムズ川に身を投げたのですわ……」

「いや、待ちなさいアメリア。私がそんな、世を儚んで身を投げるようなタマですか!」

「でもヤードがそう言いましてよ、お姉さま……そして立ち退きの通告ですわ」

 その婚約者が、うちの両親にお金を貸していたそうで。

 大変なときに大層心苦しいが、返す充てがないのなら不動産で返してもらうということで、この屋敷を手放さないとならないらしい。そこは私が寝ている時の話、知りませんでしたわ。

「そんな急展開、聞いてませんよ!」

「だって生死をさまよってらしたのよ、お姉さまは! 海まで流されなくて良かったですわ!」

 マリア・カタンベリー嬢の顔がチラつく。ええ、わかってますわ。だって、納得いかないですからね!

「私はテムズ川に飛び込むようなことはしませんわ、絶対! となれば話は一つ! 突き落とされたんですわ!」

「ええっ!? 本当ですの?」

「女のカンですわ!」

「えぇぇ!?」

「そして、借金の話も怪しいですわね。これはきっと……他に女がいますわ!」

「ええっ!? それは本当ですの!?」

「女のカンですわ!!」

「ええぇぇ……」

「何をしているの! 弁護士を呼びなさい!」

 ベッドから飛び出して私は叫ぶ。

「ヤードも! 探偵も呼びなさい! 絶対怪しいわ! 徹底的に調べるから! ぐずぐずしないで!」

「お、お姉さまぁ……!」


 カンは当たった。

 元・婚約者の手元から甲と乙を逆にした権利書が見つかり、不幸のどさくさに私たちの財産を巻き上げようとしたことが発覚した。

 ついでに、他の女の存在も。


「女のカン……当たりましたわね……」

 屋敷の前に立って、妹は悄然と呟きました。

 私たちに残されたのはいくらかの遺産とこの屋敷。男に貸した借金は細々と帰ってくるはずですが、まあ毎月の足しくらいですわね。無い袖は振れないそうで。

 私は唇を歪め、吐き捨ててみせます。

「女らしさもないのに?」

「そんな、お姉さま……」

 実際、女のカンなんてそんなもの無いですし。どちらかというと、ヘンな異世界とかいうところの体験からくる可能性の発見、でしたからね。もう結婚はこりごりですわ。お相手もいないでしょう。

 私たち姉妹でやっていくしかないんだわ。

「これから、どうします? お姉さま」

 同じことを考えていたらしい。不安そうな妹に向かって、私はきっぱりと言いました。

「ここを学校にしましょう」

「学校……」

「幸い、屋敷はあるのです。宿舎にして良家の婦女子の面倒を見ましょう。そこで、これからの時代にふさわしい女性の躾と美徳を身につけさせるのですわ」

 あの世界ではうまくいった。ならばここでもうまくいくはずなのです。そうでしょう?

「ミンチン女子模範学校……私が院長を務めます。いいですわね。しっかりやるのですよ、アメリア。立派な淑女を教育して金を取……経営していくのです」

 公爵さまほどいい暮らしはできないけれど。ここロンドンではもともと、中流には入っていたはずだ。マリア・ミンチンに戻った私に挫けているヒマはない。

 やってやりますとも。

「なるほど。さすがですわ、お姉さま」

 妹はあっさりと賛成した。いいですわね、あなた。おっとりしててストレス少なそうで。

「そうと決まったら早速、ヴィトキンス夫人に話を通しにいきましょう。寄付金をたんまり出してくれる方々から募るのですよ」

「素敵ですわねぇ。ダイヤモンドなんかどっさり持っている子がきてくれるといいですわね」

「何をバカなことを。そう簡単にあるわけないでしょう。でも、そうね。未来の大統領夫人くらいは輩出したいわね」

 私たちは守りきった財産である屋敷に入った。


 ミンチン女子模範学校、随時、生徒募集でございます。寄付金に自信のある方はぜひご連絡くださいまし。

 きっと、立派なレディにしてみせますわ。





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[良い点] ァ,、'`( ꒪Д꒪),、'`'`,、それか! [一言] 面白かったです。 更新ありがとうございました。
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