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悪女の心得その1

涙は軽々しく見せるものではございませんわ(どうせ泣くなら効果的に使うべき)



「ローレル・ミリアーノ、君との婚約を破棄させてもらう!」

 と。

 まず、物語の出だしはこういう言葉だと決まっているらしい。

 どこかの令嬢がまた婚約者に冷たくされたようだ。最初にお断りしておきますが、それは私ではありません。

 私は非の打ち所ないパーフェクトな美人令嬢、そのようなものとは無縁なのです。婚約破棄だなんて、そんな。惨めな。

 ただ、噴水のように湧き上がった泣き声が大層耳障りだったので、私は騒音の元へと向かいます。中庭のほうかしら。

 いますわね。早速、見つけました。公衆の面前だというのに、地べたにうずくまってわぁわぁと大口を開けて泣き喚くのが。

 私はつかつかと泣く女の元へと歩み寄りました。そして一喝。

「おだまりなさいっ!」

 驚いた女はとたんに泣き止み、周りのヤジウマも私にようよう気づいたようで、今度は私に注目してざわめいている。

「まあ、マリア様だわ」「マリア様」

 みんな慌ててお辞儀をする。ええ、ええ、よろしくてよ。皆様きちんとわきまえておいでですからね、多少私のお出ましに気がついたのが遅くなったくらい。許してさしあげてもよろしいですわ。へつらってくる子たちは可愛くてよ。

 気がよくなったので少々声を和らげて、私は泣いてた女に声をかけてみました。

「そんなに大声を出すなんて、みっともない。一体、何の騒ぎです」

 まあ声は聞こえておりましたので? だいたいはわかるんですけども。

 女はコトを思い出したのか、また顔を歪めて「うぐぅ……」などと泣きそうになっている。おやめなさい、あなたそれ、ちょっとブサイクですわよ。

「あの、ローレルさんは只今、婚約破棄を言い渡されましたの。それでご傷心なのですわ」

 近くにいた別の女が説明する。ローレル嬢のお友達でしょうか、慰める立ち居地で寄り添っている。

 まあそこまではわかります。私が顔を上げると、向かいにいた男がビクリとして視線を外してきました。なんですの、その「逃げそびれた!」みたいな顔。無礼ですわよ。

「あなたがお相手でいらして?」

「そ、そうだ……そうです」

「あなた、お名前は? 一体、どういった経緯で婚約破棄に至りましたの?」

 男は一瞬迷った挙句に、唇尖らせて言いました。

「これは我らのプライベートな問題だ。いくらマリア嬢といえど、教えなきゃならんという道理はない!」

「あら。やだ。あらあらやだやだおバカさん。今、何とおっしゃいましたの?」

 言うにことかいてそんなこと。

 わからないなら教えてさしあげねばなりませんわ。私は手を上げて、後ろに控えている召使のヘイシリーを呼んだ。

「ヘイシリー! 私を一体、誰だとお思いですの? この方にこんこんと説明しておやり」

「はいお嬢様」

 忠実なるヘイシリーはそそくさと一歩前に出て声を張り上げた。

「ここにおわしますご令嬢、名前はマリア・カタンベリー、御年十八、髪はブロンド、瞳はグリーン、その他の身体記録的数値、秘密。得意科目・ダンス。好きな色、ピンク。このカタンベリー上級学院長の愛娘、ご身分としましては公爵令嬢でございます」

「よろしいですわ。いついかなる時でも、私の形容には『美しい』を欠かさないでちょうだい」

「心得ました、お嬢様」

 聞いたら何でも答えてくれるヘイシリーは実に頼れるじいやだ。半世紀前はさぞやイケてたでしょうね。

「ヘイシリー、ついでに学院紹介もしてちょうだい」

「はいお嬢様。カタンベリー上級学院、代々カタンベリー公爵家が運営している学び舎で、身分がおありの紳士淑女の皆様方にお越しいただいております。校訓は『身をたてるもの。美しさ、力強さと、そして金』今年で創立30周年を迎えます由緒ただしき学院でございます」

「つまりその中で私、マリア・カタンベリーといえば? ヘイシリー!」

「まさに学院のファーストレディ、見目麗しく美しく、誰もが一目置かれます存在でございます」

 そのとおり。

 なんだか身分のある人たちが一同に集まって学業とかすごいじゃない。私なんて公爵よ。公爵様よ。どれだけ偉いと思っているの? まあ、お父様が、ですけど。

「そんなわけよ、わかったなら早く教えなさい」

「そ、それでもあなたには関係ない」

 このうえ抵抗しようなど、この男、強情な。さっきの反抗的な顔もキモかったし。どうしてくれようかしら。

「関係ない? そもそもあなた、先ほど大声で婚約破棄を叫んでいたのではないの? こんなに人が大勢いるところで。関係ないもなにもないわ、それなら二人でこっそり話せばよかったのよ。あえて目立つようにやったのは、皆に聞いてほしくてやったことではなくって?」

「うっ」

「さっさと白状しなさい。状況説明よ。自己紹介もね」

 私がここまで骨を折ってまで聞いた話は実にくだらないものでした。

 彼、ロード・マッケンリー・ジストンは、婚約者のローレル・ミリアーノ嬢よりほかの女性との「真実の愛」に目覚めてしまったらしい。ので、婚約破棄。

 七十文字で終わったわ。はぁ。ばかばかしい。

「それで、学院の中心で愛を叫びたくなって見せつけ婚約破棄ですの? いい見世物ですことね! てことは、この中にいい格好してみせたい意中の女性もいるということね?」

 ヤジウマの女たちは、周りを見回す私の視線を避けて下をむいた。なんなんですの。そんなに私が怖いなんてことはないでしょう? それとも全員の女がクロなのかしら。あら、やだ。それは修羅場ですわね。ワクワクしちゃう。他人の不幸は蜜の味。

「やめたまえマリア嬢、俺の、彼女への愛は本物なんだ。ローレルはただ親の決めた相手にすぎない。そこに愛はないんだ! 悪いがローレルには、愛のときめきなど何も感じない。ただ黙って後ろをついて歩くだけの、つまらん女だった。だが自分で掴んだこの愛は違う! 運命を感じる出会いと胸の高鳴り、そう、これこそ真実の愛なのだから!」

 ま、安っすい愛ですこと。連呼されると本当に安さが増しますわ。他人の恋なんてぶっちゃけ、どうでもいいことですものね。

 しかし当事者は、大声で、しかも明確にこき下ろされて、またふやけた泣き声をあげはじめる。

「ぅぅうぇえええええー」

「だから、おだまりッ! うるさいですわ!」

 ビシリと叱ると、泣き虫ローレル嬢はまたビックリして息を呑んだ。ここだ。私は持っていた扇を大仰に振るい、叫びますとも、本日のキメ台詞。

「いいですこと! 涙は軽々しく見せるものではございませんわ!」

 教育行き届いているヘイシリーがバッ! と花びらを巻き、私の背後を飾り立てる。よろしい。タイミング、バッチリですわ。

「そうやって軽々しく泣くと、やれ女は感情的だの泣けば許されると思ってるだのと、いらぬ言いがかりをうけてしまいます。とても我慢なりません。あなた一人の軽い涙で、私たちがいわれのない風評被害に晒されるのですよ!」

「で、でも……でも……悲しくて涙が出てしまうんですもの」

「悲しい! 何がです? 二股かけた破廉恥な婚約者から解放されて、何が悲しいのです?」

 ローレル嬢がぽかんとした顔で私を見上げる。ついでにマッケンリー氏も同じ顔で私を見ている。

 そんな顔で見られましても。私は第三者から見て的確に把握した事実を申し述べたまでですわ。

 さっきまで婚約者だった男のぽかん顔を眺め、何かしらの心境の変化があったらしい。

 改めて私に顔をむけたローレル嬢はよろめくような声で言いました。この時点でもう口を閉じ、涙も乾こうとしています。

「かっ……悲しくないかもしれません……」

 マッケンリー氏の顔が「ショック!」な表情に変化した。これ横で見てる分には面白いですわね。

 私はかまわずローレル嬢にレクチャーを続ける。

「あなた、要は飽きられたんですわ。淑女らしくといわれても、婚約して何年なのかしら、存じ上げないけれど、大人しく変化がなかったことで空気と同じ扱いになったのですわ。悲しいこと。控えめなるレディにありがちな不幸ですわ。だからといって浮気していいことにはなりませんことよ。ここで浮気されるのでしたらこの先もいずれしますわ、どーせしますわ。どーせいつかは泣くハメになる」

 私はローレル嬢の肩にやさしく手を置き、ニッコリと微笑んでみせました。

「よかったわね、今のうちに縁が切れて」

「はい……ありがとうございますマリア様……」

 まさに聖母マリアを拝むような目。最高。

 そういうのもっとちょうだい。おもいっきり崇拝するといいわ。

 すっかり気持ちよくなった私は、もう少しだけ秘伝の技を教えてやることにした。

「涙はどうせ流すのなら、もっと効果的に流しなさい」

 覚えておくのですよ。なんならメモしなさい。いいこと言いますからね。

「女の涙は武器ですのよ。つまり……ワンショットワンキル」

「ワンショットワンキル……」

「ここぞというときに使うのです。トドメとして。むしろ好きな男性の前なんかがいいでしょう……ただの悔し涙なんてね、負け犬の証ですよ」

 そうだ。もう泣きたくない。誰だってそうだろう。苦い涙なんかごめんだわ。

「勝ったときにこそ流してみせなさい。嬉し涙をね」

「はい、マリア様。私、がんばりますわ」

 ここで割り込む男の声。

「あの、レディ・ローレル」

 躊躇いがちに脇に立つのはマッケンリー氏ではなく、別の男性。ネクタイを直して、緊張した様子で一歩前に出てくる。

「僕はレイトルン・モントニーノ……A組、十三番……あの、今度のことは本当に、悲しい出来事だと思う。可愛そうだった。でも、僕としては嬉しくもあった」

 頬染めるなかなかの好青年はローレル嬢の手を取り、まっすぐにその目を合わせました。あらまあ。出歯亀心がにわかに沸き起こり、私は急いでそこらへんに立っている大理石の柱のフリをする。

「レディ・ローレル、あなたが好きだ。ずっと好きだった。婚約者がいる手前、黙っていたけれど……もしよかったら、空いたあなたの隣に僕を置いてくれませんか」

 ローレル嬢は涙を浮かべた。演技指導まではしてなかったのに、なかなかじゃないの。

 この上なく嬉しそうな顔をしてみせた彼女は言います。

「はい」

「いやちょっと待てよぉぉ!」

 ここでおいてけぼり感周回遅れのマッケンリー氏がやっと発言権を得る。

「ローレル! お前、俺というものがありながら、なんでほかの男に色目使ってるんだ!」

「はぁ?」

 これは私が言わせていただきましたわ。というか、周りの方々もいくらかご唱和されたようですわ。

「いや、婚約破棄なさったんでしょ? ならもう彼女はフリーですので、どの殿方と結ばれようが何の問題もございませんわよ?」

「そんなバカな! 仮にも婚約者だったんだぞ? 別れたからって、そんな簡単に消える絆じゃないはずだ! だのに他の男に靡くのは浮気だろう!」

 そんな。私が言葉をなくすなんて。どこからツッコめばいいんですのこれ。

 代わりに胸を張って反論したのは新しい彼の方です。レイトルン氏。

「彼女も真実の恋に出会ったんだ。浮気ではないよ」

 そこで安心させるように微笑みくれて、射止めたばかりの彼女の手を取る。

「そうなるようにしてみせるさ」

 んまー。お安くないこと。見せ付けてくれますわね。……ちょっと腹まで立ちますわ。

 納得のいかないマッケンリー氏は、まだ吼えるけれど。

「そんなはずはない!」

「いーえ、ありますわ。私、これを真実の愛と認めますわ!」

 気を取り直した私、高らかに宣言。私を差し置いて話を進めようなんて。許されないですわよ。

「何だって!? どこがだ!」

「いいこと、この場に私もいましたのよ? それなのに、この輝かんばかりの美貌を差し置いて、なんと彼は他の女性に求愛いたしました。これほどの証拠はございませんわ」

 今度はマッケンリー氏が何も言えなくなった様子。ふっ。これで引き分けね。

 ひそかに勝ちにこだわっていたら、誰かが中庭に降りてくる、草を踏む音が聞こえてきました。

「ずいぶんと賑やかだな」

 その声を聞いた生徒が一斉にお辞儀をします。

「ヘイシリー? あのロマンスグレーはどなたかしら?」

「は……チャールズ・カタンベリー公爵閣下でございます。カタンベリー上級学院の学院長、つまり、お嬢様のお父上さまであらせられます」

 あら失礼。そうでした。道理で生徒には見えないと思いましたわ。

 ロマンスグレー、もとい私のお父様……チャールズ・カタンベリー学院長は、遅れてお辞儀した私を悲しそうに見つめた。

「まだ予後がよくないようだな、マリア」

 それから、ここにいる一同をぐるりと見回す。

「悪いが話は聞かせてもらったよ。マッケンリー・ジストン君」

「は、はい……」

「婚約破棄は君が言い出したものだ。ならばそのように振る舞うのが紳士というものだ。ローレル・ミリアーノ嬢は君が手放した。あとの行動は彼女の自由となる……両家には私からも言伝ておくよ」

 うちが間に入ったら、もう公の問題ですもんね。おめでとう、マッケンリー氏。真実の愛に乾杯。なんで崩れおちて嘆いているのか、わからないけれど。

「マリア、ちょっといらっしゃい」

「はい、お父様」

 私はお集まりの皆様にちょいとスカートをつまんでみせて、颯爽と立ち去った。

 見事、事件をとりまとめた美人令嬢の余韻を、たっぷり見せ付けて。


「お父様、じゃないだろう。日中は学院長と呼びなさい」

 学院長のお部屋で、お父様はしかつめらしく言う。

「はーいお父様……学院長」

 お父様、可愛い娘が目の前にいるというのに、溜息などついておりますわ。

「しょうのない子だな……ヘイシリー、娘の様子はまだおかしいのかね。記憶は元には戻ってないのかね?」

「はい、まだ思い出していないことも多くあられるようです。そのつど、私がお教えしておりますのでいずれは不自由ないようになるかと……」

 どうぞ気長に、とヘイシリーは頭を下げた。

 ヘイシリーのせいではありませんのにね。私が事故でちょっとばかり記憶を曖昧にしてしまって、父親の顔はおろか自分のことも分からないとなってから、お父様はヘイシリーをずっと私の控えとして張り付かせてくれました。特別に一日中。

 おかげで、聞けばすぐに答えてくれて大変に助かっているのです。

 周りはみんな知らない人だらけですもの。不便ですわ。でもこれで対人問題は解消されました。でもせっかく授業中も張り付いているんなら、テストの答案も教えてくれてもいいと思うんだけど……

「事故の後で性格まで変わった」

 汗をふきふき、お父様はなにやら湿っぽい愚痴を続けている。

「明るくなったのは嬉しい。先は内気すぎて心配するくらいだったからな……しかし、明るいだけならいいがすっかり跳ねっ返りになって……大丈夫なのだろうか、娘は」

 ヘイシリーが答える前に、私は胸を張っていいました。

「もちろんですわ。困ることなんてありませんことよ。何に困ることがあるものですか。女性も強く生きなければ、逆境につぶされてしまいますわ。人生の逆境は、何も男性にだけ現れるってわけではありませんからね」

「それはまあ、もっともなのだが」

 ちっとも晴れない顔で、お父様は椅子にどっかりと腰掛ける。

「最近、お前に感化された女性たちが、お前のマネをしてやたら強気に振舞うようになってきたと噂になっている。振り回される男子生徒、それに気が強くなった女子生徒、両方の親から少しばかり……苦情も入っている」

「まあ。淑女は凛としていなければなりませんわ。私はただそう振舞っているまでですのよ。ぜひ他の生徒も見習うべきですわ」

「暴れる淑女は悪女になるのだ。この学院は悪女を育成するつもりかと、そう言われたのだぞ」

 なーるほど。学院の威光を心配しているわけですのね。

「大丈夫ですわ、お父様」

 私は聖母の微笑みでニッコリと笑った。

「私、間違ったことはしておりません。悪女だなんて失礼なこと、言ってくる方がおかしいのです。女生徒たちはきっと、この私に感謝するでしょう!」

 そのためにも、まずは私が強くならなくては。

 皆のお手本となるように、今後もバリバリ覇道を行くわ。

 清く正しく美しい、私は完璧な公爵令嬢なのだから。




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