冬の朝
広瀬 界来 主人公
広瀬 姫絆姉
雪城 結衣クラスメイトA
俺の名前は広瀬界来。
家から一番近いなんの変哲もない公立高校に通っていて、先日18歳で成人した。
両親はすでに亡くなっており、今は4つ年上の姉とお手頃な家賃のマンションに一緒に住んでいる。
諦めなければいつか必ず報われる……そういうふうに思いながら「七転び八起き」を座右の銘として、俺は残り少ない高校生活に勤しんでいる。
諦めなかったおかげかどうかはしらないが、推薦で大学も決まり、友人のツテで来月からバイトも始めることになっている。
少しでも家にお金を入れて『年上だから』といつも我慢する姉になにか恩返しをしたい。
いつもどおり、風呂から上がるといつもは自室で寝ている姉が寝ぼけた足取りで、冷蔵庫から取り出したペットボトルのお茶を飲んでいる。
一緒に暮らしていながら、お互いそれぞれ学校があるため、なんだかんだ顔を合わせること自体も2日前の週末が最後だったと記憶している。
「姫絆卒論は進んだの?」
最後にはなしたことは『卒論が終わらない〜!』と嘆かれたことだったと思う。
「ヴッ……この前から一切進んでないよ!」
「なんかそれこの前も聞いた気がするんだけど。」
「うう〜だってしょうがないじゃん!私英語苦手だから、英語の論文読むのに時間がかかるんだよ〜」
慰めてーとソファーに座ってお風呂上がりの牛乳を飲んでいるところに姫絆が飛びついてきた。身長差のせいで俺の顔を見上げるような感じになるのだが、その表情には少し疲れが見えていた。
「あぁ、そういえば最近夜遅くまでパソコンカタカタしてたもんね。」
「そうなの聞いてよ、ネットの翻訳サイトとか使ってみたけど全然ダメでさー。なかなか終わらないの」
「まぁ頑張れってしか言えないわ。それより、ちゃんと寝ないと体に悪いぞ。」
「わかってるけど……」
「ならいいけど、あんまり無理すんなよ?ほらもう部屋に戻って早く寝ろ。明日も朝早いだろ?」
時計を見ると時刻はすでに23時30分を回っていた。
「うんそうだね。じゃあおやすみ」
「おう、お休み。」
リビングを出て行く時に見た後ろ姿からは疲労感が漂っているように見えた。
***
翌朝、珍しくアラームが鳴る前に目が覚めた。今日は平日なので当然学校がある。
隣の部屋では姫絆が寝ているので(少しは楽させてあげないとな)と思い、音を立てないように部屋を出てキッチンへ行く。
なにか作ろうと冷蔵庫を開けるが、見事に空っぽだったので、近くのコンビニへ買い出しに行くことにした。
まだ12月半ばの早朝ということもあり、マフラーをして自転車にまたがる。
昨日の夜とは打って変わって快晴で朝日が眩しかった。
コンビニまでの道すがら、ふと思ったことを口に出してみる。
「あれ?姫絆の部屋最後に掃除したのいつだっけ?」
気がついたら何故か汚くなっている姉の部屋を思い出し、一気に疲れを感じる。
(卒業論文で忙しいだろうし、あとで片付けてやるかな……)
そんなことを考えながらコンビニへの道を歩いていると、見覚えのある人影が見えた。
一瞬ドキッとしたが、よく見るとそれは同じクラスの雪城結衣さんだった。
彼女は小中高同じ学校で去年と今年はクラスも同じだったため、異性の友人の中では一番良く話したりする。
しかし、こんな時間に一人で何をしているのだろうか。
「おはよう、雪城さん」
声をかけると、ビクッとした様子でこちらを振り返る。
「え!?あっ広瀬くんおはよう。びっくりしました。」
「いやこっちこそごめん驚かせて。こんな朝早くにどうしたの?」
「あずきとお散歩をしていた帰りだよ。コンビニに寄って帰ろうかなって思って。」
「そっか。俺もちょうどコンビニに行こうと思ってたところだから一緒に行かない?」
「はい、行きましょう。」
特に断る理由もなかったのか、雪城は快諾してくれた。
そのまま二人で並んで歩き出す。
「広瀬くんはどうしてここにいたんですか?」
「俺は朝食を買いに来ただけ。姫絆が卒論が大変みたいだからちょっとでも手伝いたいと思ってさ。」
「そうなんだ。優しいんだね。」
「まぁ姫絆には色々世話になってるからな。」
「お姉さん思いなんですね。」
「別にそういうわけじゃないよ。ただ、いつも我慢ばかりさせちゃうから少しでも恩返しできれば良いなって思っただけだよ」
それから他愛もない話をしていると、目的のコンビニに到着した。
店内に入ると、それぞれ買いたいものを購入し、店を出た。
雪城さんは朝食と飲み物、それとあずきのおやつを買っていた。
外に出ると、さっきより強くなった風が吹き、思わず身震いする。
「少し冷えますね。」
そう言って、両手を口元に当てて息を吹きかける仕草をする。
その姿はとても可愛らしくて、少し心臓の鼓動が速くなった気がした。
「そういえば、広瀬くんとこうして話すのって結構久しぶりだね。」
「確かにそうかもな。なんだかんだそれぞれの友人とつるむことが多いからな。」
小中高と同じ学校に通っているとはいえ、クラスが違う異性と小学校中学校で関わることなんて学年行事くらいしか無い。
高校生になって初めて同じクラスになったが、今までまともに会話をした回数は数えるほどしかないかもしれない。
「でも、たまにはこういうのもいいよね」
「そうだな。こうやってゆっくり話す機会ってあんまり無かったもんな。」
「あ、私ここ右だから。それじゃあまた学校でね。」
「おう、またな雪城さん。」
手を振る雪城に軽く手を振り返して別れを告げた。




