9. 魔力を流すってなんぞ?
翌朝。
鳥の囀りで目を覚まし、時計を見ると朝の5時。
寝付きも寝覚めも良い、今世の体に内心感謝しつつ思い出すのは昨日のギルドでの記憶。
称号が進化していることに気が付いたあの後、半信半疑でランクアップの手続きをしたところ、いとも簡単にEランクに昇格した。
もしかしたら、ゲームとこの世界では称号獲得の条件が多少変化しているのかもしれないが……自分一人では検証のしようがないので、あくまでもそういう可能性があるという話で頭に留めておこうと思う。
因みに、ギルドに登録してその日のうちにEランクに昇格するのはそこまで珍しいことではない。
条件がかなり緩いので当日、あるいは翌日くらいには大体の人が昇格しているためだ。
さて、無事にEランクになれたということで今日からは予定通りダンジョンでレベル上げをしていくことになる。
───が、その前にやっておきたいことがある。
「おはようございます。何かご用ですか?」
階段を下りてやってきたのは宿屋のフロント。
受付で作業をしていた40代くらいの男性が顔を上げて挨拶をしてきたので、こちらも会釈を返す。
「おはようございます。水浴びをしたいんですけど、魔道具を借りられますか?」
そう、やっておきたいことというのは水浴びだ。
こちらの世界に来てはや3日目。
元日本人の性というべきか、体を洗わないでいるとなんとなくムズムズしてくるんだよな。
「水浴びですね。タオル付きで2000Dになりますがよろしいですか?」
「はい、お願いします。」
「かしこまりました、少々お待ちください。」
そう言うと、男性は暖簾の奥へ入っていった。
(うーん、つい即答してしまったけど2000Dって結構高いよなぁ。とはいえ、これからは体を動かす日々になるわけだしこれも必要経費か……。)
1D≒1円のため、魔道具+タオルのレンタルで大体2000円ということになる。
うん。高いね。
現状、そこまで金銭面で余裕があるわけではないため宿代と合わせて割といい出費になるのだが……それよりも汗でベトベトしたまま過ごすことの方が耐えられないので必要経費と割り切って自分に言い聞かせる。
と、そうしていると受付の男性が暖簾の奥から帰ってきた。
「お待たせしました。こちらが水の出る魔道具とタオルですね。魔道具の使い方はご存じですか?」
男性が持ってきた魔道具は、片手で持てるサイズで蛇口のような形をしており、細長い取っ手が付いている。
「この取っ手を回せば水が出るって感じですか?」
「そうですね。使う際はこちらの取っ手を持って魔力を流していただき、このように反対側に回していただくと口から水が出る仕組みとなっています。水浴び場は中庭の囲いで区切られた場所をお使いください。」
「なるほど、ご丁寧にありがとうございます。」
水浴びセット一式の入った小さめの桶を持って中庭へ行くと、四方を木の板で囲っただけの簡素な作りがいくつか並んでいた。
囲いの中には棚が1つあるだけという、こちらも非常にシンプルな作りになっている。
棚の上に服とタオルを置き、桶に水を出そうとしたところでふと気が付く。
「……魔力を流すってどうやるんだ? ってかそもそもどこから出すんだ?」
ゲームで魔道具を使っているところは何度も見たし、魔道具を使用するには魔力が必要ということも知識としては知っている。
が、あいにく地球には魔力や魔道具というものは当然ながら存在しないため、今まで実際に使ったことなど一度もない。
「魔力は魔道具だけじゃなく、魔法を使用するのにも必要。魔法が使えないとなると色々予定が変わってくる上に、そもそもこの世界を堪能するという当初の目標にも支障が出るわけで……どうすればいいか真剣に考えなきゃな。」
このタイミングで気が付けたことに若干安堵しつつ、頭を回転させる。
魔道具を使う時、魔法を使う時、魔力を流しているとされている時に共通している動作はなんだ?
腕を組んで考えること暫く。
魔法の発動に必要な条件を思い出していると、1つの仮説が思いついた。
「魔法は出す方向へ手の平を向ける必要があり、魔道具は持ち手を持って魔力を流す必要がある。これらに共通するのは『手の平を向けているかどうか』ってことで、つまり魔力は手の平から出すことができるのでは?」
この考察は我ながら結構いい線いっているのではないだろうか。
正直な話、これ以外の可能性が思い付かないが、もしこれでダメだった場合は受付の男性に水を出してもらうか最悪魔力の流し方を教えてもらわないといけなくなるので内心結構ドキドキしている。
手の平から魔力が出るものだと仮定して、その次に待ち受けるのは「どうやって?」という疑問だ。
「……なんか考えるの疲れたしとりあえず色々試してみるか。」
ということで、まずはただただ取っ手を掴んで動かしてみる。が、水は出ず。
次に思いっきり力みながら動かしてみるが、これでも水は出ない。
その後も反対の手で掴んでみたり、逆手で掴んでみたりと文字通り手を変えて試してみるが、どれも上手くいかない。
そもそも手の平から魔力が出るというのが間違いなのでは?と思いつつも他に試していないことがないか考えてみる。
「てか、そもそも魔力ってなんだよって話だよなぁ。目で見えないものをどうやって流せばいいんだ───」
その時、雷に打たれたような衝撃が全身に走った。
「そうか、魔力は目に見えないけど体の中に絶対あるはずの力なんだ! 体の中に見えない力があるという前提で手の平から何かを流すイメージで取っ手を動かせば───」
ザバッという音とともに水が石畳に打ちつけられる。
「はぁ~最高!」
???「クロトに電流走る」