34. 1日を秒にすると短く感じるアレ
あまりにも高額な報酬に驚いている俺を見て、ミストさんは人懐っこい笑みを浮かべてニコニコしていた。
……この人、こちらの反応を見て楽しんでないか?
「……凄く良い笑顔してますね?」
「いやー、表情がコロコロ変わるから見ていて飽きないなと思ってね。」
皮肉を込めて言ってみると、案の定の答えが返ってきた。
今の言葉でまた表情に変化があったのだろう、ミストさんの笑みが深くなった気がした。
相手のペースに乗せられていると思った俺は一度深呼吸をし、頭をクールダウンさせる。
……ふぅ。浮足立っていた気持ちが落ち着き、徐々に冷静な判断力が戻ってきた。
さて、改めて情報を整理しよう。
そもそもの大前提として、俺の最終目的は「かつてのメインキャラよりも強くなる」ことだ。
その前に「邪神を倒す」というのも含まれるが、あくまでもそれは過程に過ぎない。
何故なら、邪神を倒してもそこで終わりではないからだ。
故に、邪神討伐というのは目的の一つであっても最終的なゴールにはならない。
この世界に来た当初は目的が希薄だったが、1週間も過ごしているうちにこの大前提は固まっていった。
とはいえ、いかに邪神討伐が途中過程であると言っても、重要事項であることには変わりない。
世界が混沌に堕ちるのを防ぐためには邪神教の撲滅、そしてその親玉である邪神の討伐が絶対条件だ。
そのためにも、差し当たっての目標として邪神教の幹部クラスと真正面からまともに戦って勝てる程度の強さが欲しい。
少し長くなってしまったが、ここまでが現在の目的と目標である。
で、話を戻すと、大金は欲しいけどその依頼をクリアするのが割と面倒くさい、ということで頭を悩ませていると。
具体的な数字で考えてみよう。
スライムゼリーのドロップ率は80%程度、上振れて90%といったところ。
最低ノルマである100個を手に入れるためには 100÷0.9≒112 で少なくとも112体のスライムを狩る必要がある。
1体のスライムにかかる時間を諸々含めて5分とすると、 5×112=560 分を要することになる。
仮に毎日休まずにスライムを狩り続けるとしたら、この世界の1週間は6日なので 560÷6≒94 となり、毎日94分のスライム狩りで週30万、月120万の大金が手に入る計算になる。
(……あれ、意外とこんなもんなのか。なんか思っていたより簡単では?)
勿論、この数字はあくまでも仮定の話だし下振れることも当然あるだろうが……それを抜きにしても悪くない条件な気がする。
(あ、でも待てよ。1階層を約1時間で攻略している今のペースで考えると、1日につき1階層、1週間に換算すると7から8階層程度は進捗に影響が出てくることになるのか。そう考えるとやっぱり足枷にはなってくるんだよな。メリットもあればデメリットもある……大事なのはプラマイで考えた時にプラスになるのかどうか、か。)
その後、頭の中で何度もシミュレーションを繰り返し、どちらの方がより効率的に強くなれるか熟考に熟考を重ねた。
暫くして結論を導き出した俺は俯いていた顔を上げ、ミストさんを真正面から見据える。
かなりの時間考え込んでいたと思うのだが、ミストさんは相変わらずの笑顔で俺を見つめていた。
「その顔、結論が出たみたいだね。」
「はい。ですがその前に、最後に一つだけ教えてください。」
ミストさんが小さく頷いたのを見て言葉を続ける。
「先程受付嬢さんも言っていましたが、俺はギルドに登録してまだ1週間の新人です。にも関わらず、ここまでの好条件を出してくれるのは何故なんですか?」
この質問の答えを聞いたからといって結論を変えたりするつもりはないので、正直この質問に意味はない。
ただ、どうして会って間もない俺にここまで金を掛けられるのかが単純に疑問だった。
俺はゲーム知識でミストさんの人となりを知っているから信用できると判断したが、ミストさんはそうではない。
まぁ俺の知らない内に実は調べられてました、なんてことはあるかもしれないけど……そもそも俺はこの世界に来てから1週間しか経っていない。
故に、いくら調べられたとしてもそれよりも前の経歴は出てくる訳がないし、寧ろその場合は余計に怪しまれる可能性の方が高い。
そんな怪しさ満点の不審者に対して強硬姿勢を取るでもなく真っ向からの取引、しかもトラブルになりやすい直接契約という形を持ち出してくるのは豪胆というか何というか……初対面のはずなのに信用されすぎてて少し怖い。
そんな思いで最後の質問をした訳だが、ミストさんはそれが予想外だったのか目を僅かに見開いていた。
「てっきり、スライムゼリーの用途について聞かれるのかと思ったよ。」
「───!」
確かに、普通はそっちの方が気になるか。
今まで納品したのが30個で、これからは毎週100個だもんな。
……うん、不思議に思わないほうが寧ろ不自然かもしれない。
「いやまぁ気になってはいましたけど……聞いたらいけないのかなと思ってました。」
「なるほど、配慮してくれていたんだね。協力してくれるなら教えてもいいんだけど……とりあえず後ろめたいことではない、とだけ言っておくよ。」
そこで一旦話を区切ったミストさんはカプチーノを一口飲み、「キミの質問の話に戻ろうか」と言って話を再開した。
「一言でいうなら”勘”だね。キミを一目見たときにピンと来たのさ。この人は将来大きくなるぞ、ってね。女の勘はよく当たるんだぜ?」
そう言ったミストさんは人差し指で俺を指し、綺麗なウインクをした。
その仕草があまりにも板についていて、俺は返事を忘れて暫く見入ってしまった。
「……なんというか、かなり高く評価していただけているようで。……この依頼、是非受けさせてください。」
照れるような恥ずかしいような気持ちを表に出さないようにしつつ、頭を下げた。
「ふふ、そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう。」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。これからよろしくお願いします。」
どちらともなく立ち上がり、固い握手を交わす。
「それじゃあ納品してもらう場所についてだけど───」
その後、カフェで談笑しつつ詳細な部分を詰めていった。
話が終わり、解散したのは日が傾き始めた頃。
最初はゲームと違う展開に困惑してどうなるかと思ったが、結果を見ればこれ以上ないくらい満足のいくものとなった。
明日からはノルマをこなしつつ、再びレベリングの日々だ。
なんだか今日一日の内容が濃かったせいで、ダンジョンに潜るのが随分と久しぶりな気がするな。
「よっしゃ、頑張るぞ!」
久しぶりの設定コーナーです
『ミスティ・ガートランド / ミスト』
金髪のミディアムヘアーに碧の瞳が特徴のボーイッシュな女性。
普段は『ミスト』と名乗っているが、その実は『ガートランド王国』、ガートランド伯爵家の三女。
『合成』のレシピについての研究に熱中しているが、それ故に公務が疎かになり表向きは勘当されたことになっている。
初期地点をガートランド王国にした場合、最寄りの町である『ネゴノーバ』にて、スライムゼリーの納品依頼を1週間以内に全てクリアするとイベントが発生し交流が可能となる。
無駄や興味のないことに対してはとことんまで時間を切り詰める反面、必要なことや興味のあることに対してはコストや手間を惜しまない性格。
(有志作成非公式wikiより)




