25. 間章:とある妹の回想
私の名前は一勢天音≪いちせあまね≫。
突然だけど、私には2歳年上の兄がいる……いや、正確にはいた。
兄の名前は一勢玄人≪いちせくろと≫。
特別頭が良いわけでもなく、特別運動神経が良いわけでも、特別かっこいいわけでもない。
どこにでもいる、いたって普通の兄だ。
兄がいると友達に言うと皆かっこいいか聞いてくるけど、現実はそんなものだ。
兄妹仲は良くも悪くもない。
挨拶は普通にするし、会話も共通の話題があればする程度。
たまにちょっとした言い合いになることはあるけど、年頃の兄妹にしてはうちはかなり平和だと思う。
でも、そんな兄は1週間前に突然息を引き取った。
あの時のことは今でも鮮明に覚えている。
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ある日の朝、中々起きてこない兄を起こしてきてと母に言われ、渋々起こしに行く。
平日の朝は家族揃って朝食を食べるのが我が家のルールだ。
部屋をいくらノックして呼びかけても返事がなく、少し躊躇したが勝手に部屋に入ることにした。
なんとなく。本当になんとなく嫌な予感がしたから。
恐る恐るドアを開けると、こちらの心配をよそに気持ちよさそうに寝ている兄の姿があった。
安堵と怒りが入り混じった内心でベッドへと近づく。
「はぁ〜、心配して損した。ママ呼んでるから早く起きて。」
少しずつ声を大きくしていきながら何度か声をかけたけど、反応はない。
こうなったら実力行使しかないと布団をひっぺ返し、頬を叩く。
「いい加減に起き───っ!」
その時、叩かれた顔がだらんと力なくこちらを向いた。
ふと、さっき頭を過った嫌な想像がフラッシュバックした。
「いやいや、まさかそんなことあるわけないけど……。」
言葉とは裏腹に、不安が全身に広がっていく。
私はぎこちない動きで兄の胸に耳を当てる。
───心臓の音が、聞こえない。
「いやいやいや、これは……そう、パジャマを着てるせいだ。布って音を吸収するらしいし。」
急いで服を捲って確かめる───が、結果は変わらなかった。
足が震え始め、怒りで熱かった頭からサーっと熱が引いていく。
「う、嘘……どっ、どうしよ。」
ピクリとも動かない兄の前で狼狽えること暫く、中々降りてこないのを不審に思ったママが様子を見に来た。
そこで私は要領を得ないながらもなんとか状況を伝え、兄はその数分後に救急車で搬送された。
帰りの車内に兄の姿はなかった。
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昨日通夜を行い、今日は兄と会える最後の日。
ベッドから体を起こして部屋を見回す───ここは、兄の部屋だ。
ここで寝ていれば、もしかしたら兄が部屋から追い出しに来てくれるかもしれない。
そんな幼稚なことを考えていたけど、当然兄は帰ってこなかった。
漫画や小説の入った本棚、服がかかったハンガーラックと衣装ケース、ゲーム機とモニターが置かれている机。
ベッドから立ち上がり、部屋の中を見回りながら、兄が生きていた時の姿を重ねる。
ここにあるものはほとんど手を付けられず、兄が生きていた時のまま残されている。
暫くそのまま部屋を眺めていたが、気が付けば朝食の時間になっていた。
「なんで死んじゃうのよ、ばか。」
そう呟いて部屋を後にした。
式は滞りなく進行した。
家族葬なので参列したのは私達と父方、母方それぞれの祖父母だけ。
普段声を荒げないおじいちゃんが怒っていたのが印象的だった。
何はともあれ、これで兄と会うことはもう二度とできなくなってしまった。
湯船に浸かり、体をグーっと伸ばす。
思えばこれが初めての葬式だった。
まさか人生初の葬式が兄のになるとは夢にも思わなかったけど。
「こんなことなら……はぁ。」
兄と最後に交わしたのは「おやすみ」のたった4文字。
あれが最後の挨拶になるなんて誰が予想できただろうか。
いつかはお互いに独り立ちをして別れることになるんだろうとは思っていたけど、これはあまりにも急すぎる。
どうにか気持ちを切り替えようとしても、『過去に戻れたら』『あの時こうしていれば』と考えて気分が沈んでしまう。
「……あ、悩んでたらのぼせちゃったかも。」
頭がボーっとしてきたので急いで湯船から上がった。
「そういえば、そろそろお兄の部屋整理しないとなんだよね。」
兄の生きてきた証だから今日まで誰も触れてこなかったけど、いつまでも放置しておくわけにもいかない。
そんなことをしたって兄が生き返るわけじゃないし……それに、1週間も経ったんだからいい加減立ち直らなくては。
「形見ってことでいくつか服貰おっかな。」
どんな服があるかクローゼットの中を物色し、部屋で着る用のものを何着か見繕う。
サイズは大きいけど、家で着る分には何の問題もない。
一段落したところで部屋を見回すと、あるものが目に留まった。
「トリなんとか…そうそう、『トリアル・ワールド』だ。」
ゲーム機本体に印刷されているロゴを見て思い出す。
生前の兄がハマっていたゲーム。
普段あまりゲームをやらない私でも、名前を聞いたことくらいはあった。
友達の中にも遊んでる子がいて、曰く「自由度が凄い」らしい。
その子はスローライフが好きなようで、平原のど真ん中に家を建てて小動物と戯れながら自給自足の生活をしているとか。
一方で、兄は他人と戦うのが好きだったらしい。
同じゲームでもいろいろな遊び方ができるというのは、友人が言うように自由度が高い証拠なのだと思う。
「そんなに面白いのかな。」
当時高2だった兄がお小遣いを前借りしてまで買ったゲーム。
たしか、全部合わせて10万円くらいはすると言っていた。
正直私は10万もあるなら、服とかメイク道具とかヘアアイロンとかに使う方が良いと思うけど……人それぞれ価値観は違うし、兄が満足しているならそれでいいのだろう。
そんな高額なゲーム機だけど、使う人がいないなら捨てるか売るかすることになるだろう。
「少しだけ、遊んでみようかな。」
兄が好きだったものを手放すのは少し抵抗があったし、以前友達に薦められたこともあった。
そんな訳で私はゲーム機の電源を入れ、少しだけ遊んでみることにした───




