2. 町の中へ
前に並んでいた人が守衛さんのチェックを終え町に入っていく。
ゲームではある程度の大きさの町では必ず、国内であっても出入りのたびにこうしてチェックを受けないといけない決まりだった。その点もこの世界は『トリワル』と同じのようだ。
「冒険者を目指すならギルド登録が必要なんだが、兄ちゃんの場合はまず身分証を作らねぇとな。町に入って大通りをずっと行ったとこに教会があるからそこで作ってもらえ。まぁ困ったことがあれば周りの人に聞きゃあいいさ。勿論、俺のことも遠慮なく頼ってくれていいからな。ギルドで俺の名前を出してくれれば話が通るはずだ。」
ジャスさんが良い人すぎる。声をかけてくれたのがこの人で本当に良かった。
「色々教えてくださってありがとうございました! その時は頼らせていただきますね。」
ニカッと笑い、サムズアップをするジャスさんにお礼を言って詰所に入る。
仮設住宅のような見た目の詰所の中は必要なものだけが設置してあるだけの簡素な造りだ。
「身分証をお持ちですか?」
「いえ、持ってないです。」
「わかりました。そしたらこちらの珠に手を置いてください。」
「この珠は?」
「これは審判珠といって手を置いた人が過去犯罪を犯したかどうかが分かるアイテムです。珠が青く光れば犯罪歴無し、赤く光れば犯罪歴あり、みたいな感じですね。」
ふむ、ここもトリワルと同じだな。
もしかしたらどこか違う点があるのでは、と目を光らせているが成果はない。やはり全く同じ世界なのだろうか?
守衛さんの言葉に「なるほど」と頷き珠に手を置く。
すると、どういう原理か珠が青く光る。
(これだけで犯罪歴が分かるって便利すぎるな。流石ファンタジー。)
ゲームの画面では何度か見た光景だが実際に体験してみて少し感動した。
「はい、問題なしですね。どうぞ町へお入りください。」
守衛さんに会釈をして詰め所を後にし、遂にネゴノーバの町に足を踏み入れる。
まず目に入るのは人の多さ。
町の出入り口は四方にある門だけなので、門の周りはとにかく人通りが多い。
町の中心からそれぞれの門までは片側3車線ほどの広い大通りが伸びており、道の両端には露店が立ち並び、道行く人々と商人たちの活気ある声が飛び交っている。
平日の通勤・通学ラッシュの電車を思い出すような人混みの中を進んでいく。
頭越しに見える看板には、食べ物や服、アクセサリー、武器防具など様々な店があり、見ていて飽きない。中には大道芸のショーや有料の休憩所みたいなものもあった。
看板には売られている商品とその値段が書いてあり、人混みの中であっても分かりやすくなっている。
(値段は……うん、ここら辺もゲームと同じっぽいな。)
この世界の共通通貨であるDは、大体1D=1円くらいのレートだ。
そんな風に観察しながら歩いていると、密集度が少し低くなったような気がする。
とはいえ、依然として店の周りには人が集まっているし店内の様子まではよく分からないけど。
特に料理系の店は人が多いな。昼食時ということもあってどこも行列ができている。
かくいう自分も、至る所から漂ってくるいい匂いに当てられてお腹が空いてきた。
……この飯テロストリートめ。
(とはいえ、買いたくてもお金が無い……いや待てよ、ゲームと同じならもしかして───)
腰の後ろに手を回すと、あった。
ベルトに結びつけられていた麻色の巾着袋を開けると、中には1枚1000Dの金貨が10枚入っていた。
(これが宿代として、遊びに使えるのはこれだけ……いや、明日からすぐにお金を稼ぐならこれくらいまでなら使えるか。明日から頑張らないとギリギリだけど、今日は記念すべき日だしパーッといくか!)
ということで急遽予定変更。
諸々の雑事は明日の自分に丸投げして今日は遊び、もといこのネゴノーバの町を探索することにしよう。
そうと決まればまずは食べ物だな、腹が減ってはなんとやらって言うし。
ということで早速、近くにあった串焼き肉の露店に並ぶ。
10分後、右手には大きな肉串が握られていた。
フェンシングの剣を30cmくらいに縮めた短剣風の串に、ギリギリ一口で食べられるサイズの肉が隙間が見えないほど刺さっている肉串。
これでお値段300Dなのでかなり良心的な価格だ。
話は逸れるが、トリワルはグラフィックも綺麗だった。戦闘シーンはもちろん、雲の形から壁のシミに至るまで鮮明に、かつ現実のようなリアリティで描かれていた。
そんなハイクオリティのゲームで料理が出てきたらどうなるか。そう、飯テロである。
(無駄にグラフィックが良い(誉め言葉)せいで見てるだけでめっちゃお腹が空いてくるんだよな……。だからと言って絶食すると空腹なるし。)
トリワルには空腹度という隠しステータスがあり、これを回復させないでいると『空腹状態』という状態異常になる。これは段階的に悪化していき、最終的にはなんと餓死してしまうのだ。
そんなところまでリアルにしなくてもいいのにと思わなくもないが、恐らくこれはプレイヤーに長時間ゲームをやらせないようにするための対策なのだと思う。
(ま、この仕様のおかげで面白いのは事実だし、逆手に取ることもできたからな……っと、熱いうちに食べないとな。)
買った肉串に視線を戻す。
顔よりも長い肉串にてっぺんからかぶりつき、肉をほおばる。
(美味い!)
思ったより柔らかく、嚙むたびに肉の旨味が溢れてくる。味付け自体は塩と胡椒のみでシンプルだが肉の味を邪魔することなく引き立て合っている。
暫くの間バクバクと夢中で食べていたが残りが3分の1ほどになりハッと我に返る。
(うわ、いつの間にかこんなに減ってる。初トリワル飯ご馳走様でした、っと。)
残りもすぐに食べ終わり、また買おうと心に決める。
(今ので大体腹3分って感じか。さて、しょっぱいものの次は甘いものが食べたくなるな。)
そう思いながら辺りを見回すと、「フルーツクッキー」と書かれた看板が目に入る。
近づいてみるとほのかに甘い香りが漂ってくる。
ドライフルーツが入っただけのシンプルなクッキーのようだが、こういうのって大抵ハズレがない。
即決で列に並び、待つこと数分。
一口サイズのクッキーを食べてみるとこちらもまた美味しかった。
見た目は、素朴な生地にベリー系の果実が埋め込まれているだけのシンプルなものだが、意外と甘味が強く、肉を食べた後の口直しにちょうどよかった。
夢にまで見たゲームの世界で、美味しいものを食べ歩く───なんて素晴らしいんだ!
「よし、町の探索も兼ねてどんどん食べ歩いていこう! 次は町の反対側の方にも行ってみようかな!」
俺たちの冒険はこれからだ!
……ところでこの串めっちゃ邪魔なんだけどどうしよう。
『多分本編では出ない設定開示コーナー』
この世界の言語は独自のものですが、これを解読・マスターした廃人ズがいます。
言語体系はアルファベットのような表音文字で、全部で30文字です。
バイリンガルと言えば聞こえはいいですが現実では何の役にも立たないという……。
以上、本文中でクロトくんが言語の違いに関して一切触れなかったので補足でした。
母国語に対して「なんだこの初めて見る言語は!」とならないのと同じ理屈だと思ってもらえれば……。