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理想郷

作者: 壱番合戦 仁

俺は、地方の閑静なベッドタウンに生まれ育った。


昔から愛嬌のある子どもで、顔立ちもさることながら、大人から可愛がられることを何よりもの喜びとする子供だった。実際に多くの大人たちにかわいがられてきた。今でもそれはあまり変わらない。


父は、少し変わった人で、沖縄の文化に強く影響を受けて育った薩摩隼人だった。


粋なモノや人情が好きで、南の地方の文化をこよなく愛していた。

性格は昔の規範の範囲でいえば、かなりリベラルな方。だが、大切なものの為なら、何に対しても一切容赦しない残酷なところのある人だった。


母は、サンマがよく取れる近くの港町で生まれ育ち、乾物専門の魚問屋の娘として店を回してきた。

根はひねくれているがひょうきんな性格で、不満なものを不満だとはっきり言う人だった。

もともとはめったなことでは落ち込まず、何物にも屈しない明るい人だったらしい。


俺の妹は、母と父の賢さを合成したような素質を受け継ぎ、社交的で流行に敏く、正義感の強い子だった。

真顔でも、人ににらまれていると勘違いされるほどの切れ長の瞳と、オニキスの様にしっとりと輝く黒い髪、スレンダーでやや幼めな体つきは、どれも味があって、僕は幼いころから彼女のことが家族として誇らしかった。


例えるなら、妹は月のような人だった。

例えるなら、母は太陽のような人だった、

例えるなら、父は流れ星のような人だった。


そしてある日、家に父という隕石が落ちてきて、僕の世界に滅びの時がやってきた。


さながら、【ヨハネの黙示録】がごとき終末だった。

慈悲は絶え、裁きのラッパが鳴り響き、深淵の扉が開かれた。

青ざめた首のない馬の上に、暴力という名の化物がまたがって、家を荒らし廻った。


父におびえた僕たちはとてつもなく防御的になり、裁き主となった父との間には、取り返しのつかない溝が生まれた。――――――――でも。


父は家族、特に僕のことを想い計って、このことを定めた。

だが、終末など、最初から望んではいなかったのだ。


父は、時代錯誤な観念のもとに、家族に何をしてやれるか、真剣に考えていた。


息子は嫡男嫡子だから、厳しく育てよう。

まあ、今の時代に薩摩隼人だの、根性論だの言っても、ある程度は不毛かもしれない。

最初は軟弱な奴だと思ってはいたが、妻や医者の訴えによると、どうやら新しい種類の障害者らしい。

なるほど、ならばハンディキャップのあるものはきちんと守って、強く育てなくては。

それが父親として最大限俺ができる事だろう。


そう思ったに違いない。


実際父は、不器用ながらもあれこれと手を尽していた。

だけど、自分のすることに対して妙な自信があって、自分のごく一部の仲間にしか相談しないし、僕に手をかけるときも、その意図を明かすことはなかった。


曰く、僕に伝えても、納得してくれる気がしなかったからだという。


父にとっては、現代日本の障碍者福祉は、遠い未来の話に近かったのかもしれない。

だが、今となってはもう過ぎた話だ。


僕は、長く住んできた家を追われ、障碍者用のグループホームや、孤児院、精神病院、果ては貧困ビジネス企業が運営するアパートなど、社会の底辺を転げまわった。


何時しかこう思うようになる。


愛を、愛を、愛を。

昔のように、否、昔得ようとしていたように。

この身、この心、この魂、この思い。

全てを愛してほしい。


餓えていた。

こらえて、こらえて、こらえて。

求めて、求めて、求めて、

そして、諦めた。


だから。

憎んで、憎んで、壊して。飾って、笑って嗤っあて嘲っ、て処シ手処れじ髢峨§霎シ繧√i繧後※髢峨§霎シ繧√※谿エ縺」縺ヲ谿エ繧峨l縺ヲ邵帙▲縺ヲ邵帙i繧後※遖√§縺ヲ遖√§繧峨l縺ヲ逞�s縺ァ逞�∪縺帙





















―――――――――。

―――――――――――――――――。

――――――――――――――――――――――――。

――――――――――――――――――――――――――――――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――。


そうすれば、だれかが気づいてくれる。

そう妄信じたんだ。



そして、僕のもとに、たくさんの助けてくれる人が訪れた。

ある人は、導き。

ある人は、本気でキレてくれて。

ある人は、住む場所を探してくれて。

ある人は、居場所になってくれた。


でも、それでも、物足りない。


願いをごまかすために、あらゆる手段を講じた。


昼夜問わず自分を性的に慰めた。

結局、夜の供に書かれていることの俗物ぶりに幻滅した。


捧げられるもの全てを、壊れない範囲で捧げるつもりで恋人を探した。

結局、僕の成長したいという建前に騙された彼女たちは、僕を励ましたのが無駄だったことを悟って、悲しみながら去っていった。


自分の好みを押し殺して、必死に友達を作った。

様々な知らない世界を楽しめたけど、結局は知り合い以上の何物でも、あり得る事はなかった。


自分のための物語を書いた。

だけど、自己満足で終わることが余りにも虚しくて、訴えよう訴えようとするあまり、内容が人に媚びたものになった。

結局、満足するものは書けなかったし、妄想と建前と苦しみに満ちた奇妙な駄作しか書けなかった。


どんな手段も、僕の孤独を慰める事は出来なかった。


でも、ようやく希望を見つけた。


それは、サロゲートパートナー。

別名、代理恋人。

性的なトラウマ、愛情の枯渇、重度の欲求不満などの課題を抱えたクライアントに、セックスや本物の恋愛を通して癒していく職業。


世界的にもまだ始まったばかりの職業であり、認知度も低い。

この職業を公に認めている国でさえ、利用自体はグレーゾーンか犯罪だ。

費用も高額で、およそ百万円はくだらないという。

それでも治療期間は2週間から3週間程度。

クライアント側の状態に応じて、調整するとのことだったが、僕にはそれでも足りそうにない。


長期の休養という目的を設定して、半年から一年は利用したいのだが、そのような大金はとても払えそうにない。


この分野の先進国では、利用の合法化や医療保険適用などを訴える運動を進めているそうだが、ほとんどの国では行われていないうえ、発達障害者や精神障碍者については、ほとんど対象にされていないばかりか、議論にすらなっていない。


もっと突っ込んだことを言えば、あらゆる面で健常な、いわゆるモテない人は、まったく深刻ではないと鼻で笑い飛ばされ、最初から問題にされていない。

それどころか、世界中のカルチャーで物笑いの種になっている。


僕など、重度の範囲に入ると医者から診断されている割には、『無理をすれば』一般の健常者とそう大して変わらない生活をすることができうるので、相当軽く見られてしまう。


あくまでも、無理をすれば、だが。


ゆえに僕は、一見全く問題のない、ただのモテない若い男でしかない、と世間に見られる。

無理も我慢も努力も、皆同じようにしているのだから、僕が無理をするのは当たり前で、本当は出来ないと嘆くのは甘えとみなされる。


そんな状況では、サロゲートパートナーの利用など、とてもではないが利用できるはずがない。

加えて、この職業自体が始まったばかりで、彼らが本格的に活動するのは相当先の話だ。


高額な費用をカバーする保証は、官民全体見渡してもまだ整備されていない。


もう、僕は自分の欲求や、本性を偽ることはできない。

思えば、幼稚園の頃から、性的ではない意味の愛撫や、愛情、好意を強く求める節があった。

人を愛したいという欲求を強く持つのが男性性の特徴だが、そういう意味では僕は非常に幼く、また女性的であったと思う。


その素質は年を追うごとに激烈になっていった。

中学生になると、だれかれ構わず甘えるようになり、わがままを言ったり駄々をこねたり、至近距離で会話したり、抱きしめたりと、非常にパーソナルスペースが狭い子供だった。


周囲はそれを発達障害の症状と勘違いしていて、僕もそう教えられて、また勘違いした。

でもそうじゃなくて、本当にただ甘えたかっただけなのだ。


大人になんて、絶対になりたくなかった。

大人になったら、誰にも子ども扱いしてもらえないから。

成長なんて、絶対したくなかった。

超えて、超えて、行って、往って、征ったとしても、その先になんて、何も求めてはいないから。


常識も立場も身の程を知ることも、何も受け付けたくない。


ただ、幼い子供のように。

ただ、か弱い子供のように。

純粋に、まっすぐに、静かに、温かく。


心が満たされるまで、永遠に愛してほしかった。


どっかの中二病のアニメに、こんな武器の名前があったっけ。


『全て遠き理想郷』ってさ。


なあ、教えてくれよ。

僕の理想郷は、どこにあるの?

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