西陽が差し込む路地裏の噂
背の高い建物の隙間から差し込む赤い日に照らされた煉瓦通りを光の粒がふわふわと舞う。
夕刻を過ぎるとその現象が起こるが、誰も見たことがない。光が走る道は人のいない裏路地と決まっているから。
タッ、タッ、タッ、
建物に反響してどこからか響く足音に配達の少年は気づいた。日が落ちる前に手紙を届け終えて戻らなければならない彼は、先ほど最後の一枚をポストに入れたばかりだった。
近道だからとよく使う人通りのない裏路地を歩いていた彼は、今の時間が夜に近いことを空を見て知った。
『知ってるか?夕刻をすぎた裏路地に幽霊が歩いているらしいよ。誰も見たことないらしいけど、光の玉が浮いていたって話だ。』
彼は同僚で年の近い友達に以前言われた噂話を思い出してゾクっとした。もしや、あの噂は本当なんだろうか?それにしては、今までも通っていたのに何でっ…
タッ、タッ、タッ、
「え…」
足音が全方向から響いて、目を見張る光景を目にした。背後から光の粒が風に流れたと思ったら、足元のレンガに吸い込まれるように消えた。
消えた場所には小さめの靴の足跡が光っている。
「…本当だった…」
足跡はそのまま彼が向かう方向へと続いていて、恐る恐る進んでいくと、見知ったはずの道が見たこともない噴水のある広場に変わっていた。
既に日は沈んで暗くなった空間にキラキラと光の粒が噴水を囲んでいて、いつぞやに見たダイヤモンドダストと呼ばれていた光景にそっくりだった。
「すごい、」
早く戻らなければ、社長に怒られてしまう。母さんたちが心配してしまう。それなのに、足は動かず目は離せない。
「…すごい?」
「え、…」
どこからか声が聞こえて、ハッと意識を戻すと噴水の淵に座る少女が現れた。ずっと見ていたはずなのにいつから座っていたのだろう。
「ずっとだよ?君が私を追いかけて来たんでしょ?」
「…口に出してた?」
「ふふっ」
楽しそうに目を細めると少女の体が少しずつ砂のように消えていくのを目にした。キラキラと先程追いかけた光の粒になって空気に溶けていっている。
「ちょ!大丈夫?!」
「あははっ、大丈夫だよ。」
「でも、…あ!幽霊??」
「…違うよ。君は面白いね。次会う時が楽しみだ。」
「次…」
愉快な声と悪戯っ子のような笑顔で消え去った。光の粒は触れないみたいで掴もうとしたら手を貫通して空へ登る。
「…何だったんだ…」
いつのまにか足元にコインが散らばっていて、その数は両手から溢れるほどだった。コインに気がとられて、顔をあげればいつもの路地裏で日は落ちて夜になっている。全部が不思議な出来事で頭はパンクしていた。
「遅かったな、まぁいい。今日の賃金だ。」
「ありがとう…ございます。」
「遅かったわね?お帰りなさい。」
「ただいま」
夕飯を作って、ご飯を食べてもお風呂に入っても自分が経験した夢を夢だと思えなかった。
「……次、会う時…」
一枚だけ拝借したコインを月にかざして目を閉じる。眠気に負けて横になれば、そこからの記憶はない。
「おやすみ」
聞いたことのある声で呟かれた言葉を聞いて深いところへ落ちていく。
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「まだ起きてないの〜?」
早起きが得意な息子は私が起きる前にご飯を作って仕事に向かう。今日はいつも用意されているご飯はなく、触った後もない。
「__?仕事はどうしたの?」
部屋に向かって声をかけても返事はなく、扉を開いたら誰もいなかった。几帳面な息子は珍しく、無造作に払われたブランケットがベッドで広がっていた。息子がいたはずのそこには、初めて見るコインが一枚落ちていた。
「……__?」
この日を境に少年の姿を見たものはいなかった。