夏野菜
主人は別段、新しいもの好きという訳ではございません。
むしろ、頭のかたい昔気質の古い人間でこざいます。
しかし、面白いものや真新しいものを愛でる器も持ち合わせているようで、時折子どものように変な事を言い出したり持ってきたり致します。
あれは確か、娘が小学校低学年の頃でしたので、三十年以上も昔の事でございます。
主人がどこからか、ズッキーニと花オクラとゴーヤの種を持って来たのです。
当時、ズッキーニや花オクラなど、とんと聞いたことがございませんでしたし、ゴーヤも本州で育つのかと半信半疑でございました。
しかし生来の土いじり好きの主人は「誰々の話だと」「この本によれば」と、目を輝かせせっせと庭の畑に植えておりました。
私は花の水やりですら億劫な性分ですので、出来上がった物をありがたく頂くだけでございます。
主人がきちんと世話する分には、なんの文句もございませんし、口出しする気も毛頭ございません。
主人は変なところだけきっちり真面目と申しますか、細かいと申しますか。
毎日朝夕、決まった時間に成長に合わせた量の水やりをし、雑草の一本も許さず徹底的に処理しておりました。
夏野菜の力強さと言ったら相当なもので、あっという間に庭は蔓でおおわれてしまいました。
今でこそ緑のカーテンと言った言葉があり、ネットに蔦を這わせますが、当時はそんな事考えもいたしませんでした。
蔓の伸びたい方に伸びたいだけ好き勝手させる。
畑とはそういうものだと思っておりました。
私の心配をよそに、三種類とも見事に育っていきました。
となれば、それを調理する仕事が近い将来やって来ます。
書店や図書館、近所の物知り住職様など、手当たり次第に情報を集めその時に備えるのです。
花オクラとは、単純に花が特徴的なオクラなのだろうとたかをくくっておりましたが、調べた所なんと花を食べるのだそうです。
花を食べるだなんて、娘の漫画に出てくるお姫様のよう。
ぽつりと主人にそうこぼしましたところ、いつのまにか食用菊の話になり、あれよあれよと話があちこち飛躍し、庭先でこんこんと語られてしまいました。
ズッキーニは要するに癖の少ない瓜でございます。
ならば煮ても焼いても何しても良い、非常に勝手の良い子で、いくら豊作でも困ることはありません。
ご近所にお裾分けに行くにも、気軽いものです。
ゴーヤは炒める、おひたしにする、和え物にする程度しか分かりませんでしたし、更にあの独特の苦味でございます。
もちろん娘は食べず、育てた主人もそこまでうまいうまいとは食べてくれませんでした。
薄く切れば良い。塩揉みすれば良い。意外にワタは苦味はない。カツオ出汁や卵塩分油分で苦味がごまかせるなど聞きかじり、試行錯誤しせっせと消費しておりました。
しかしそこは夏野菜で、しかも蔓に成るもの。
毎日うんざりするほど収穫できるのです。
ひと夏に一回のお裾分け程度なら、ご近所さんも「あら珍しい。ありがとう」と言ってくださいますが、毎日毎日苦い瓜ばかりお裾分けに行くにはさすがに無理がございます。
花オクラはオクラと同じく、細かく切りかつお節とお醤油を混ぜていただきます。
オクラ同様独特の粘りけを持つ黄色い花。
味はそうですね、青臭いとまでは言いませんが癖は少なく、別段美味しいと言うわけでもございませんでした。
しかし、するりと食べれてしまいますので、夏の朝は大変重宝いたしました。
夏バテ気味の娘も、花オクラときゅうりの塩揉みでさらさらとご飯を食べてくれるのです。
夏も終わりに近づくと、わざと残しておいた大振りのゴーヤが黄色く色づきます。
貧乏性か趣味かマメなのか、主人はそうして来年の分として種を残すのです。
来年のゴーヤは控えめにお願いします。
そう伝え快く返事をしてくださったはずでしたのに、結局また同じことを繰り返すのです。
力強い夏野菜のように。
そう私と娘に言い聞かせ、毎年見事に育てあげるのです。
元々トマトやきゅうりなんかの野菜も大豊作な我が家でしたので、今さら少し種類が増えた所で文句はないのですけれどね。