正真正銘、催眠術師のTier5!
「催眠スキルTier5――『常識改変』。これがもう一つの、そして決定的な証拠だ。催眠術師が街を操作したという、決定的な、な」
「俺以外の軍全体を……一万の軍を、全て操ってみせたというのか……!」
俺が突き付けるようにして見せたのは、ブタドスから奪った催眠アプリだった。
その力を借りて、俺は催眠スキルのTier5を放ったのである。
だが俺は――
「これ以上の説明は不要だな。この呪われた兵器はもう――必要ない」
催眠アプリを地面に捨てると、脚で踏み潰し、破壊するのだった。
これは呪いの装備だ、紳士の主義を掲げた俺だからまだ耐えてはいるが、使い続ければ俺もブタドスみたいに堕ちていく。
そんな危険なものはこの世にあってはならないのだ。だから破壊した。
催眠アプリはその絶大な効果に反して、とても壊れやすい材質だったのか、修復不可能なまでに粉々に破壊されるのだった。
「お前ほどの男ならもう理解出来ただろう、アルチバルド。軍を退け、冒険者の街ビアンツに反逆の意志はない」
「Tier5とはいえ、こんな超常現象が起きるとは……! 首謀者の催眠術師とは、お前のことではないのだな?」
「ああ、そいつはもう死んだ」
アルチバルドは現実を前にして、ようやく考えることをした。
「それでも戦るというのなら来い。俺達が相手になってやる」
矢を向けられた時、万が一が起こると思ったのだろう。
フリーダ、ジル、オリヴィアが、武器を構えて俺を守るように囲っていた。
そして門の内側――街の中には、元ギルマスのヴァネッサに騎士団長エルミナ。
それだけでなく師匠ルドルフやオーガの道具屋、鍛冶屋、符呪屋に、最高の店のマスター。
門の開け閉めを行っていた、ドアに縁深い冒険者まで現れていた。
「一万の軍団を俺達だけで勝つのは無理だろう。だが……一人でも多く道連れにしてやるぞ。さぁ、どうする」
「……いいだろう、お前の言い分を認めてやる」
アルチバルドは――王国軍は折れた。
血気盛んな兵達は不満そうに「ですが軍団長!」と意見を言おうとしたが、アルチバルドが腕だけで制する。意見はそれだけで却下された。実に統率が取れた軍団だ。
アルチバルドが俺に向かって言う。
「だがもしもこれが嘘だと知れた場合、真っ先にお前を討つ。今度は、俺の一〇万の軍団を総動員してな」
「この規模でもまだ全軍ではなかったか」
こんな短期間で一万を動かしたのもとんでもない話だが、この上さらに数が増えるらしい。
このアルチバルドという男がいかに有能な指揮官かが窺える発言だった。
アルチバルドが合図を送ると、大騎馬軍団は踵を返すように背を向けて走り去っていった。
一人残っていたアルチバルドは、最後に言う。
「豪胆な男よ、見事な立ち回りだった。すぐに忘れてやろうと思っていたが気が変わった、もう一度名を名乗れ」
「マルクだ。『最後の冒険者』所属のマルク。……名前は一度で覚えておけ、紳士うんぬん以前に、基本的なマナーだ」
一国の軍団長と視線を交える、一介の催眠術師。
「マルク……その名、覚えておこう」
参ったな、王国軍のお偉いさんに名を覚えられてしまった。
だがまぁここで偽名を名乗っても格好付かないし、すぐバレるだろうからな。
そうしてアルチバルドも去って行った。
戦争は回避されたのだ。
「終わったな。これで街壊滅の危機は完全に去った」
「『終わったな』、じゃないわよもうっ! なんであんなに偉そうにしたのよっ、見ててハラハラドキドキしちゃったじゃないっ!」
「で、ですです! 軍団長さん、ピクピク怒ってましたよっ!」
「交渉ってのは下手に出ればいいってわけじゃない。上手くいったんだからいいじゃないか」
ジルとオリヴィアはドキドキものだったらしく、ちょっと怒り気味だった。
まぁもちろん、冗談の範疇だがな。
フリーダが俺を真っ直ぐに見て言う。
「マルク、お疲れ様。あなたじゃなかったら戦争は回避出来なかった。父の……魔王のことも含めて、本当にありがとう」
「いや、俺以外でもやれた奴はいたさ。たまたま今回は、俺が適任だっただけだ」
「そんな謙遜しないでくれ、あなたのおかげだマルク! ……私が団長代理になった意味なかったけどね……」
「そ、そう気を落とすな、また活用する機会がある……かもしれないだろっ」
そしてフリーダはガクンと肩を落としていた。
緊張の糸がほどけて、ボケをかますいつもの彼女に戻っていた。
俺はそれが……ただただ嬉しかった。
「さあ、まだ事後処理が残っている。裸のままの女性達を退避させて、紳士に接し……お、とと」
「マ、マルク、大丈夫かっ!?」
まだ仕事は残っている。
俺はギルマスらしく張り切って取りかかろうとしたのだが、足元がふらついて――
「ああ……ダメかもな。精鋭一万を操るTier5、結構なリスクもあるようだ、ガクっ」
「そんな冷静に気を失うなマルクーっ!?」
血を流し過ぎたこともあるかもしれない。
俺はフリーダの突っ込みを聞きながら、やんわり意識を失うのだった。




