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万の軍団VS催眠術師

『反逆者共よ、これより王の軍団が貴様らを蹂躙する! 地獄を駆ける蹄の音に震えるがいい!』

「やれやれ、あちらはやる気満々だな」


 街の城門前に着いた俺は、扉の向こう側から伝わる熱気を肌で感じていた。

 この向こうに、高い士気を保つ万の軍がいるわけだ。


「ほ、本当に一人で行くのかマルク。やはり騎士団長代理の私も同行した方が……」

「いや大丈夫だ。万が一があったら、その時は頼むことになるが」

「万が一って……やめてよそんな……あんたの身に何かあるかもみたいな言い方、やだよっ……」

「マルク様の身に何かあったら、私は立ち直れません……神よ、どうかマルク様をお守りください」

「心配しなくていい。きっと上手く行く」


 女性陣は不安な顔を見せる中、俺は努めて涼しい顔で言った。

 説得のやり方はすでに考えている。

 後は――それが上手く行くかどうか、祈るだけだ。


「じゃあ行ってくる。君達は必要な時が来るまで、姿は見せるなよ」

「マルク……無事に帰ってきてね」


 フリーダの言葉を受けて、俺は城門を開ける指示を出した。

 門の小窓から男がサムズアップ――親指を立てて、幸運を祈ってくれた。

 その男とは、ギルドの扉を直しまくっていた、いつかのガタイの良い扉修理業者――もとい、冒険者だった。


「む、門が開いただと? 注意しろ、奴等の作戦かもしれぬ」

「作戦じゃない。誤解を解きに来ただけだ」


 俺は街の外に出る。

 門の前には、視界では捉えきれない規模の騎馬軍団と、それをまとめる一人の男がいた。

 そいつこそが指揮官であることは、一目で分かった。

 そいつだけ鎧が異なることと、何より――溢れ出るオーラが周りに比べて格段に上だったからだ。

 恐らく――Tier(ティア)5到達者だろうな。


「誤解だと? 大軍を目の前にして怖じ気づいたか。だが許さん。王への反逆は断じて許さん」

「それも誤解だ。怖じ気づいてなどいない。反逆が誤解だと言っているんだ」

「なんだと? 貴様何者だ。名を名乗れ」

「俺は催眠術師のマルクだ。この街の新しいギルドマスターに任命された」


 俺は馬上の男に臆せず言う。

 この男はただ者ではない。

 これだけの軍を率いておきながら、こんな最前線に立っているわけだからな。

 男は露骨に訝しがって、眉間にしわを寄せる。


「新しいギルドマスターだと? 俺はそんな話は聞いていない。貴様嘘を吐いているな?」

「たった今変わったからな、知らなくて当然だ。それより、次はあんただぞ」

「何?」

「俺は名乗った、お前こそ何者だと言っている。俺は政治に興味がなくてね、国のお偉いさんの顔なんてほとんど覚えちゃいない」

「こいつ……」


 隣の兵士が「無礼だぞ!」と俺に言ったが、この男はそれを手で制した。

 男は不機嫌そうな表情をしていたのだが、反転してどこか嬉しそうにこう言った。


「面白い男だ。まさかこの俺にそんな生意気な口を利く奴がまだいたとはな。いいだろう、教えてやる。俺の名はアルチバルド。アリアンデール王国大騎兵軍団・軍団長のアルチバルドだ」


 名乗った男は、フルプレートの鎧にオープンフェイスの兜を被っていた。

 口ひげをたくわえていて、しわの付き方から、四、五〇代といったところだろう。

 背丈は二メートル近くあり、幅もある肉体は正に歴戦の勇士。

 精悍な顔立ちは多くの戦いを経験した証だろう、自信に満ち溢れていた。


「なるほど軍団長か。この軍の一番偉い奴が最前線に立っているとは思わなかった。話が早くて助かる」

「何を言っている、俺は戦前(いくさまえ)にただ名乗っただけだ。反逆者を前に、軍を止めることはせぬぞ」


 アルチバルドに退く気はないようだ。

 困った脳筋のために、俺は言った。


「反逆者じゃないと言っている。この街は今の今まで一人の催眠術師に操られていた。そしてその状態はもう解除された。一時的に音信不通になったのは、そんな理由からだ」

「街が催眠術師に操られていただと? 馬鹿なことを言うな、ここは冒険者の街だぞ。他の街でも有り得ぬことが、冒険者の街であってたまるか。それもよりにもよって催眠術師にだと……? 馬鹿馬鹿しい、低位な催眠術師にそんな大それたことが出来るものか!」

「それが真実だ。だから軍を退け。俺達冒険者が、反逆なんて下らん政治に興味を持つと思うか?」


 俺は腕を組んで状況を説明する。

 しかしアルチバルドや周りの兵は全く納得していなかった。

 まぁ当然だろう。俺もそれくらいは予測済みだ。


「そこまで言うのならば証拠を見せよ。街に入れば分かるはずだ」

「街に入る? ……それはだめだ」

「何……? 無実を証明するのならば証拠を見せるのが筋であろう。それを拒むというのならば、貴様らはやはり反逆者――」


 一万の軍が街に入ろうとしたのを、俺は拒んだ。


「街の女性は操られて裸にされていた。まだ目を覚まさずに、裸のまま路上で倒れている女性もいる。だから街に入れることは出来ない」

「それこそ決定的な証拠たり得るだろう。お前は自ら証明の機会を逸している、どうして我々を入れようとしない」


 理由は、ただ一つだ。


「俺が紳士だからだ」

「なんだと?」

「紳士な俺が、女性の嫌がるようなことをするわけがないだろう。理由はそれだけだ」


 当たり前の理由だった。

 この俺が、紳士よりも優先する物があるわけがないだろう。

 軍団長アルチバルドは――


「ククク、ガッハッハ! そうか、面白い奴だとは思ったが、まさかここまでとはな。……分かった、もういい」


 笑った。

 笑って、隣の兵にこう命じた。


「殺せ。殺して、勝手に入らせてもらう」

「そうか、残念だな」


 馬上から一人の兵が弓を構えると、呼応するように他の兵も弓を構えた。

 無数の矢が俺に向けられる。


「残念ではない、自業自得だ。今さら後悔しても遅――」

「そういう意味の残念じゃない」


 だが、俺は決して動じずに。


「残念だが、お前じゃ俺は殺せない。そういう意味の残念だ」


 俺は、そちらを見ろと言わんばかりに、アルチバルドの後ろを指さした。

 アルチバルドはなんともなしに振り返る。

 彼の目に入ったものは――


「なっ! き、貴様ら、俺に矢を向けて――これは一体どういうことだっ!」


 仲間の裏切りだった。

 俺を殺せと命じたはずの矢は、全てアルチバルドに向いていたのである。


「催眠スキルTier(ティア)5――『常識改変』。これがもう一つの、そして決定的な証拠だ。催眠術師が街を操作したという、決定的な、な」

「俺以外の軍全体を……一万の軍を、全て操ってみせたというのか……!」

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