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口数が少ないのには理由がある。キザなのと、それと ④

「ではかけるぞ。……あまり迷惑にならないやつがいいか、せっかくの店を台無しにしたくない」

「う、うむ。あ、あと……え、えっちっちじゃないやつで頼むねっ!」

「安心しろ、俺はそんな無益な催眠術にリソースを割けるほど、才能溢れる男じゃない。……えっちっちて」


 催眠術に対する風評被害が甚だしいが、とにかくフリーダに催眠術をかけるとしよう。

 そうだな、まずは……Tier(ティア)1の昏睡をかけるとしよう。


「私は堕ちない、私は堕ちない、私は――堕ちないっ!!」

「ではいくぞ――『昏睡』」

「ふにゃぁ~っ」


 あ、堕ちたなコレ。

 ずっとA級依頼(クエスト)帯の魔物を相手にしていたから久しく忘れていたが。

 とんでもない手応えを感じてしまった。

 この手応えがあったから、俺は催眠術スキルを磨いてきたわけだが……こんな時に思い出すとはな。


「自分でも驚く手応えだよ。さて……体を張ってくれた君に応えて、俺の方でも原因を探ってやるか」


 眠っているところ申し訳ないが、これも普通に会話するためだ。

 俺はどうして彼女がここまで催眠にかかるのか、少し調べてみようとした。

 が――


「ま、マルク、私になんの催眠術をかけたんだっ!? う、んん……はぁぅっ!」

「なに、意識があるだと? 俺は昏睡の催眠術をかけたはずだが、これはどういうことだ……!?」


 なんとフリーダにはばっちりと意識があった。


「おかしい、あの手応えは確実に催眠にかかった手応えのはず。フリーダ、今君の体はどんな感じだ?」

「ど、どんな感じって……そ、そんなの……く、うぅっ、あ、熱くてっ」

「熱い? そんな催眠俺は使えない。もっと具体的に頼む、どこが熱いんだ」

「こ、この辺、お、お腹の辺りが……ううん、も、もっと下の……っ!」


 フリーダの顔はみるみる赤くなり、まるで風邪にでも冒されているかの様子だ。

 椅子に座った状態で身悶えるように、体をもじもじとよじっている。

 搾りたて牛さんミルクが注がれているジョッキを手から離すと、そのままその手を、下へ下へと持っていっていた。


「おい、大丈夫か」

「ん、はぁ……だ、ダメ、もうっ!」

「分かった、今催眠を解く!」


 苦しむ彼女を見て、俺は手を叩いて催眠を解いた。

 その瞬間、彼女はビクンと体を跳ねさせていた。

 振動がカウンターに伝わって、ミルクが彼女のミニスカートに降りかかってしまっていた。


「全く……一体どんなかかり方だ。昏睡の効果は眠らせるだけだぞ」

「わ、分からない……こ、こんな感覚、初めて……んんっ、ふ、ぅ」


 息を整える彼女は、ぼーっとした表情でそう漏らす。

 濡れた彼女を見て俺はマスターにタオルをお願いした。


 昏睡はデバフに当たる催眠術。

 彼女にデバフ系をかけるのは危険みたいだ。

 なぜか彼女には、別の、もっと強い効果が発動してしまうようだった。


 ただ――デバフでこれなら、バフならどうなるのだろうか。


「い、今の効果は一体なんなんだマルク、体が熱くて熱くて……特にお腹の下の、もっと下の方が」

「……さぁな。もう忘れた方が良い。俺も、今の君の姿は忘れることにする、すまない」

「な、なぜ謝る? 頼んだのは私の方だし……まぁ、あなたがそう言うなら、忘れた方がいいんだろうな」


 一瞬そんな考えが巡ったが、フリーダの乱れた姿でこの時は飛んでしまった。


 少し間があって。

 フリーダは零したミルクを拭き取ったあと、こう言った。


「ふぅ、やはり勝てなかったか……私の自己暗示、今まで誰一人突破出来なかった、完璧な催眠対策のはずが……」

「いや、結構ガバガバだと思うぞ」

「あなたがすごいんだろうな、マルク」


 俺はそれを聞いて、催眠術師という職について私見を語る。


「まぁ確かに、催眠術師というカテゴリーだけで考えれば、俺より優れた催眠術師は珍しいか。ああ別に自慢じゃない、むしろその逆だ。他の職ならば、もっと役立てる。だから皆、どこかのタイミングで別の職に転職するんだろうな。敵のレベルが上がれば上がるほど、『催眠耐性』の高い敵ばかりにもなるみたいだしな……」


 それを知っていれば、俺も別のスキルを磨いたかもしれないが――

 とにかく催眠術師には低レベル止まりが多く、先行者が少ないのだ。

 もちろん、自分より上の使い手もいるにはいるだろう、世界はそんなに狭くはない。

 例えば俺の師匠がそれだ。


 ただ、それは師匠が現役時代の頃の話。

 師匠は高齢からもうすでに現役を引退している。一〇年近く前の話か。

 前に偶然会った時には、すでに俺の方が実力は上と認められていた。

 ――とにかく。


 俺が活動しているビアンツ周辺で、俺より腕の立つ催眠術師は聞いたことがなかった。

  

 俺が卑屈になっているのが気になったのか、フリーダは聞く。


理由(わけ)ありそうだな、ダンディズム」

「誰がダンディズムだ。そういえば名乗ってなかったか。……しかし本当に君は、俺の名前も素性も知らず、君が言う『催眠臭』だけで追ってきたんだな」

「うむ。催眠は私唯一の弱点だからな。鼻が利くんだ」

「変わった女性だ……まぁ、俺はマルクだ。ダンディズムじゃないからな」

「うむ、よろしくマルク。私はフリーダだ。もう知っていると思うけど」


 相性最悪の両者。

 俺たちは、握手も視線も交わさずに名乗りあった。

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