思わぬ敵
全裸の女冒険者が徘徊する広場を、俺達は堂々と通過していた。
堂々と言っても縄で縛られているが、それはフリだけだ。
A級の冒険者もいたが、催眠にかかって意識も朧な彼女らは、俺達を見抜くことは出来なかった。
「分かっていると思うが、妙な真似はするなよ。少しでもおかしな動きをしたら……」
「お仕置きしますですよっ」
「ひ、ひぃ、分かってます、だから殺すのだけはどうか……!」
オリヴィアのお仕置きは違う意味で受け取られかねなかったが、ちゃんと伝わったようだ。
冒険者達には気付かれず、先導する信者達も抵抗の意思を見せず。
このままブタドスの元まで着けば後は容易いことだが――果たしてどうなるか。
「おっ? お前ら女騎士とその仲間達捕まえたのか!」
すると別の信者が話しかけてきた。あちらも三人いた。
念は押したが妙なサインでも出されたら一大事だ、俺は注視する。
「へぇ、これが噂の女騎士か……へ、へへ、ミニスカ女騎士、たまんねぇなぁ!」
「こっちのたゆんたゆん娘もすげぇっ、縄が食い込んでるぜ!」
「俺はロリっ娘推しだなぁ。あぁ、力尽くで抑え込みたいっ!」
全く下品な男達だ。
仲間に不躾な視線を向けられて、俺は怒りを覚えていたが今は作戦中だ。
「……ジルちゃん、ここは我慢だぞ。蹴飛ばすのは後でいくらでも出来る」
「わ、分かってるわよ。……誰がロリっ娘よ、あたしはマルクが認めてくれた、レ、レディーなんだからっ」
「こちらの信者さん達の言葉には耳を貸しません。そうすれば無敵ですっ」
一番の侮辱を受けている彼女達が我慢しているのだ。俺が噴火して台無しにするのは、一番やってはいけないことなのだ。
「と、とりあえず道開けてくれるか? 早く教祖様にお連れしないと……」
「おおう、そうだな。とっととお連れすれば、それだけ俺達も早く味わえるわけだからな……ぐへへ、女騎士は俺が〝予約〟しておいたぜ」
汚らしい言葉を吐くが、全く疑われていない証明でもあった。
信者同士で妙なサインを出したりもしていない。
俺達は無事、他の信者の目を通過して、道を進むのだった。
「マルク、上手くいったな、あなたの作戦通りだっ」
「ほんとさすがよ。……このまま、あの魔王の元にまでいけるわ」
「大丈夫です、神の祝福があれば……私達四人が揃っていれば、絶対勝てますっ」
裸で催眠状態な女冒険者も。
健常で素人な信者達も。
誰も俺達が『自由』であることに気付かなかった。
「そこノお前タチ、止まりナサイ」
――ただ、彼女達の目を除いては。
「まぁ……二人の女性達にはどうしても止められるとは思っていたが」
その再会は、ギルドまであと少しといったところで訪れた。
俺は立ち塞がった二人の女性を見て、想定済みといった風に言うが。
「ただ、俺の予想とは違う、二人の女性達だったがな……!」
だが、驚いた。
立ち塞がった女性の正体は――
「敵ヨ、ユーニス。あのキモ男は無策で捕まるような奴ジャナイ」
「エエ、ベラ。よく知った仲ですもの、策を弄してばかりの下等な男デシタ。捕まえて、差し出しましょう――ご主人様であるブタドス様ニ」
俺の元仲間である、ベラとユーニスだったのだから。
こんなところで、こんな形で再会するのは想定外だった。
「みんな、縄を解け。ここからは強硬手段だ」
「くっ、ギルドまではまだあるが、一番の鬼門である広場は抜けた。やろう!」
「マルク様、顔色が優れません……もしかしてあちらのお二人は、お知り合いなのですか?」
「……元仲間だ」
「な、何よ、前のパーティも女だらけだったわけ?」
ベラとユーニスは間違いなく催眠で操られていたが、裸ではなかった。
薄いピンク色の生地はスケスケで、下着が見えている。
いわゆるベビードールと言われるセクシーな寝間着姿だった。
そして――
「一人男もいたはずだが――何かあったんだろうな」
元仲間二人の内ももには、数を数えるかのように黒インクで棒線が刻まれていたのである。
その数は――二桁どころではなかった。
「マルクの仲間とはっ! ……いいのか、やってしまっても」
「クビにされた身だ、気にせずやってしまってくれ。……それに、そうする以外に通る道はない」
ベラとユーニスがそれぞれ杖を取り出す。あちらはやる気満々だ。
そんな時、心優しいシスターが前に出た。
「……過去にどのような別れ方をされたとしても、かつての仲間と刃を交えるのはお辛いでしょう。ここは私が引き受けます。皆様は先に」
「なっ、とどまるつもりなのかオリヴィア、いくらあなたでも一人では無理だ!」
オリヴィアが、一人で戦うつもりなのだ。
「戦いが始まれば他の冒険者も気付くでしょう。そうなったら魔王に辿り着けないかもしれません。騒ぎで逃げ出すかもしれません。それでは人々を救えません。ですから、私が……!」
「……はぁ、なに強がっちゃってんのよオリヴィア、あんたらしくないわ。脚震えちゃってるじゃない」
「あ……ジ、ジルさん、これは……っ」
メイスを持って勇んだオリヴィアのその脚は震えていた。
天才だからと、場数の少なさは誤魔化せないのだ。
指摘したジルが、オリヴィアと並んで前に出る。
「あたしも付き合うわ。……マ、マルクの元女とか、なんか……腹立つしっ!」
「んむむ? ジルちゃんの理由は個人的過ぎる気がするぞ?」
「いいから二人は行けってことなのっ! ――それともまさか、未練でもあんの?」
「これっぽっちもないさ。……分かった、ここは二人に任せる。魔王は俺達でどうにかする」
今は一分一秒が惜しい事態だ。危険と分かっていても、二人に任せるしかないだろう。
俺は二人に全覚醒を施す。
耐性貫通と全覚醒×2で三手かかったが、敵は攻撃してこなかった。
あちらもあちらでバフをかけていたからだ。
「オリヴィア、君ならTier5に届く。天才の君なら流れるままに身を任せればいいはずだ。君のやりたいままにやれ」
「やりたいままに……分かりました、マルク様のお言葉を信じますっ」
「……何よマルク、あたしには何もないわけ?」
「そんなことはない。ジルも先輩だからって無茶はするなよ。また会おう、必ず」
「っ……うん、また会おうね、約束よ。にゃんっ」
ジルは猫耳――いや獅子耳を生やした姿で照れながら言った。
敵側がいよいよ構えた。戦闘が始まる。
「来るわね。オリヴィア、敵をあたし達に引き付けるわよ!」
「はいっ! ――マルク様、フリーダさん、そちらもお気を付けて!」
「うむ! 全て終わったら絶対駆け付ける、二人も無事で!」
「行くぞフリーダ、タイミングを逃すなよ!」
そうして両者がぶつかり合った。
ジルとオリヴィアは上手い具合に道を作ってくれたので、俺達はそこを行く。
「ジルちゃん、オリヴィア……絶対に、絶対にまた会おうね」
「二人の思いを無駄にはしない。ブタドスを――止めるぞ」
俺は後を託した二人を見てから、前に向き直す。
冒険者ギルドの看板が、すぐそこに見えていた。




