壁を破る男
「分かってるな弟子よ。俺達催眠術師が勝利の鍵ってんなら、実質お前だけが頼りみてぇなもんだ。俺はもう引退した身だからな」
「ああ、分かってる。あんたは俺の修行相手になってくれればそれで十分だ」
装備を職人に任せた俺と師匠は、店の外に出ていた。
フリーダ達も気になったのか、外に出る。
この辺りは街の外れだ、誰かに見つかる恐れは少ないだろう。
するとフリーダが聞く。
「引退してるという割りには、筋肉パンパンじゃないか? 鍛えていそうだが」
「ですです。おまけに見せびらかすかのような上半身裸で……め、目のやり場に困りますがっ」
「俺のこの体が鍛えてる? カカっ! そりゃお門違いってもんだぜお嬢さん方!」
両手で目を覆うオリヴィア。
そんな、オリヴィアを困らせている上半身裸な師匠は、続けてこう言った。
「こんな筋肉は催眠には不要よ! こりゃ引退後に付けた筋肉、女をよりもっと落とすためだけに付けた、ただの格好付けだぜ! フンっ、ムキムキ!」
「筋力を付ける暇があったら催眠力を伸ばすべきだからな。催眠術師は万能じゃない」
「カカっ、そういうこと! ――んで? お前が俺に話したいことってのはなんだ、弟子よ」
成長を見ると言った師匠に俺はある話をしたいと言っていた。
それは、新スキル習得だ。
「ズバリ言う。耐性+10000%の壁を破りたいんだ。どうしたらいい」
そしてそれは、オリヴィアの体質のことだった。オリヴィアははっとした。
この戦いにTier5は必須だろう。
俺自身も習得していないが、一番可能性があるのは凡人の俺ではなく、天才のオリヴィアなのは間違いない。
だったらまずすることは、彼女の全基本耐性+10000%を破り、俺のバフで少しでも『頂点』に近づけることなのだ。
「カカカっ! なんだそのバカげた桁は! まぁでも要は、高催眠耐性を無視したいって話だな?」
「まぁそういうことだ。色々考えているんだが、手詰まりでな。あんたの知恵を借りられればと思ってな」
「カカっ! 相変わらず頭の硬い男だ! んなもん、単純な話じゃねぇか」
「な、なに? 方法があるのかっ?」
師匠が笑い飛ばしたのを見て、俺は素直に驚いた。
師匠は答えを言う。そして俺はその答えにすぐに納得した。
「〝耐性貫通〟。このスキルを習得すれば全部解決する話じゃねぇか」
「耐性貫通……! そうかなるほど確かになっ。耐性貫通ならば、対象の耐性がどれだけ高かろうと関係なく突破出来る。もっと悩むものかと思ったが、難しく考えすぎていたか……さすが師匠だ、単純で分かりやすい」
「おぅ皮肉屋の弟子よ、そりゃ褒めてんのか?」
師匠は眉をひそめたが、別に怒っている様子はない。むしろ懐かしいやり取りに笑っているくらいだった。
『耐性貫通』。
とにかく、オリヴィアの耐性を突破する方法は見つかった。
問題はそのスキル習得についてだが。
「ただ弟子よ、耐性貫通スキルは高Tierのスキルだ。Tier4か、Tier5……いや、5はねぇな。4と5の間くらいはあると見ていいぜ」
「だな。これがただのTier4止まりなら、俺もとっくに習得して、敵の催眠耐性に悩まされることもなかった。Tier4.5って奴か……」
ジルが見せたあのTierのスキルということだ。
少なくとも俺は、そこまで自分の力で昇らないといけないわけだ。
「お前の今の目的はそのスキル習得ってわけだな。んじゃあ、ぐだぐだ言ってねぇで修練始めるとしようぜ。時間は無限にあるわけじゃねぇんだからよ」
「そうだな師匠。武器はまだ持っているな?」
「もちろんだぜ。コレとナイフが俺流の自衛手段だ」
師匠ルドルフは武器を取り出した。
俺と同じ、糸に吊り下げたコインである。
俺の武器は職人に預けているので、手持ちの金で即席の吊り下げコインを作る。
いよいよ、催眠術師同士の修練が始まる。
と、見学していたジルが何か嫌な予感でもしたのか言った。
「……ち、ちょっと待って。これから修行するのよね? 催眠術師の修行って、まさか」
「ああ。お互いに催眠術をかけたり防いだりする。……傍から見るとコインを揺らしているだけだ」
「めっちゃ地味です!?」
最後にオリヴィアにツッコまれてしまったが、否定出来ないのが悲しいところだ。
「さぁ行くぜぇ弟子よ! 引退したジジイだからってなめんじゃねぇぜ!」
「当たり前だ。この修行が街と世界の存亡をかけているわけだからな」
そうして俺達催眠術師のめっちゃ地味な修行が始まった。
コインを揺らし会うこと一時間――
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……ま、参ったぜ弟子よ! 引退したとはいえ、俺も昔はA級冒険者、Tier4までは行ったんだがな、やっぱ現役には勝てねぇや!」
「はぁ、はぁ……いや、師匠もまだまだやるな。即席の武器とはいえ、良い勝負だった」
「くかー……あっ、終わったのか?」
俺達が真剣にコインを揺らしている中、フリーダを始めとした女性陣は寝ていた。
だがそれが証明になった。
「どうだい弟子よ、目当てのスキルは習得出来たかよ?」
「ああ。催眠デバフが効かないはずのフリーダに、そしてオリヴィアまでもがうっかり寝ていた。習得出来たみたいだ、俺のTier4.5スキル、『耐性貫通』がな」
「なんてことだ、退屈で眠っちゃっただけかと思ってたぞ!」
フリーダ、なんてことを言うんだ。まぁそんなボケを言えるということは、立ち直ったということでもあるけどな。
「だが弟子よ、耐性貫通出来るようになったからと過信はするなよ。『耐性貫通スキルそのもの』には催眠効果は含まれねぇ。つまり耐性貫通スキルを使った後に、本命の催眠スキルを使わねぇとなんの意味もねぇってことになる。弟子よ、お前なら分かるな、この意味がよ」
「〝二手〟かかる。分かっている、実戦で使う時は、タイミングを見なくてはいけないわけだ」
これでどんな敵にもデバフを通すことが可能となったが、万能ではない。
耐性貫通からの催眠スキル使用と、発動には時間がかかる弱点があるのだ。
俺にはハブの仕事もあるのだから、タイミングの見極めは特に重要だろう。
「これがTier4.5たる所以といったところだろうな。だが今はこれで十分満足だ」
欠点は存在するが、オリヴィアの耐性さえ突破出来れば今はそれでいいのだからな。
すると、師匠がニカっと笑いながら言う。
「カカっ! 新しいスキル習得したてではしゃいでると、うっかり命落とすこともあるからな! 師匠からのありがたい忠告だったが、お前には必要なかったか!」
「スキルの特性を理解するのは重要だ。こう言った確認作業も大事だと、昔から師匠は言っていたしな。……アイディア出しや修行にも付き合ってくれて助かった。あんたみたいな男にでも一応礼だけは言っておこう。ありがとう、と」
「カカっ! 相変わらず生意気な弟子で師匠は嬉しいぜ!」
地味だったが、とにかく俺は新たなスキルを習得出来た。
これで――出来る。
「オリヴィア、待たせたな。これで君にも催眠紋をかけることが出来る。君の耐性を下げることなく、バフをかけることが出来るんだ」
「今は非常時、神の声を聞くための耐性下げは別の機会にするとしまして……やはりマルク様は、神の伝道師、私の救世主でございましたっ」
オリヴィアは俺に祈りを捧げる。
胸元がパツパツで、スリットの入った修道服で。
「……オリヴィア、早速そこでやろう。もう我慢出来ない」
「えっ、そ、そこって、路地裏――あれ~っ」
「ちょ、ちょっとあんたオリヴィアを路地裏に連れ込んで――ど、どこでやるつもりよ!?」
修行には一時間かかった、もうあまり時間はかけられない。
今は急いでいるし、店は男の職人達でてんやわんやだろう。
それに新しいスキルを習得したばかりで、早く試したくてたまらない。
だから俺はオリヴィアを路地裏に連れ込んで、そこで催眠紋をかけることにしたのだった。




