口数が少ないのには理由がある。キザなのと、それと ②
「マスター、お代わりだ」
「よくお飲みになられますね、まだ昼間だってのに。まぁウチは構いませんけどね。いつだって店は開けてますし」
冒険者の街ビアンツ。
こんな街だ、昼間から店を開けるところもある。
依頼に目を通すことすらせずに冒険者ギルドを出た俺は、昨日見つけた、一人で酒を楽しめる酒場に入り浸っていた。
「ひどく嬉しいことがあってね、そういう気分の日は酒が進む。だろ、マスター」
「酒は良いことも悪いことも忘れさせてくれる。お宅の事情は知らないが、面倒さえ起こさないなら、ウチは酒を出すまでですよ。それと、金さえ払ってくれるならね」
鼻の下に髭を蓄えたマスターは、商売っ気を覗かせながら酒を注ぐ。
この店はこぢんまりとした規模の店で、二階建てではあるが二階はマスターの寝床となっているのだろう。
客は俺の他にもぽつりぽつりといるものの、カウンター席で飲んでいるのは、この俺ただ一人だけだった。
「話したいことがあるなら聞きますよ。人の人生は面白い、そのためのカウンター席です」
「ここが一人酒を楽しめる店なのも、それが理由かい、マスター」
俺がそんなことを尋ねたが、マスターは静かに笑みをたたえるだけだった。
ぐいっと一杯、木のジョッキに入っている酒を飲んだ後、俺は話し始めた。
「俺には夢があってね。世界を冒険し、『地上の果て』をこの目でみたいという夢が」
「ほう、『地上の果て』。冒険者らしい夢で」
『地上の果て』――そこは、大地が途切れるこの世界の果てとされる場所だ。
その先には宇宙という、夜の闇よりも真っ黒い世界が広がっているらしい。
俺はそれをこの目でどうしても見たくなって、冒険者になった。
『地上の果て』を見る。世界を旅して回る。
それは多くの冒険者が夢を見る、なんてことのない、そしてありきたりな夢だった。
だがそんなありきたりな夢が、俺にとっては大事だった。
そのために努力し、技を磨き、何度か死にかけたことすらあった。
それでも挫折せずに突き進めたのは、そんなありきたりな夢を叶えたいと心から願ったからなのだ。
「だがまぁ……色々あってね、今はこうして昼間から酒を飲む男に成り下がったのさ。俺も二六、そう若くはない」
酒の力を持ってしても、『役立たず』の事実だけは伏せたい気持ちが勝つようだ。
俺は聞き手のマスターではなく、ジョッキに語りかけるようにして、言う。
「……どうして俺には皆を惹き付けるような力がないのか。どうして俺には、ガッチリとハマるような好相性の仲間がいないのか。昨日から、そんなことばかり考えているよ」
追放にあった昨日から、ずっとだ。
ジョッキの酒をまた一口と飲み、逃避する。
色々悩んだところで、もう手遅れなのかもな、と思っていると――
「夢を叶えるのに若さなんて関係ありませんよ」
俺はそう言われて、マスターに視線を向けた。
マスターは笑みをたたえたまま、続ける。
「私も、この年でようやく店を出せた。ここに至るまでに色々な苦労がありましたよ、嫁にも逃げられましたしね」
マスターは俺より遙かに上だ。見た目的には四〇から五〇くらいか。
今当たり前のように店を構えているこの人だって、苦労せずここに立っているわけではない。
「諦めず、焦らず。時には酒に逃げたっていい。でも、夢を忘れちゃだめですよ。夢は人を支える原動力だ。それに――」
「まだ諦めるには早い。夢を語るお宅の目は、まだまだしぶとく足掻いている男の目だ」
マスターはニコリと微笑んだ。
昨日来たばかりの店、昨日会ったばかりのマスターだが。
「……マスター、一言言わせてくれ」
「なんです?」
「ここは良い店だな」
短い言葉に、俺は最大の賛辞を込めるのだった。
マスターはどんな言葉にも、変わらずに微笑むばかり。
店だけでなく、どうやらこちらのマスターも最高のマスターのようである。
腐るのは今日までとしよう。
愚痴を聞いてくれたマスターのためにも、今日だけは飲むんだ。
明日からは、また冒険の日々に――
「だ、だ、」
「……だ?」
と、俺は背後の席からの声に反応した。
そこには、金髪サラサラロングヘアーをした、見覚えのある顔をした女性の姿が。
「ダンディズム……!」
「君は確か……女騎士仮面ことフリーダか」
昨晩出くわした、異様に俺の催眠にかかっていた美人女騎士がいたのだ。