☆ジーク視点 苦戦
「ガハッ! 痛ってぇ!?」
A級依頼を受けた俺達『光の翼』は、これまでになく苦戦していた。
ここは無骨な岩が切り立つ荒れ地。
立ちはだかる敵は一つ目のA級魔物、サイクロプス。
大物でもなんでもない、ただの小物でザコだ。そんなザコに、A級冒険者の俺達は苦戦していた。
「ば、馬鹿力が……! 腕がっ!」
「ユーニス! ジークを回復してあげて、早く!」
「言われなくとも分かっています、指示しないでくださいまし! ベラ、あなたこそ前線に出て時間稼ぎをなさいっ!」
「は、ハァ!? 私は魔法使いよ、死ねって言うの!?」
「ジーク様を守れるのならば、本望とお思いなさい!」
「いいから治療しろバカ女が! う、腕が――折れちまったんだぞ!」
この女共二人は痛みにもがく俺を放置し、戦闘中だろうと構わずケンカしていた。
俺の指示でようやく持ち場に戻りやがった、バカ女共が。
「い、痛ぇっ……! 治療はまだ終わらねぇのか、ユーニス!」
「お、お待ちください、見た目以上に酷い状態で、時間が……! 受け方を間違っていたら、私では治療困難な状態になっていてもおかしくありませんでしたよ!」
「は、早くしてジーク、ユーニス! こっちはもう、も、保たない――殺されちゃうっ!」
「気合いで持ちこたえろベラ! お前が場を持たせるしか方法はねぇんだ!」
敵の攻撃を受け止めただけで俺の腕は良からぬ方向に折れ曲がった。
受けた剣は無事だ。鍛冶屋で鍛えに鍛えた剣だからな、このくらいじゃ折れないが――
ユーニスのバフを受けただけじゃ、俺の体の方が持たねぇ。
もう一つ、手段が必要だ。
「おいブタ野郎! てめぇのデバフはどうした!?」
俺はこんな非常時でも呑気にコインをぷらぷらさせて戦闘しているつもりの男に目を向けた。
仲間にしたばかりの催眠術師・ブタドスだ。
「ド、ドゥフフ、無理言わないでよぉ! 相手はA級だよぉ!? 催眠術なんてまともに通らないよぉ、ドゥフフっ」
「クソ、騙しやがって! やっぱり催眠術なんて底辺のスキルじゃねぇか! クソ、クソ、クソ! 俺以外無能しかいねぇ!!」
だがこの野郎は戦力にすらならなかった。
聞き飽きたお決まりのセリフだ。
以前から何度も聞いていた――あの無能催眠野郎がいた頃に、何度もあの野郎から聞いたセリフだ。
なのになぜ――
あいつがいた頃は、上手くやれていたんだろうなぁ……
「――ジーク、ジーク! もう治療は終わったんでしょ!? 前線交代してよ、殺されちゃう!」
「ジーク様、お気を確かに! リーダーはあなた様です、指示をいただけないと、私達は動けませんっ!」
「ク、クソが……体を張るのはいつも俺かっ……俺だって、奴の攻撃を受ける度に骨折られてるんだぞ、痛ぇんだぞ!?」
「ドゥフフ、ごめんねぇジーク君、力になれなくて。でも君しかいないんだ、頑張って」
「コイツ、他人事みてぇに……少しは焦りやがれ!」
戦力にならないブタ野郎が偉そうに言う。
こいつは元々C級らしいから戦力にならなくて当然だ。おまけに催眠術とかいうクソスキルの使い手でもある。
この絶体絶命の状況を逆転する方法なんて持っちゃいないんだ。
じゃあなんで――こんなゴミ野郎が一番落ち着いているんだ?
諦め、か?
「ジーク、早くしてよっ!!」
「あーもううるせぇ! 策を考えてたんだよ! ――ダメだ、もういい、今回も逃げるぞ!」
「ジーク様……い、命には代えられません、ベラ、聞こえましたね!」
「に、逃げるのね、そうしましょう! 依頼は何回だって失敗したっていい、でも死んだら終わりだもの! そうよ、またやり直せば――」
「ドゥフ――おっと、それは困るんだよねぇ、ジーク君」
ブタドスがニタリと笑ったかと思うと――その臭い体臭が俺の鼻に入り込んできた。
「くっせ――いや、やはり逃げるのは取り消す。戦って勝つぞ」
「えっ、ジーク様……!?」
ま、まただ……!
俺の言いたいこととは真逆のことを、俺は喋り出していた。
こいつの体臭が一際強くなった時、俺はこうなっちまう!
「ちょっとジーク、こんな時に冗談は――」
「いいやマジだ。勝つ方法が一つだけ見つかった」
「か、勝つ方法が、ですか? とても逆転出来るような相手では――」
「ベラちゃんが魔法で時間を稼ぎ、ユーニスちゃんが僕にバフをかける。そしてブタドスがありったけのデバフをかけて敵を弱らせて、僕がトドメを刺すって寸法だ」
「う、上手くいけば勝てるかもしれませんが……それは私達が今までずっとやってきても通用しなかった方法と同じ気が……」
「っていうかジーク、あんた……なんか様子が変じゃない……?」
イエスマンのユーニスでもこのひねりのない作戦に疑問を抱いた。
ベラも俺の変化に気付いた。
そうだ、これは俺の意志じゃない! 気付いてくれ!
「ドゥフ、僕は良い考えだと思うけどなぁ! それに、ジーク君の渾身の作戦を否定するようなこと言っていいのかなぁ、ユーニスちゃん?」
「ブタ! 私の名を気安く呼ぶなっ! ……私はジーク様の道具。ジーク様のご意見に反するなんて、道具失格――ですが、ジーク様のお命を守るのも、私の役目です。この作戦は危険が……!」
「ほらベラちゃんも、ジーク君はいつもと同じだよぉ? おかしなところなんてないよぉ?」
「静かにしてよブタ! 明らかにおかしいでしょ!?」
そうだ、気付けベラ! ユーニス!
そいつは俺じゃねぇんだ!
殴っても蹴ってもいい、そいつを正気に戻してくれ!
俺は残る意識で二人の仲間に呼びかけるが――
「ベラ、ユーニス。僕を信じてくれ。僕はお前達を愛している」
「っ……! ジ、ジーク、こんな時に愛してるとか……ずるいわよっ」
「ジーク様……それは私だってっ」
そいつが何かを言って、風向きが変わってしまったのを、俺は感じた。
「私も……愛してるわジーク。分かった、あなたを信じるわ、ジーク!」
「私も気持ちは同じです。愛しておりますジーク様。あなた様を、世界で何よりも信じます!」
バカ野郎……バカ野郎がぁ……!
なんでこんな時にだけチームワークを発揮しちまうんだぁ!
これは罠だ、このブタ野郎が何か仕組んでいやがるんだ!
お前たちが信じるそれは、俺じゃねぇんだよぉ!
俺はもはや言うことの聞かなくなった体の中で泣き叫ぶしかなかった。
ウソばかりの俺でも信じてくれる嬉しさと、悲劇を目の前にしながら止められない悔しさで、涙が溢れるような感覚なのに、俺の目はぴくりとも動かない。
見えない水面を目指して、ひたすら水中でもがき苦しんでいるような、そんな感覚に襲われていた。
「ドゥフ、作戦は決まったね。じゃあ、ジーク君を信じようか。――全ては、『終末女神』が指し示すままに」
ブタ野郎が祈りか何かを捧げて、勝ち筋ゼロの戦いが始まった。




