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純白の女騎士に催眠術を――かけたりしませんなぜなら俺は ③

 早く酒が飲みたかった俺は、この盗人を女騎士に引き渡すことにした。

 この女性ならば適切に扱ってくれるだろう。


「ではあなたは靴磨き職人ではなく、A級冒険者であり、その……催眠術師、だったと」

「……ああ」


 女騎士は何か言い淀んでいたが、それが何を意味するか俺には分からない。

 彼女は仮面をしていて、表情は読み取れないのだ。


「俺はもう行くが、君は何者だ、女騎士――仮面。名前は名乗らないのか。騎士なら他に団員がいそうなものだが、なぜ君一人なんだ。本当に任せていい人間なんだよな?」

「あっ、ちょっ! 催眠術師のあなたにそんな一辺に質問されると、私は、私は――ワタシの名前は、フリーダと申しますデス」


 素性の分からぬ人間に預けても大丈夫かとちょっとだけ心配だった俺は、同じようにちょっとだけ質問したつもりだった。

 だがそれだけでこの女騎士仮面は催眠にかかり、スポンと仮面を脱いで素顔を晒した。


「ワタシは一人です。以前は女性だけの騎士団・純白角(ユニコーン)に所属しておりマシタ」


 仮面の向こう側には、息を呑むほどに美しい女性の顔があった。

 透き通る碧い目に、きゅっと結ばれた桃色の唇。

 声や鎧の特徴から仮面越しでも女性とは判別出来たが、ここまで美しい女性は初めて見た。


 とはいえ、今は催眠状態。

 「ハッ、ハッ」熱い吐息を漏らし、目もとろんととろけて虚ろである。

 俺は催眠なんてかけたつもりはないし、そもそもこんなに効果バツグンなのは初めてだ。


 というか……よく見ると彼女の碧い目の中には、うっすらとハートすら浮かび上がっているような……?


 暗くて見間違いかもしれないが、とにかく、俺が経験したことないほどにフリーダという女性騎士は催眠にかかってしまっているようだった。


「待て待て、君の身の上まで聞いてはいないし、催眠もかけていない。なぜ勝手に催眠状態になる、どうなっているんだ君の体は。いやそれとも俺が覚醒したか? ……ふっ、そんなわけないか」


 自分の実力は自分が一番よく分かっている。

 そんな唐突に覚醒して強くなるような都合の良い体はしていない。

 辛く厳しい催眠修行の末に今の力を獲得した俺が一番よく理解していることだった。

 すると、女騎士仮面ことフリーダは質問の続きを答える。


「デスガ、諸事情により一週間ほど前に解雇となりマシタ」

「君もか……世の中は思った以上に不景気なのかもな」


 皮肉を口にしたところで、催眠状態の彼女には通じないだろう。

 意志を奪われた状態のはずのフリーダだったが、しかし――


 催眠にかけられながらも淡々とそれを語った彼女の目は、どこか寂しそうにも見えるのだった。


 まぁ、半分ハート目だったが。


「それでもワタシは正義を愛する騎士デス。こちらの少女二人は責任を持って衛兵のところへ移送シマス」

「……それだけ聞ければ十分だったよ。ほら、『催眠解除』」


 催眠状態で嘘は付けない。

 俺は重要な部分を聞き届けると、催眠解除の合図を出した。

 フリーダの目の前で手を叩くと、彼女ははっと目を覚ますのだった


「はっ!? わ、私は何を……えっ、なんで兜を脱いで――ま、まずいっ、こんな素顔丸出しでは、私が今は騎士ではないことがすぐにバレてしまう!? 恥ずかしいっ」

「それならもう聞いた。それと、俺たちはあまり言葉を交わさない方がいい。相性最悪のようだ」


 俺の言葉だけで催眠にかかるのだ。

 これ以上無く相性が悪いのは明白だった。

 とにかく酒を飲みにいきたい俺は、最後に夜盗二人に話しかける。


「そういうことでこの女性は安心出来る。……ああそうだ、この『女騎士仮面』はなんで仮面つけて行動しているのか、聞いてもらっていいか?」

「おいっ! 私たちで伝言ゲームするな、耳くすぐったい!」


 直接話かけたり声を聞かれると催眠にかかってしまうので、夜盗の一人に耳打ちで言伝を頼むが断られてしまった。

 すると、もう一人の夜盗が野暮ったく喋り出した。


「この女騎士仮面は最近噂になってるんだよ。賞金首(バウンティ)依頼(クエスト)――盗賊とか暴漢ばかりを狙って成敗する、A級の冒険者だってね。注意しろって()()には言われてたけど……はぁ、迷惑な正義マン」

「違う。――正義ウーマンだ!」

「どっちでもいいわ」


 俺はフリーダにツッコミを入れて今度こそ一人で酒を楽しめる場を求め、立ち去る。

 その去り際、フリーダが俺を呼び止める。


「待つんだ」

「なんだ」


 振り向くと、フリーダは仮面を被り直していた。

 色々ガバガバだったフリーダだったが、騎士らしく居直すとやはり様になる。

 彼女は、こう尋ねる。


「あなたは催眠術師だ。だが私のように正義ウーマンでもない。ならばなぜ、その力を悪用しようとしないんだ。無抵抗な少女二人と、私という女が目の前にいたというのに、あなたは手を出さなかった」


 欠けた月の下で彼女は問う。


「なぜ――」

「俺はそんな異常者じゃない」


 答えは簡単だ。


「俺が、ただの普通で一般的な催眠術師だからだ」


 催眠術を悪用すれば、女性を手込めにすることなど容易いだろう。

 だがそんなことをするのは、決まって異常者で、異端者。


 俺は違う。


 俺は普通の催眠術師だ。

 つまらない、普通の催眠術師。

 そして――


「女性には紳士であれ。それが俺の主義(モットー)だ」


 少しキザったらしいが、俺は紳士なのさ。

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