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催眠術師は必要とされる ② にゅるにゅる娘の場合

「オリヴィア、君はどうかな」

「マルク様……私は……」


 ジルは元々冒険者だったから割りとスムーズだったが。

 ずっと今まで修道女として生きてきたオリヴィアは、そう簡単にはいかないだろう。


「――決心しました。マルク様、私をあなた様のパーティに加えてください」

「っと……ジルとは違い、ずいぶんすんなり行ってしまったな」

「た、確かに。で、でも、私は嬉しいぞオリヴィア!」

「なんでそんなすぐに決められるのよ。冒険者のあたしですらちょっとは迷ったのよ」

「それはほら、ジルちゃんはツンデレなだけだから」

「ツ、ツン……っ! ち、違うもん!」

「うふふ、この雰囲気が好きなのもありますが……順を追って説明させてもらいますね」


 すぐに仲間になると決めたオリヴィアが、その理由を説明し始めた。


「私の体質は、『全基本耐性+10000%』。あらゆる魔法的効果を弾くものですが……この体質のせいで、神の声を一度も聞いたことがありません」

「神の声、か。あまり詳しくないんだが、それは他のシスター達は聞けているものなのか?」

「はい。毎日聞けるというわけではありませんが、私が在籍している修道院のシスターは、年に数回は聞いていると言っておりました」


 神の教えを守っていれば聞ける『神の声』。

 この世界の住人ならば、不意にそんな奇跡が起きてもおかしくはない。

 毎日祈りを捧げているシスターならば当然のはずのことだが。

 オリヴィアには一度も神の声が降りたことはなかった。


「私はまだ赤ん坊の頃、修道院に引き取られました。伝え聞いた話ですが、魔物と人との戦火の最中で、泣いているところを騎士様が拾ったとかで。以来私は修道院の教えを守り、神にこの身を捧げ、今ではシスターとして働かせてもらっています」

「冒険者の街周辺は未開の土地だらけだ。今でも魔物の大軍と小競り合いを起こすことがあるが……君はその孤児の一人か」

「……大変ね、あんたも。それで?」


 孤児だったオリヴィアに、ジルはジルなりに優しい言葉をかけた。

 そして、オリヴィアは両手を重ねて祈るように言った。


「一度でいいのです。私は、神の声を聞いてみたい。それが私の夢なのです」

「その方法を探るために、冒険者になる、と」

「いえ、もう方法は見つかっております、マルク様」

「何?」


 オリヴィアは俺に言うような口ぶりで、そんな言葉を述べた。

 そして、今度は俺に祈りを捧げる。


「あなた様のそのお力、それこそが私に神の声を授ける力だと、直感いたしました。ゆえに、あなたについて行くのです。 ――神の伝道師である、あなた様に」

「……ちょっと、待て。俺が神の伝道師? 何言ってるんだ、俺は不遇職の催眠術師、得意技は人を騙して能力を下げることだぞ」


 俺が皮肉めいたことを言うと、この二人が黙ってはいなかった。

 フリーダとジルだ。


「だがマルク、あなたは私とジルちゃんをTier(ティア)5に引き上げた」

「そんなの、神業に他ならないんじゃない? ニヤニヤ」

「そういうことでございます、私のマルク様っ!」

「おいやめろフリーダ、ジル。オリヴィアをからかうな、本気の目をしちゃってるじゃないか」


 どんな勘違いなのだと俺は思った。

 するとオリヴィアは、戸惑う俺にこう続けた。


「それと、です。あなた様の催眠は相手の能力を下げることも出来ると仰いましたよね。つまりそれなら……私の『全基本耐性+10000%』体質も、下げられるのではないか――とも思ったのです」

「なるほど、どちらかというとそっちの方が本命かな?」

「いえ、本命は神の伝道師の方でございますよ、マルク様」

「ち、違うのか……そんな本気の目で俺を見るな、期待されても俺はただの催眠術師だ」


 オリヴィアはずっと俺に祈りを捧げている。 

 全く困ったものだが……ただまぁ、オリヴィアほどのヒーラーが仲間になるのなら、俺はそれを受け入れなくてはならないだろう。


「まぁ、俺をなんと思うかは君の自由だが……」

「はい、マルク様」

「『全基本耐性+10000%』――この耐性をゼロに近づけて、神の声を聞こえるレベルにまで持っていくのは、()()俺では不可能だ」

「そ、そんなっ……マルク様でも……」


 俺は少し解説する。


「人が多いこの場では詳しくは説明出来ないが、ある女騎士に耐性を引き上げる催眠をかけようとした。だがあまりにも補う耐性数値と俺の耐性バフとの数値がかけ離れすぎてな、断念した」

「あ、ある女騎士っ……わ、私の他に女騎士の知り合いが……なんか、しょっく……」

「いや、あんたのことでしょ」

「これは隠すことでもないのではっきり言うが、俺の限界数値が±120%前後だ。耐性は加算式だから、君にデバフをかけても対して意味はないということになる」

「そ、そうなんですね……ではやはり、私自身の耳で聞くことは諦めて、伝道師であるマルク様から拝聴する形で――」

「まぁ待て。今の俺ではと言っただろ?」


 オリヴィアが落としかけた視線を上げた。


「この短い間に俺は君達という女性に出会った。それぞれとんでもない体質の持ち主で――そんな桁外れの耐性数値、俺は初めて見た。そこまで上下するなんて、俺は考えもしなかった。だから、考えが変わった」


 長く冒険者をやってきたが、10000%レベルの数値は初めて見た。

 他のA級冒険者でも見た者はいないかもしれない、そんな数値だった。

 だから――


「バフとデバフには、そこまで変化させられる可能性がある、ってことにな。今は無理でも、冒険していればそのうち可能となるかもしれない。俺の――Tier(ティア)5スキルでな」

「お、おお! そうだ、マルク自身のTier(ティア)5スキルはまだ見たことがない!」

「見えたってわけね。頂点の入り口が」

「そういうことだ」

「で、ではでは、私の耐性を下げることも――」


 俺はにやりと口の端を持ち上げる。


「やってやるさ。俺はまだまだ強くなれる」


 そう言ってのけるのだった。

 ジルは言う。


「人の力借りてTier(ティア)5に昇った私が言うのもなんだけど……険しい道よ、絶対に」

「そのくらいの方が燃えるものさ」

「きゅんっ……て、あ、あれっ、耳栓してるのになんでよっ!?」

「俺に惚れるなよ――なんてな」

「きゅぅぅぅん! ち、違うから、ガチ恋なんてしてないから! これは私の体質でこうなってるだけなんだから、勘違いしないでよねっ!」

「分かってる。今のは軽い冗談だ。パーティでやりあうアレな」

「な、なんか私、ジルちゃんとマルク見てるともやっとしゅるっ!」


 俺とジルがじゃれ合っている姿を見て、フリーダはなんかもやっとしていたが。

 フリーダは姿勢を正して、改めてオリヴィアに確認を取った。


「じゃあオリヴィア、あなたも私達と冒険を共にしてくれるということでいいんだね?」

「はい、フリーダさん。子供達との別れは辛いけれど……これも神のお導き、この別れがあの子達を大人にしてくれることでしょう。明日にでも、修道院には私の方から伝えておきます」

「……わ、私も行ってあげてもいいわよ。一人じゃ辛いでしょうし」

「ありがとうございます、ツンデレさんっ」

「オリヴィアにもイジられたっ!」


 ジルは涙目になってイジられたことを口にした。

 フリーダは一つ、懸念を言う。


「私達と冒険をするということは、A級ということになるが……大丈夫かなマルク、オリヴィアはまだ初心者だ」

「問題ない。自分では気付いていないようだが、彼女は正真正銘、天才タイプだよ」

「ほぇ? 天才タイプ、でございますか?」


 やはりオリヴィアはピンと来ていないようで、頬に手を当てて眉を八の字にしていた。

 俺は補足する。


「今回のダンジョンや、修道院での一件を見れば分かるだろう。息を切らすことなくダンジョンを踏破し、メドューサに一撃与えて、ごろつき共を吹っ飛ばした。おまけにメイスが聖典に変化したりしたんだぞ。『全基本耐性+10000』%、それもその才能の一部に違いない」


 これに加えて癒しのスキルも持っているのだ。

 オリヴィアは全てのジャンルを器用にこなしてしまう、『天才』なのだ。

 オリヴィアは孤児とのことだったが――

 もしかしたら、どこかの英雄か何かの血でも引いているのかもしれないな。

 そんな、明らかになるかどうかも分からないことに思いを馳せていると、ジルが愚痴っぽく言った。


「はー……羨ましいわね。あたしなんか、血反吐を吐きながら修行してやっとTier(ティア)4習得出来たってのに」

「俺も同じだ。ま、羨んだところで何かが変わるわけじゃない。凡人は凡人らしく、地道に反復訓練を繰り返そうじゃないか」

「な、なんかすみませんですぅ……」


 オリヴィアが謝るが、ジルは直後にニカっと笑った。


「えへへ、ツンデレいじりのお返し。冗談よ、本気にしないで」

「ああ。地道に目指そうじゃないか、地道なTier(ティア)5をな」


 もちろんジルは本気で愚痴ったわけではないのだ。俺もな。

 頂点すら地道と言ってのける俺。

 フリーダはそんな俺を見て、納得した。


「マルクが言うなら分かった! これまでと変わらずA級帯で活動しよう! 登録については大丈夫、私達が推薦すればいきなりA級登録も出来るはずだ。私も冒険者として日が浅い中、A級で活動出来ていたのは、実は騎士団長に推薦されて『飛び級』でA級登録をしてもらったからなんだ」

「ほう、そうだったのか」


 フリーダは騎士団をクビになった身だが、フリーダが所属する騎士団、その団長は面倒身がいい人だったらしい。

 全員女性の騎士団のはずだったので、一度お目にかかってみたいものだった。


「話はまとまったな。正式にジルと、オリヴィアが仲間になってくれたわけだ」

「あ、改めて……よろしく。あたしの夢のために、だからなんだからねっ」

「よろしくお願いしますマルク様。どうか私に、神の声をお聞かせください」

「では――お待ちかねの時間といこうか」


 シスターだったオリヴィアはなんのことか理解出来ていない様子だったが。

 冒険者歴のあるフリーダとジルは直感したようだ、目の色が変わった。


「報酬の山分けタイムといこうか」

「待ってたわよ。トドメはあたしがさしたんだから、ちょっと多めにくれるのよねっ」

「薄い本は私にだぞマルク! 最下層で手に入った貴重な文献だ!」

「薄い本、そんなところにあったりするのか……」

「あらあら、私も欲張っちゃおうかしら。神様のお叱りも聞こえないことですしっ」


 薄い本の意外な事実に驚きつつも、俺達は初めての冒険を締めるのだった。

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