メドューサ戦 ⑥ 石像の真実
「『全基本耐性+10000%』、だと……!? 魔法耐性も、異常耐性も――デバフも含めてかっ。な、なんだそのイカレた超優遇チート能力は」
「いえ、優遇なんてものじゃありません……」
俺が言った言葉に、オリヴィアは悲しみのある声で否定した。
「この体質のせいで、私は一度たりとも神の声を聞いたことがないのです。私は神のためならば全てを捧げる覚悟もあるのに、神は、私にそのお声を届けてはくれないのですっ。この不遇な体質のせいでっ」
「普通は羨ましがる体質だと思うが……いやだが待て、俺のバフが弾かれたのはそのせいか」
オリヴィアには俺のバフが全く通らなかった。
オリヴィアのこの体質は、『味方を強化する状態変化』も、例外なく弾いてしまうらしい。
「チ、チチチ、これはちょっとマズイねぇ! ――『石化の魔眼・自己石化』!」
「く、コイツ! 自分の全身を石化して――わんっ」
「ジルちゃん、急がないと! このまま戦いが長引けば、マルクが――!」
「チチチ、私の石化が解けるのと、男の石化が終わるのと、果たしてどっちが先かな!?」
当てが外れたメドューサは自身の全身を石で覆った。
これはもう作戦ではない、メドューサも賭けに出たのだろう。
Tier5なら砕けるが、防御力が高まっている状態では時間がかかる。
俺の方が持たない可能性は、十分にある。
「く、時間稼ぎ、か……っ! せめてもう一手、攻撃の手が足りれば」
「マ、マルク様、お気を確かに! 攻撃の手……メ、メドューサを、攻撃すればいいのですねっ!」
石化で首すら動かなくなった俺は、オリヴィアのそんな言葉を聞いた。
そしてオリヴィアは。
「きょろきょろ……あ、ありました、棍棒!」
「な、何をするつもりだ、オリヴィアっ」
「私は神聖術スキルの他に、メイスも使えるのです! 不幸を喜んではなりませんが、幸いここにはかつての冒険者さんがたくさんいます、そこから拝借させていただければ――」
「冒険者とメイスは石化で一体化している、女性の力では――」
「うん……しょとっ!」
俺は止めるが、オリヴィアはことごとく予想を上回る。
なんと石像化した冒険者ごと持ち上げたのだ。
その像は確かにメイス片手に持っていたが、そんなやり方あるか。
「行きましょう、皆さん!」
「な、なんか知らないけど……分かったわ! わん!」
「ああ! 私達の全力で、マルクを救うんだ!」
女性陣が力を合わせて、渾身のスキルを発動する。
「当たってください! ――独学棍棒スキルTier4・『ぽこんぽこん』!」
「片手剣スキルTier5・テンペストスラッシュ!」
「チチィ!?」
「今だ、ジルちゃん!」
「――分かってる! ぴょんっ」
二人のスキルによってメドューサの石化がまず解ける。
トドメは、ジルだ。
いつの間にか狼から兎化していたジルが、さらに猫――いや、獅子に変化して、空中で待ち構える。
「あたしはいずれ竜だって蹴り殺す。こんな爬虫類では止まらない! 『獣人化・獅子』! にゃんっ!」
そして、ジルは空中で縦に一回転をすると。
「蹴撃スキルTier5! ――『竜断』!! にゃーんっ!!」
渾身の踵落としをメドューサに放った。
まさに一刀両断。ジルの一撃はメドューサの体を縦に切り裂いた。
「チ、チチィっ……!? に、人間以外のコレクションが、手に入ると思ったんだがねぇ……!」
メドューサは最期に無念を述べると、真っ二つにされて、完全に息絶えるのであった。
「今度こそ――勝った!」
「や、やったわ……あたし、遂にTier5に到達したんだ! にゃんっ!」
「よっこいしょ。これも神のお力……だと良かったんですが……」
思い思いの言葉を述べる女性達。その言葉は弾んでいた。
大本のメドューサは倒した、もう憂いはないのだから当然だった。
彼女達は、笑顔で俺の方を向いた。
「やったぞマルク! これであなたの石化も――えっ」
フリーダは騎士であることを忘れたように、笑顔で俺に駆け寄って来たが。
俺の姿を見て、表情を一変させた。
「そ、そんな! 石化の呪いが、解けていないっ!」
「か、神よ、これは一体……もしや、まだメドューサは生きて……!?」
「……違うわ、奴は死んでる。これはきっと……石化の呪い……魔眼は上位のスキルよ、Tier5ともなれば、死後にもスキル効果が残るのよ。……うぅ、くそっ!」
語尾を忘れたジルの言う通りだ。
敵は間違いなく息絶えた。
だが上位スキルの力によって、俺は完全に石化してしまったのだ。
石化した状態でも、俺には意志があった。声も聞こえた。
だが俺から声を出すことは出来なかった。
石化さえすれば、後は意志が残ろうが、心臓が動き続けようが、他はどうでもいい。きっとそういうスキルなのだろう。
ひょっとしたら、ここにいる石像は全て、そういう状態なのかもな。
――なんて、残酷なスキルなんだ。
「くそっ、こんなの、こんなの……! 色んな初めてをくれたのに……この気持ちだってっ! にゃんっ」
ジルは己の無力さに悔しがり、誰にもはばからず涙を流す。
この子は普段はツンケンして勝ち気な子だが、追い込まれると弱気になって、すぐ泣いてしまうんだな。
「神よ、マルク様は素晴らしいお人なのです! どうしてこのような方を……! どうして、どうして今こそ、神のお告げを、奇跡を見せてはくれないのですっ!」
オリヴィアは祈り続ける。
神を信じていないと言っていたが、単純にそういうわけでもなさそうだ。
彼女とも、もっと色々打ち解けたいところだが――俺がこんな状態では無理か。
そして――俺の唯一の正式な仲間は。
「マルク……あなたは……」
悲しむこともなく。奇跡を祈ることもなく。
ただ、彼女自身の体を見ているだけだった。
「あなたは……もしかして、まだっ!」
そして、誰よりも早く気付いた。
「マルクのバフはまだ切れていない――マルクは生きている、石になっても、戦っている!」
「な……本当なの!? にゃんっ」
その通りだと、俺は心の中で相づちを打つ。
動かなくなった顔がニヤリとした気がしたくらいだった。
催眠術は低位のスキル。俺が命を落とせば即切れておかしくはない。
それが切れないのだ。
フリーダはそれにいち早く気付いた。まだ全覚醒が――催眠紋が切れていないことに。
ロドフ戦とは逆の立場になったなと、俺はいつかの戦いを思い出すのだった。
「急いでここを脱出しよう! マルクは絶対に死なせない!」
「ど、どうするっ、石像を担いで行く!? それとも私が兎化して急いで助けかアイテム買ってくる!? にゃんっ」
「マルク様は生きていらっしゃるのですね! で、でしたらっ」
オリヴィアは石化した俺にひざまずいて、神聖術スキルを使い始めた。
「オ、オリヴィア、石化は解けないと言っていたはずではっ!?」
「はいっ。ですが、今の私なら……Tier5『死者蘇生』は不可能ですが、Tier4石化解除ならば……今ここで、覚えられるはずです!」
「い、今ここで!? そんな、マルクのバフなしで、そんなチートじみたこと……にゃんっ!」
普通ならば不可能だ。
スキル習得にはそれなりにでも、修練を積まないとならない。
Tier1のスキルならばまだしも、4となると絶対にだ。
だがこのオリヴィアなら。
『全異常耐性+10000%』とかいう、超優遇チート女性ならば。
「神はもう、信じません! 私の火事場の馬鹿力と、あなた様のご意志を信じます、マルク様! ――神聖術スキルTier4――『ストーンクリア』! しゅこ……しゅこ……しゅこんっ!」
オリヴィアの祈りが、俺に届いて――
「ぷはっ! はぁ、はぁ、助かった。よく気付いてくれたな、フリーダ」
「マ、マ……マルクぅぅぅぅ! 良かったぁぁぁっ!」
「ジルも。泣かせて悪かった」
「ふ、フン! 勝手に死んじゃ困るのよっ! ……べべべ、別に、泣いてもないし、嬉しくもないし、ドキドキとかもしてないんだからねっ……ぐすっ、ふにゃん」
俺の石化は無事に解け、A級依頼と、S級大物魔物退治。
そして。
「良かった、マルク様……やはりマルク様こそ、神――」
「オリヴィアもありがとう。それといきなりで済まないんだが……ここの石像にも、そのスキルを使ってやれないだろうか」
「石化解除を、ですか? はい、まだ余力はございますが……一体どうして」
「彼らはまだ生きている。この地獄から救ってやってほしいんだ」
「ま、まぁっ! 分かりました、人を救うことに、躊躇はありません!」
ついでに行方知れずとなっていただろう多くの冒険者を、救出するのだった。




