メドューサ戦 ⑤ もう一人の体質
「あたしに猫耳が生えた理由――マルクのバフのおかげで、分かった気がする。にゃん!」
俺は全てを託すようにジルとフリーダを見る。
ジルは空中で、その脚に力を溜めていた。
「拳闘スキルTier5――『獣人化・兎』! そのものになれ、そういうことでしょっ! ぴょん」
そして、瞬時に猫耳が兎耳へと変化して、速度をさらに引き上げた。
ふさふさの丸い尻尾が服の上に出たのは、現実的な存在というよりも、ぼうっとした魔法的性質のものだからだろう。
ジルが見せた獣の型。
それは更なる進化を遂げて、獣人へ変異できるレアスキルへと昇華した。
いずれかのステータスに特化した種類に、好きなタイミングで変化を可能とする。
ジルはそのレアスキルを駆使し、素早さ特化の兎になったのだ。
そして一気に敵に肉迫して――さらに。
「『獣人化・狼』! あたしの全力を、叩き込む! ――Tier5・『連拳狼牙』! わんわんっ」
力を溜めていたのは脚だけではなく、拳にもだった。
素早さと力に特化した狼へと変異して、ジルには珍しい拳中心の技を見せる。これもマルクの催眠の効果だろう。
人を越えた速度と連撃をもろに浴びたメドゥーサは、魔眼の発動が一手遅れる。
「チ、チチチっ!?」
「崩れた! フリーダ、今よ!」
「ああ、ジルちゃん! 疾風怒濤の連撃、ならば私だって――Tier5・『テンペストスラッシュ』!」
そしてフリーダのトドメの一撃。
新たなる技を閃き、ジルに迫る勢いの連続斬りを放った。
メドゥーサの全身が切り刻まれて、血が噴き出る。
「これで、勝――」
「チチチ……甘いっ!」
「なにっ! こいつ、自分の体を石化させて――!?」
これが本当の奥の手か。
メドューサは自分の体を一部石化させて、防御力を高めていたのだ。
一手遅れた魔眼、敵に放つのを諦めて、自分自身の体を見つめたのだ。
致命傷を避けたメドゥーサが、俺達を見た。
「チチチ! お前たちの変化はあっちの男が原因! だったら男を潰せば私の勝ち!」
「くぅっ、『獣人化・兎』! ――だめ、間に合わない! ぴょん」
「体勢が――やめてぇぇぇっ!」
いくら頂点に辿り着いたといえど、大技を繰り出した後だ。
フリーダとジルの攻撃は間に合いそうにない。
だが――もう倒せるはずだ。
メドゥーサは大きな傷を負っている。奴の石化が解けた後なら、Tier4のスキルだって今なら通る。
倒せるはずだ。
俺がいなくなった後だって。
「俺がもっと強ければな……! く、オリヴィア逃げろっ……俺はもう駄目だっ」
「いえ、まだ、まだ奇跡は――神よ、神よ、どうか私に声をっ!」
「チチチ、手遅れだ! 『石化の魔眼』!!」
口惜しいのは、オリヴィアを守れなかったことか。
メドューサの両目が光り、俺は覚悟を決めた。
が――
「いえ、やはり――神など、いないのですね」
オリヴィアは短く言って。
「させませんっ!」
「何っ、オリヴィア――」
オリヴィアが両手を大きく広げて、俺の前に立ち塞がった。
太陽を直視ししてしまったかのような閃光は、やがて収まって。
俺は、まだ無事でいた。
オリヴィアの自己犠牲の心によって、俺はどうにか事なきを得たようだが。
オリヴィアは――
「ほら、ね……やはり、神などいないのです」
「無傷、だと……!?」
体のどこも、石化していなかった。
この場の全員――メドューサだって驚愕していた。
「チチチ!? ど、どういうことだい!? あたしの魔眼は、確実にあの娘を捉えた!」
「あ、有り得ない……並のスキルではないのだぞ、Tier5、『頂点』のスキルだ。『催眠耐性-10000%』や、『ちょろちょろ耐性-10000%』にバフでもかけない限りは、絶対に――」
「はい。だって私は」
オリヴィアだけは驚きはなく。
振り返ってにこりと俺に微笑んだ。
「『全基本耐性+10000%』。こんな状況でも神の声を聞けない、神を信じられないシスターなのですから」
事ある毎に神に祈りを捧げていたシスターは、これまでの行いを全て否定した。




