純白の女騎士に催眠術を――かけたりしませんなぜなら俺は ①
装備を丸ごと失い、すっかり路地裏の靴磨き感のある男となった俺は、ギルド兼酒場を出る。
辺りはすっかり暗くなり、家路に急ぐ人たちが行き交っている。
「肌着一枚は堪えるな……とはいえ、真っ直ぐ宿に帰る気分でもない」
春先でこの格好は中々に寒い。そして何より気持ちも寒い。
どこか一人で飲めるところで飲み明かしたい気分だった。
装備こそ奪われたが、幸い今までの分け前だけは取られなかった。
「ギルド地区の酒場はどこも騒がしそうだな。少し奥まった地区へ足を向けてみるとするか」
俺が拠点を構えるこの街の名はビアンツ。
冒険者の街とも言われるこの街には多くの職人が住み、そして多くの飲み屋も存在する。
俺みたいに『一人で静かに飲みたい男』向けの店だって、探せばどこかにはあったりするはずなのだ。
ただそういった店は大抵、石畳の大通りにはなく、少し外れた土を成らしただけの道にある。
そしてそんな裏路地めいた場所には、つき物も存在する。
「こ~んにちはお兄さ~ん、こんな夜道を一人で歩いていたら、いくら男でも危ないよ~ん」
「んふふ~、っていうことでお金置いていってね~。あぁ、言っておくけどあたしたちは娼婦なんてご立派な女じゃないよ。もっとご立派な、『女夜盗』、とでも言っておこうかぁ」
そう、盗賊だ。
どんな平和な街にもこういった輩はいるものだ。
俺は二人の女夜盗に行く手を遮られる。二人とも獣の耳を持った若い半獣人だった。
俺はため息を一つ吐いて、彼女たちにこう言った。
「悪いが今夜は一人で飲みたい気分なんだ。他を当たれ」
「はっ、キザなスカシ野郎だねぇ。いいから有り金全て置いていきなって言ってんだ。女だからって甘く見ていると、痛い目見るよ」
「そうそう。こう見えてあたしたち、『軽業』とか『短剣』のTier2スキル持ってるからさぁ。靴磨きのお兄さんなんかじゃ、抵抗する間もなく殺されちゃうよん?」
『Tier』2か。それが本当なら、駆け出しの盗賊というわけではなさそうだ。
スキルにはTierと呼称される位階が存在する。
数字が大きいほどにスキル威力が高く、また稀少な効果を伴う。
Tier1――入門
Tier2――専業
Tier3――熟達
Tier4――達人
Tier5――頂点
といった風だ。
Tier3ともなれば一流、Tier4は超一流といったところか。
厳しい修行を積まなければその階層のスキルは得られないだろう。
そして、Tier5――頂点。
ここに到達出来る、いや、出来た人物は、ごくわずかに限られる。
歴史上の勇者や英雄、大賢者。あるいは、伝説の魔物。そんな仰々しい肩書きの御仁ばかりだ。
冒険者ランクについても、Aより上のSに昇るには、このTier5のスキルが絶対条件とされていて、多くの冒険者や今の俺にとって大きな壁となっている。
俺もいずれはその景色を眺めてみたいものだが……まぁ、たかが催眠術師では、夢物語かもな。
ちなみに、A級冒険者である今の俺の到達点は――
「おい靴磨き! とっとと金を出しなっ!」
おっと、今はお嬢さん方の相手をしている最中だったな。
それにしても靴磨きか。そんな貧乏人からも金を取ろうとするのだから、盗賊とは阿漕な商売だ。
術具も身を守る防具もなくなった靴磨きな俺だが、一応はA級冒険者である身だ。
下等な夜盗など、下等な催眠術で十分だと『素手催眠』を試みようとするが――
「悪行はそこまでだぞ、夜盗一味よ!」
月下の元に、影が躍り出る。
夜だというのに光輝く白銀のドレスアーマー。
金色の長髪は棚引いて、秋を黄金色に彩る麦畑のように揺らめく。
ドレスアーマーのミニスカートを翻しながら現れたのは、一人の女騎士。
「我が名はフリ……いや、女騎士仮面! 私の前で悪の行いは決して許さない!」
兜ではなく仮面を被った、珍妙な代名詞で名乗る女騎士だった。
何か、名前のようなものをうっかり言いかけていたような気もしたが、聞かないようにしてやった。
「安心してください靴磨きの人! 私が来たからにはもう安全だ、さぁ下がって!」
「哨戒中の騎士か? 別に騎士の力など借りなくとも倒せたのだが……というか、君一人なのか? 他の団員はいないのか」
突如現れた女騎士『仮面』に、俺は疑問をぶつける。
腕に覚えがあるだけの者なのかもしれないが、なんだかやたら気になるのだ。
「質問は後に……んほっ」
「は?」
「ワタシは……一人だ。仲間は、イナイ」
「……なんだ、この反応は。まさか催眠術にかかったのか?」
女騎士は変な息づかいをしたあとに、丁寧に質問に答えていた。
催眠術師の俺なら分かる。
この女騎士は催眠術にかかった。間違いなく、俺の催眠術に。
「おかしい……俺は催眠術なんて使っていない。ただ質問しただけなんだが」
何もしていないはずの俺の言葉だけで、だ。
「――おほっ!? あ、あれっ、わ、私は今何を……そ、そうだ、夜盗を!」
「ふん! なんだか分からないけど、騎士ぐらいでビビるあたしたちじゃないよ!」
「靴磨き共々、金は頂くよ! ――短剣スキルTeir2、『不意打ち』!」」
隙を突いて女夜盗二人が、ナイフ片手に飛びかかる。
催眠から解けたばかりの女騎士仮面は体勢の不利を突かれた形となったが。
「見た目で人を判断するな。俺は靴磨きじゃない」
俺は夜盗に向けて片手を向ける。
この程度の敵が相手であれば、術具なしの素手催眠で十分。
「催眠スキルTier3――『認識阻害』」
「えっ――わわわわっ!」
「なな、なんだ、手が勝手に短剣を離してっ!?」
使用するスキルもTier3で十分だろう、と。
俺は襲ってくる女夜盗二人に催眠をかける。
たちまちに二人は短剣を地面に落として、二人で手を繋ぎ合っていた。
「は、えっ!? な、なんであたしたち、手を握り合っちゃってるのおおおおっ!?」
「催眠スキルTier3『認識阻害』。お前たちは今、とにかくお手々を繋ぎたくなった。そう認識を入れ替えた」
「Tier3!? く、靴磨き! お、お前、何者!?」
「俺か? 俺は」
Tier3に驚く女夜盗。やはり、もう一段階上のスキルは必要なかったか。
間の抜けたポーズで女夜盗は、すでに手を下ろしていた俺に聞く。
俺は、こう答える。
「――催眠術師だ」