冒険へ行こう! ~ツンツン系拳闘士との出会い編 ②~
「何あんた。もしかして、また勧誘?」
「うむ! どうか一緒にパーティを組んではくれないだろうか!」
勧誘もナンパも一緒くたに蹴り飛ばすと噂の少女、ジル。
フリーダの冒険もここまでかと俺は思っていると。
「ねぇ、勧誘するなら、まず名乗るのが礼儀だと思うんだけど」
「あっ、そ、そうだね、すまない」
拳闘士ジルは問答無用に蹴り飛ばすことはなかった。
噂は膨らむもの。もしかしたら、ガタイの良い冒険者は話を盛っていたのかもしれない。
まだ油断するのも早いかもしれないが。
「私はフリーダ、元騎士で、今は冒険者をやっている。A級で、今はまだ二人パーティだ」
「あたしはジル。職業は拳闘士でスキルは蹴り技中心。A級」
「………………あ、あのそれでジル、返答は……」
「そんなの、断るに決まってんじゃん。あんたのとこは人手不足なんでしょ? これから勧誘を続けるあんたに、礼儀作法を教えてあげただけよ」
蹴りこそ飛んで来なかったが、中々に手厳しい返答だった。
蹴られたくなかった俺は距離を取って見守っていたが、このツンケンした様子ではジルの意思は堅そうだ。
俺はフリーダを連れ戻そうと、会話に割って入った。
「フリーダ、無理に誘ってもお互いのためにならない。ここは身を引くとしよう」
「う、うん、残念……」
「邪魔したなジル、君の意思は硬そうだ。これからの冒険の無事を祈っている」
「ん……話の分かる男は嫌いじゃない。あたしも、あんた達が良い仲間と巡り会えるよう祈っておくわ」
ジルは噂とは違い、粗野で乱暴な少女というわけでもないようだ。
見た目は絵に書いたような美少女で、冒険者にしては年も相当若い。
紳士の俺と違って、ギルドの男共がよっぽど失礼な態度で接していたのだろうな。
去り際に、ジルが言う。
「……あんたみたいな紳士、初めてよ」
「女性には紳士であれ。君は立派なレディーだ、当然の振る舞いさ」
「きゅぅぅぅぅぅん!」
「え?」
俺はいつもの格好つけマンを発動すると、ギルドにとても甲高い奇妙な音が鳴り響いた。
俺は思わずジルに聞き返していた。
どうしてジルに聞き返したかと言うと――音の発生源は彼女からだったからだ。
「……な、なんでもないわ、気にしないで」
「いや、キュゥゥゥゥン、だぞ。気にするなと言うのは無理がある。なんだ今の音は、どっから出したんだすごく気になるぞ」
「い、いいから気にするにゃっ! あたしは何も言ってにゃいっ!」
「なっ、ジル、君の体は一体っ……!?」
俺は驚愕する。
奇妙な音が鳴ったと思ったら、次にジルの体に変化が起きたのだ。
「獣耳が生えただと!?」
「はにゃ!? 何よこれっ!? にゃん!」
そう、今の今まではなかった獣の耳が、彼女の頭に突如として生えたのだ。
意表を突かれた俺は冷静さを取り戻しながら、ジルに聞く。
「君は獣人だったのか? いやだが、さっきまでは完全に獣耳などなかった。尻尾も確認出来ないが……ああ、もしかしてこれは、獣人化スキルか!?」
「じ、獣人化スキル!? 獣のスキルは持ってるけど、姿まで変化するのは初めてっ――にゃんっ」
「ま、マルク今の、今のは一体っ!」
「君も見たかフリーダ。とんでもないレアスキルだぞ。人間が、獣人に――」
「ジルがにゃんって! ジルの語尾が急に萌え萌えにゃんにゃんになっちゃったぞっ!?」
「語尾の話かい」
フリーダは外見の変化よりも、語尾の変化の方が気になるらしい。
それはともかくとして、ジルは突如獣人に変異した。
獣人自体は珍しくない、現にこのギルドにもたくさんいる。
しかし獣人化はなかなか見られるスキルではない。なぜならこのスキルは、先天的なスキルであり、後から習得することはほとんど不可能とされるスキルだからだ。
A級冒険者ジル。さすがのレアスキルだと俺は感心していたのだが――
「も、もう、なんなのよっ、収まれ、収まれっ……!」
「ジルの獣耳が消えていく。ううむ、良い物を見せてもらった。な、フリーダ」
「なぁマルク、さっきから気になっていたんだが」
「君もやっと気が付いたか。彼女の獣人化に」
「いやだからマルク、変化なんてしていないぞ? ジルは人間のままだ。マルク、あなたは一体何を言っているんだ?」
「……なんだって?」
俺はこの短時間で、二度の驚愕を味わう。
ジルが変化していないだと?
いやきっとフリーダの目の錯覚だろう、知力18しかないしと、俺は周りの反応を窺ってみるが。
「あのジルがにゃんだってよ……世界の終わりか?」
「今どきにゃんが語尾はイタイよなぁ」
「意外とカワイイところあるんだにゃん、なんつって! ――ぶへぇ!?」
「語尾の話しか、していない、だと……!?」
獣人化というレアスキルを見ても、他の冒険者達は語尾のことしか話題にしていなかったのである。
俺がおかしくなったのだろうか?
ジルが小馬鹿にしていたギャラリーを秒で蹴り飛ばして一掃した後、俺は蹴られる覚悟でジルに聞いてみた。
「おいジル、今のは俺の見間違いだったのか? 君が獣人に――」
「な、なんなの今の感覚っ……こ、こんなの初めて、これも、あたしの体質のせい――!?」
「おいジル、聞こえていないのか、この認識の齟齬は一体」
「な、なな、何よ! っていうか、あたしにこんなことして、あんた何者!?」
ジルは蹴りを忘れて――いや、俺に聞きたいことがあったからだろうか。
真っ赤な顔に涙目を浮かべて、俺の素性を尋ねてくる。
相手に聞くよりまず、俺が先に答えた方がよさそうだ。
「催眠術師だ、催眠術師のマルク。A級冒険者で、今は元騎士フリーダとパーティを組んでいる」
「A級……催眠術師! じゃあ、あんたがウワサのマルクとかいう!」
「噂、だと? ああ、俺が派手にクビを切られた時のことか」
「クビ? 何それ知らないわ、そんな悪い噂じゃなくて」
流れ着いたばかりのジルは俺のクビの一件を知らないようで。
少しだけ落ち着きを取り戻したジルは、続けてこう言った。
「催眠術師という不遇職でありながら、A級まで上り詰めた男って噂の方。そして――今最もS級に近い冒険者だって、噂の方よ」




