俺以外の催眠にかからないようにする。君の体に催眠紋を刻んでな ③
「……父親殺し。その話か」
「ああ……私が騎士団をクビになった理由……」
少しだけ、部屋の空気がひやりとした気がした。
ロドフによって暴かれたフリーダの過去。
彼女が騎士団をクビになった理由。
これは知らねば――問いたださねばならないだろう。
可哀想な美女だからと無防備に信頼を寄せるのは、未熟者の行いだ。
「俺と君はパートナーとなる。だからあえて聞かせてもらう」
「ぱぱぱ、パート――あ、ああ、分かっている、仕事のだな。あなたが納得するためなら、なんでも聞いてほしい」
「本当に君が父親を殺したのならば、なぜ自由に冒険者をやっている。クビだけでは済まされないはずだ」
そうだ、一番の疑問だった。
人殺しは重罪だ。理由次第では極刑は避けられないはず。
冒険者ギルドで賞金をかけられた痕跡もなく、そもそもその冒険者ギルドで働いている。
一体どうして、彼女は父殺しの汚名を着せられたにも関わらず、クビだけで済んだのか。
「私が直接この手で父を殺したわけじゃないから――も、あるが、それだけじゃないんだ。私が無罪放免となったのは、決定的な証拠がないからなんだ」
「と、言うと?」
「父も私と同じ騎士だった。所属する団は違ったが……遠征先で、何者かに謀殺されてしまった……」
ぽつりぽつりと、フリーダは紡いでいく。
「確かなのは、何者かの罠にはめられて、ということだけ。犯人に繋がる証拠は何も見つからなくて。でもある時、疑惑が浮上したの」
「もしかして、それが」
俺は察して言うと、少女の顔に戻りつつあるフリーダは続けた。
「私の体質。催眠耐性-10000%。父の死は、私が情報漏洩をしたからと疑われたんだ。でも結局、私が情報漏洩したという証拠も見つからなくて」
濡れ衣。
確たる証拠もなかったために、フリーダは罪に問われなかったのだ。
――だが。
「それで私は無罪となったんだ。当然だ、身に覚えのないことなんだから。……でも、でもっ!」
フリーダは、声を荒げた。
「周りに言われて、責められて! 本当に無実なのか、自分でももう分からないんだ! 私は、本当に父を殺していないのか……犯人が今も見つからないなら、私がやってしまったのではないのか……! 私をあんなに愛してくれた父を、私は、私は本当に――」
「よく話してくれたな。もう十分だ」
俺は背中越しに言う。
「君は無実だ。君は催眠にかかりやすい、周りに強く言われて、間違った方を信じるようになっただけだ。俺が保証する、君ほど優しい人が、愛する人を手にかけることは決してない」
「マルク……っ! うぅっ……!」
戦闘中にだって俺の心配をするような女性だ。
答え合わせはそれで十分だった。
フリーダの鼻をすする音がする。
誰だって泣き顔は見られたくないものだ。
背中越しに話さざるをえなかった彼女の体質。
今だけは、もしかしたら感謝していたりするかもな。
「犯人捜しは……しないのか」
「うん……それよりもまず、遠い遠征先で失われた父の遺品を……剣を、家で待つ母に届けてあげたいんだ」
やはりこの人は、優しい人なのだ。
彼女が落ち着くまで待って。
フリーダは次にこう言うのだった。
「ふぅ……では私は、誰かの催眠にかかって、記憶を消されたりしたわけではないんだよね? 誰かにいいように操られているとかは」
「『記憶改竄』の催眠スキルはTier5の最高峰スキルだ。簡単に出来るものではない」
「なんとそうなのか! えっ、ではこの『薄い本』の男性は、とてつもない催眠術師ということ!?」
「ん? 薄い本?」
ゴソゴソと何か音がしたと思ったら、フリーダが背中越しに一冊の本を渡してきた。
とってもとっても、とーっても薄い本だった。
俺はそれをパラパラとめくると――おったまげた。
「な、なんだこれはフリーダ! この非紳士的な本はなんなんだ!?」
「それは薄い本! ――催眠に弱い私だ、催眠術について学ぼうと、敵に付け入られないようにするために各地から取り寄せた『学術書』だよ!」
「何が学術書だ! ただのエロ本だろっ!」
「え、エロっ……ち、違うぞ、学術書のコーナーにあった! ほら、まだたくさんあるぞ!」
フリーダはどこからともなく薄い本を取り出し、そしてそれらは全て催眠関係のエロ本だった。
薄いから、携帯に便利なのだろう――いやそんなことはどうでもいい。
「無知にもほどがあるぞフリーダ! 初心なのは仕方ないが、なぜこれがエロ本と気付かない!」
「な、なんか怒られたっ!?」
いやもう初心を通り越すとバカになるのだろうか、知力18だし。
「くっ、気が狂いそうだ、なんだこのイカレた本は。催眠術をなんだと思っているっ……」
「ま、まぁ確かに、ページ中盤からは決まって男女が何かを致しているし、見ているとこう、頭がぽっぽしてきて、イケナイようなことしている感はあるけども。……これは何をしているんだろうな? 男と女が、下半身を――」
「やめろ口に出すな! フリーダ、俺の夢は『地上の果て』を見ることだと言ったな、もう一つ増えた。薄い本を残らず焚書することだ!」
「ええっ! ヒドイ!?」
渡された薄い本はどれも痛みが激しく、バッチリ男女の営みが映っているわけではなかった。
意外と貴重な文献、古代の書物の類なのかもしれないが。
怒りの炎に燃えた俺に新たな夢が出来てしまった。
そうか――催眠術師が不遇なのはこういうことも理由なのか。
「全く、人の趣味にあまり口出しするべきではないだろうが、人前では見せびらかすなよ、絶対に。というか裸の男がガッツリ描かれているのに、これは大丈夫なのか……」
「ち、ちょっとエッチかなとは思ったが大丈夫だ! なぜなら大体の薄い本は男の体は簡略化されているからな!」
ああ確かに、大体スキンヘッドだな――いやどうでもいいわ。
美人でスタイルも良く、騙されやすい。
本当によくここまで純でいられたなと、無信心者の俺が神の奇跡を信じそうになった。
「……その、マルク」
「どうした」
怒りを収めている最中の俺に、フリーダが言う。
「仲間って……いいな」
「フっ……そうだな」
そして――
「それと、いやだよ」
「ん?」
「あなたとの会話が、こんな寂しいもののままなのは」
背中で語ることに、彼女は物寂しさを感じたようだ。
「同感だ。ではそろそろ、この問題を解決するとしようか」
「え……えっ!? もしかして、どうにか出来るのか!?」
「可能性は半々だがな。まぁ――試す価値はある」
俺も、背中越しに語るのは飽きたところだ。
催眠に弱い彼女の体。
ここからは、催眠術師の腕の見せどころだ。




