逆襲の夜盗団と、逆転の催眠術師 ④
「行くぞ女夜盗団の長よ、貴様の悪行を、ここで終わらせる♡」
「クソが! ぼさっとしてんじゃないよあんた達、女騎士仮面と催眠術師を片付けな!」
ロドフが屋根の上に陣取っていた部下達に命令する。
女夜盗達が束になって一人の女騎士に襲いかかるが。
「片手剣スキルTier――5! 『グランドクロス』!!」
『全覚醒』状態のフリーダの敵ではない。
十字に振るった剣がとてつもない風圧を生み出して、近づく者全てを弾き飛ばす。
夜盗達の武器がガチャガチャと地面に落ちる音が辺りに響いた。
「ティ、Tier5だと!? バカな、致命的な欠陥を持つようなあんな小娘が、S級だとでも言うのかい!?」
「私自身も驚いている! だが分かるんだ、今の私ではまだまだ習得出来ないスキルでも、マルクの力を受けた今ならば使えると!」
「さすが催眠耐性-10000%だ。本来ない効果まで発現しているなんてな」
俺は笑った。
笑うしかないだろう、こんなもの。
Tier4スキルとはいえ、『全覚醒』に未習得スキルの獲得なんてない。
しかもそれがよりにもよって、『頂点』のTier5ときたら、それは笑うさ。
長いこと役立たずと言われてきた。
それがこんなにも輝ける日が来るとはな。
まだ戦闘中で油断なんてしていい状況じゃないが……こんな日くらい、笑わせてくれ。
「ロドフ! 私を操った罪は重いぞ!」
「ちっ、役立たずの部下共が、あたいが直接戦うしかないなんてねぇ!」
フリーダは襲いかかる部下達を全てなぎ払うと、一番高い家屋に乗っていたロドフに一気に肉迫する。
S級とA級。
今のフリーダは間違いなくS級のレベルにある。
「終わりだ! Tier5、『グランドクロス』!!」
「グフゥっ!?」
格の違いからすぐに勝負はつくと思っていた。
「な……めんじゃないよ、女騎士仮面! あたいはこの街の裏の顔、ロドフ様だ! あんたみたいな小娘にやられるほどやわい女じゃないんだよっ!」
「なにっ! Tier5を――受け止めた!?」
だがロドフの意地か。
闘気に満ちたフリーダの一撃を、ロドフは自分の体格と同じくらい巨大な斧で受け止めていたのだ。
つばぜり合いが続くが――押し切れない。
「催眠スキルTier3――『痛覚遮断』・70%。……ふぅ、傷が治るわけではないが、多少は楽になった」
俺は二人の戦いを見ながらも、自らに催眠術をかける。
回復魔法ではないので、一時的な誤魔化しに過ぎないものだ。
続けざまに言う。
「ふん、あれのどこがA級だ。あっちもS級はあるじゃないか。大方、催眠術師の職歴があったから、過小評価でもされたんだろう。全く、ギルドもギルドだが、どこまでも不遇だな、催眠術師という職業は」
俺のクビもそんな理由で決めたんじゃないだろうなという考えが過ぎるが。
そうこうしているうちにも、S級同士の戦いは加速する。
「はっ、やっ! ――く、攻めきれない! 急いでマルクを治療しなければならないのにっ!」
「グハハハっ! どうした女騎士仮面! 男が気になって攻撃が甘くなっているじゃないか、そぅらっ!」
「くぁっ!」
フリーダが押されているか。
ロドフの意地もあるが、俺の心配に頭がいっているようだ。
「ゆっくり勝利の瞬間を眺めていたかったが……そうも言ってられないか」
余計な考えを捨てれば容易に勝てそうなものだが、全く困った騎士様だ。
俺は、ゆっくりと歩き出した。
「――師匠から催眠術を教わったとき、俺は『教え』も躾けられた」
かつて受けた修練を思い出す。
中々に過酷なものだったが。
大きな成果だった。
「教えその一。誤った使い方はするな。教えその二。仲間は見捨てるな。そして――教えその三」
俺は夜盗の一人が落としたナイフを手に取って――
この場全員の意識から、俺の存在を消した。
「さぁさぁさぁ! あんたにはもう一度あたいの催眠術をかけてやるよ! 今度は娼婦の意識を植え付けて貧乏人共に差し向けてやる! あんたは一生男共の肉便器にされ――」
「催眠スキルTier4、『存在末梢』。いいのか、俺の存在を忘れても」
「なっ、後ろ――!?」
「遅い」
俺が高速移動したわけではない。催眠以外でそんな高度なスキルは持ち合わせてはいない。
ロドフが長舌を振るっていたから、俺は自分の存在を消すよう敵に催眠をかけて――静かにその背後に忍び寄っただけなのだ。
「教えその三。堕ちた催眠術師は、その手で片をつけろ」
「ぐがっ!?」
俺は拾った短剣で深々とロドフの背を刺し貫いた。
短剣は背中だけでなく胸の肉までも突き破り、貫通していた。
「バ、カなっ……! あたいの『鋼の肉体』スキルを……!?」
「短剣スキルTier1『クリティカル倍率アップ』、同じく短剣スキルTier1『ステルス』、そして短剣スキルTier2、『バックスタブ』。今の一撃で、それら全てが発動した」
「非力な支援職の……分際でっ……!?」
「そうだ、非力だ。だから身を守る手段が必要だった。それと――催眠デバフも、もちろん入れなきゃ通らんさ」
忘れてもらっちゃ困る。俺は元々<デバッファー>だ。
巨人族ロドフの『鋼の肉体』。
仮に短剣スキルTier4習得者が背後を取ったとしても、ロドフの体を傷付けることは困難だっただろう。
だがデバフが今みたいに通れば、俺の攻撃でも深手を負わせることが出来る。
「教えその四。短剣くらいは使えるようになっておけ。これが俺の師匠の教えだ」
限定的な状況下――デバフが通り、俺から意識が外れた時。
そんな、全てが上手く行った時でしか使えない、俺の唯一の直接攻撃スキル。
ただの『サブスキル』さ。
「クソ、が……なぜあたいに、催眠術が通った……っ!?」
「光は影を強くする。お前はフリーダとの戦いに集中するあまり、そっちに全力を割いていた。無意識に、耐性バランスも崩してな。俺はその隙を突いた、それだけだ」
A級以上の敵に、俺の催眠はあまり効かない。
だがそれは、あくまで正面からの、通常戦闘に限定した話だ。
状況さえ整えば、俺の催眠だってまだまだ通る。
俺はまだまだやれる。
成長だってきっとしてみせるさ。
「ぐ、グフフっ、あたいの時代が……まさかこんなゴミに幕を下ろされるなんて、ね……」
意地で戦っていた巨人族の女も、さすがに堪えられずに。
ロドフはその巨体を、屋根の上に横たえる。
敵の女の意識は、完全に途絶えるのだった。
フリーダが、俺を見てこう言う。
「マ、マルク……この嘘つきっ! どこが『悪いが役立てそうにない』、なのだっ! 一番の大活躍じゃないかっ、このっ!」
最高の賛辞をありがとうフリーダ。と、返事をしたいところだったが。
「なぁ、マルク」
「な……んだ……」
痛覚をカットしているとはいえ、さすがに血を流しすぎた。声が出なかった。
朦朧とする意識の中で……
まだ目にハートを写したままのフリーダが紡ぐ言葉は。
「やっぱり私と一緒にパーティを組まないか。女騎士仮面じゃなくて、普通の冒険者として。私と、共に旅をしてくれないか♡」
「ああ……俺も、そう思っていた。思って……いた、が」
ああ、もう限界だ。
だがこれだけは言わせてくれ。
「今言うことか」
意識を失う前に、どうしても――どうしても、ツッコミたかったのだ。
バフとデバフとおまけに攻撃まで一人でやる男。
最強になる日ももしかしたら……?




