逆襲の夜盗団と、逆転の催眠術師 ③
「今度は俺の番だフリーダ。必ず君を救い出す、今ここでな」
血を流し、脂汗も垂れる状況で、俺は啖呵を切った。
なぜかって?
それは俺がキザでニヒルな、格好つけマンだからなのと――
「グフフ! あんたにゃ無理だよ! 自分の職業を忘れたのかい、ゴミ! ――おっと、『催眠術師の』ゴミか、グフフフフっ!」
「ああその通り、俺は催眠術師。勝ち筋はもう見えているさ、あとは手段だ」
何より、勝ち筋は見えているからイキってやったのだった。
フリーダは催眠にかかっている。ならばその催眠を解けば良い。
俺は突如覚醒するような都合の良い体は持ち合わせていないが――
今、ロドフの催眠に勝てない理由は分かっている。
適切な術具がないからだけなのだ。
「フリーダ! 何でもいい、『コイン』を持っているか!」
だったら、その術具をどうにかすればいい。
幸いなことに、催眠術師の術具はシンプル。
ただのコインでも、割りといいスキル上昇効果を得られるのだ。
俺は催眠状態のフリーダに問いかけるが。
「……………………」
ロドフの強力な催眠のせいか、もはや彼女の意識は全て奪われてしまっている。
――いや?
「剣を、振った……? 待て、今の音は」
服従のポーズから戦闘態勢に戻っていたフリーダ。
彼女は、一度だけ剣を振る。
「グフフ、今から殺す、だとよ。そろそろこのショーも終演だねぇ!」
それは今から殺す、という予備動作にも見えるが。
いいや違うね。
彼女は強力な催眠をかけられて尚、信念一つで戦っている。
その目を見れば、疑う余地はない!
「ありがとうフリーダ、今ので理解した」
剣が空を切る音に、別の音が混じっていたのを俺は聞き逃さない。
「グハハハ! 無駄だと言っただろう催眠術師! 仮にあんたがコイン一枚手にしたとして、あたいの催眠を上回ることは到底不可能!」
ロドフが腕を振り上げて――すぐさま降ろした。
俺の殺害命令だ。
「殺せ!!」
「来い……フリーダ!」
「『スラッシュストーム・エンド』!」
鋭い剣閃。今度は意識の残っていた先ほどと違い、本気の大技。
一つ、二つ、三つ。俺は避け続けるが――
力及ばず、最後の一撃を脇腹にもらい、肉に剣がめり込んでいた。
痛いな、全く。とんでもない重傷だこれは。
「グハハハ! 終わりだ、催眠術師――」
「いや、これでいい」
俺は苦痛に顔を歪めながら、動きの止まったフリーダのミニスカートに手を伸ばす。
そして、乱暴にそのポケットに手を突っ込むと、引きちぎる勢いで振り払った。
どういうわけか、その動作で。
地面には、銅、銀、金と、多種多様でしかも大量のコインが散らばっていた。
「な、なんだ、この女騎士仮面、どんだけ大量の金を持ち歩いていやがった!?」
「これは俺の金だ、先ほど店で格好よく払ったはずのな。天然で、ちょっといやらしい彼女なら、なんら不思議ではない!」
フリーダは俺が払った金の一部を、そのポッケに現ナマで突っ込んでいたのである。
いや、多分盗みとかではない。
この女性は男性に誘われたことがないような口ぶりをしていた。
だから、こうやっておごられた金の、余っちゃった場合の取り扱い方を知らなかっただけ。
そういうことにしておこう!
「だ、だが無駄だ! たかだかコイン一枚ごときじゃ、あたいの催眠は!」
「誰が――コイン一枚と言った?」
ニヤリと、俺が笑った瞬間。
「なっ!? ま、まさかこいつ、全てのコインを――同時にっ!?」
「催眠スキルTier3、『連鎖催眠』。愚直に修行した賜物だ」
地面に散らばった全てのコインが一斉に眩い光を放ち始める。
そして――
「フリーダ、ショーは終わりだ、目を覚ませ!!」
全てのコインを力に変えて、俺はスキルを発動させた。
「催眠スキルTier――4! 『全覚醒』!!」
それはバフだった。
全ステータスだけでなく、全スキルにブーストをかけるというTier4に相応しいスキル。
――もちろん、能書きの割りに催眠スキルであることは変わらないので、効果は微々たるもののはずなのだが。
「ああああっ!? しゅ、しゅごいしゅごいしゅごいぃぃぃっ! 力が――湧き出てくる!」
催眠耐性-10000%のフリーダならば、効果は絶大なものとなる。
あの最高の酒場にいた時に少しだけ考えてはいた。
デバフでこれなら、バフをかけたらどうなるのか、と。
一目瞭然だった。
オーラが体から溢れ、風が吹いていないのに金色の髪がなびく。
フリーダが、覚醒した。
「催眠が解けやがった!? く、くそ、もう一度かけなおせばっ」
「無駄だ。俺より腕の良い催眠術師などどこにもいない」
誇張気味に言って、俺は脇腹に刺さっていた剣を引き抜いた。
フリーダはこれで思う存分戦えるだろう。
焼ける痛みに襲われながら、俺は彼女のサファイアのような碧い目を見た。
「フリーダ。やり返せ」
「マルク……ああ!」
俺を見る彼女の目にはくっきりと、ピンク色のハートが浮かび上がっていたのである。
「よくも弄んでくれた。私はもう――堕ちない♡」
さぁ――反撃だ。




