逆襲の夜盗団と、逆転の催眠術師 ②
「片手剣スキルTier3――『パワースラッシュ』!」
「手加減なしか、くっ!」
夜盗の一団が家屋の屋根から見下ろす中、俺とフリーダの戦いが始まる。
フリーダの振るう剣の勢いは凄まじく、元騎士団所属であり、現A級冒険者に相応しい剣筋だった。
だが俺とてA級冒険者の身。
一太刀でやられるほどやわな環境にいたつもりはない。
素早く身を反転させて回避する。
「目を覚ませフリーダ、信念はどうした!」
「ワタシは、ロドフ様の下僕……道具……ニンギョウ」
「グフフ、無駄だよ無駄無駄! あたいはこれでも催眠術をかじってた時期があってねぇ! 昔取ったなんとやらってやつさ!」
俺は言葉に催眠効果を乗せてフリーダを止めたが、俺の声は届かない。
この女夜盗団の頭目が、催眠術の知識を持っていたから、俺より催眠スキルが上回っているのだ。
「元催眠術師か。そうか……だから賊に堕ちたか」
催眠術師はデバッファーの中でも最低位。それは俺がよく分かっている。
だからこそ、この女巨人ロドフは盗賊に堕ちたのだろう。
大した仕事が出来ないのだ、こうやって盗賊に身をやつすものも多いのだろう。
「どうだい催眠術師、あんたもうちに来るかい? 来るってんなら、女騎士仮面の催眠を解いてやってもいい」
「断る。俺は盗賊には堕ちない。そのための主義だ」
俺も一歩間違っていればそうなる可能性はあっただろう。
だが、踏み違えることはない。
このスキルを覚えるときに師匠と打ち立てた、主義があるからだ。
するとロドフは大笑いした。
「グハハハハハっ! 本気にするんじゃないよ! 催眠術師なんて使えない職業、あたいら夜盗だって御免だよ! あまりに使えないゴミスキルばかりだったもんで、早々に『戦士』、今は『盗賊』に鞍替えしたんだあたいは! 本当に使えないゴミスキルだったけど――グフフフ! 同じ女騎士仮面にはよく効くようだねぇ!」
「……フン、うぬぼれるな」
フリーダを罵倒された俺はカチンと来た。
「催眠術師に戦士に、今は盗賊か。何もかも中途半端なお前では、本物の催眠術なんて扱えやしない」
いいや、嘘だ。
一番腹が立ったのは出会ったばかりのフリーダのことではない。
ゴミスキル、と。
催眠術師を馬鹿にしたことだ。
「ゴミなのはお前だ、この街の鼠野郎」
紳士的でもなければひねりもない罵倒を、あいつに吐き捨ててやるのだった。
「このっ……クソ催眠術師が! やれ女騎士仮面! そいつを嬲り殺せ!」
「ハイ、ロドフサマ」
「ははっ、催眠なんかよりも悪口の方がよっぽど効くとは、本当に笑えない話だ!」
この間にも、俺はロドフやその部下達にも催眠をかけてみていたのだが、全て通用しなかった。
よく見ると、部下達は催眠耐性を上げる装備で挑んでいるようだ。
さすがにこの街の裏の顔、A級賞金首。
俺みたいなゴミ相手にも手は抜かないらしい。
「マルクを、コロサナイ――Tier3、『スラッシュストーム』!」
「速いっ!」
躊躇のないフリーダの連撃。
俺はただのデバッファー、後方支援だ。
避けきることはかなわず、切っ先が体のあちこちを掠めていった。
「なんとか致命傷は避けたが……嬲り殺せ、か」
「グフフ、ああそうさ。すぐに殺すのはつまらないから、少~しだけ手を抜くように命令してやったんだよ。さてさて、ゴミ催眠術師様は、いつまで持つかなァ?」
「期待させているところ悪いが……そう長くは持たんだろうよ」
フリーダの実力は俺と同等。
だが直接敵とまみえる前衛と後方支援職の差は、それを帳消しにするほど歴然としたもの。
おまけに多数の敵に囲まれている。逃げることも許されないときた。
……無念だ。
本当に無念でならない。
明日から新しい冒険が始まるとワクワクしていたのにな。
「諦めたかい。つまらない男だね。おい女騎士仮面、切り刻め」
「はい、ロドふさマ」
夢があった。
『地上の果て』を見る夢が。
身の丈に合わない夢だったか。
「Tier4、スラッシュストーむ・えんド!」
「フ……仲間に捨てられた挙げ句、飲み交わした友人に裏切られて斬り殺されるなんてな」
フリーダの剣が俺の体を切り刻む。
見たこともないような量の血が吹き上げて。
痛む間もなく意識が途絶える。
――はずなのに。
「はっ、はっ……フリーダ」
「うん? 避けたのかい。諦めてたように見えたが、醜く足掻くじゃないか、催眠術師」
俺は避けていた。
完全回避はやはり不可能だったが、それでも致命傷を避けてどうにか生き延びた。
苦しさから息を乱し、血を流しながら、斬りつけてきた敵を――フリーダを見る。
「……フリーダ、君は、まさか」
「マルクを、コロサナイ、コロ……さ、ない」
死ぬ間際に。
俺の視界に彼女の碧い目が映ったのだ。
だから、無意識に足掻いて回避してしまった。
「戦い続けていたのか。催眠耐性-10000%でありながらも、俺を殺さないように。俺の、ために」
「ころさない……ころさない……こ、ころ、サナイ……っ」
ボーッと虚ろな目の奥に、俺は彼女を見た。
彼女の気高き『信念』を。
「ちっ、催眠が解けていたのかい。まぁかけ直すだけだ、さっきよりもうんと強力な催眠をねぇっ!」
「うっ――あ、あ、ああぁぁぁアアアアぁぁぁっ!!」
女頭目ロドフは本気の催眠をかけた。
脳に残っていたフリーダの意思も信念も、その全てを根こそぎ略奪するような催眠を。
脚をみっともなく開かされてがに股にされ、両腕を頭の後ろで組まされて、服従のポーズを取らされて。
それでも尚、フリーダという女は――
「コ、コロさない……コロサナいっ、ころサないっ!」
「フリーダ、君ってやつは――!」
戦い続けるのだ。
涙一つも流さずに。
俺は、どうだ?
俺は、俺はっ――!
「足掻くんじゃないよ女騎士仮面! あんたの調べはもうついているんだ! その催眠耐性の低さから、騎士団をクビになったんだってねぇ、情報漏洩の危険があるからって! そしてそして……グフフフ!」
ロドフはコインを片手に催眠をかけながら、こう続ける。
「実際あんたは情報漏洩をはたらいた! 自分の実の父が死ぬような情報をねぇ! 『父殺しの女騎士』、フリーダさん! グフ、グフフ、グフフハハハハハっ!!」
その瞬間。
信念というただ一つの武器だけで戦い続けていた女騎士は――
泣いた。
一粒、碧い目に涙が浮かんだと思えば、また一粒と浮かび、すぐに溢れ出した。
――その涙だけで、今のが事実であると理解するには十分だった。
「さぁ殺せ女騎士フリーダ! 父を殺したように、その催眠術師も殺すんだよ!」
「コ、コロ、ス!」
「……君が戦っていたこと、気付けなくてすまなかった、フリーダ」
――なんだか気乗りしない戦いだったんだよ。
こんなもの、ほとんど巻き込まれたようなものだ。
昨日たまたま夜盗に襲われたとはいえ、恨みの多くは女騎士仮面として活動していた彼女の方にあったのだからな。
しかも、きちんと依頼を受けたわけでもない、タダ働きだ。
だが、戦う理由が出来た。
覚悟を見せられても尚戦わないのは、紳士じゃない。
なら話は別だ。
仕事はこなす。俺はザコで弱者な催眠術師だが――プロの冒険者だ。
「今度は俺の番だフリーダ。必ず君を救い出す、今ここでな」
俺は、諦めるのをやめた。




