催眠術師は追放される。だが催眠で無理矢理回避とかしません
「マルク。お前は今日でクビだ」
「それは困る。催眠術でクビにしないよう操るか、えい」
「ポーっ……マルク様を追放なんてしません、俺はこれから一生、あなた様にお仕えします」
「やったぜ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――とかやって今までクビを回避してきやがったんだな、マルク!?」
「おい待てなんだ突然。説明してくれジーク」
「お前をクビにするって話だよ、マルク」
冒険者ギルドに併設されている酒場の一角。
俺は目の前の男から唐突にそう告げられた。
真っ赤な髪をしたこの男の名はジーク、俺が所属する冒険者パーティのリーダーだ。
「クビ……そうか。仕方ない、か」
「すんなり受け入れるじゃねぇか。自覚はあったようだな?」
「日に日に感じてはいた。俺はたかだか『催眠術師』――A級パーティの依頼で相手する魔物に、催眠術なんてほとんど通用しなくなってきていたからな……」
「ちっ、やっぱり自覚が足りねぇな。ほとんどじゃない、ほぼ、だろ?」
テーブルを挟んで向かいに座っているジークは、真っ赤な髪を整えながら、手痛い部分を強調した。
悔しいが、その通りだ。
俺は催眠術師だ。
180センチを越える大柄な体格に似合わず<デバッファー>職に就いている。
後方から敵の行動を邪魔してパーティを支援するのが俺の仕事。
だが冒険者ランクが上がるにつれて、俺の催眠術は通用しづらい環境となっていった。
「一応、俺は『催眠バフ』もみんなにかけているのだが……」
俺の主な仕事はデバフだが、環境の変化に伴って近頃はバフスキルにも力を入れていた。
『デバフ』が敵の邪魔なら、『バフ』は味方の強化だ。
こうしている今も、実は彼らには永続バフがかかっている。
未練がましいと思いつつも、俺の仕事を少しでも認めてもらおうと口を開いてみたのだが。
「バフ? あの程度でよくも言えたものだわ、気持ち悪い。ユーニス、言ってやりなさい」
「ええ、ベラ」
ジークの両隣、椅子に座っていた女性がそれぞれ口を開く。
彼女たちが光の翼の残る二人のメンバーだ。
先に「気持ちが悪い」と発した女性が<範囲魔法アタッカー>のベラ。
褐色の肌にとんがった耳のダークエルフだ。
もう一人が<ヒーラー>のユーニス。
白の法衣に身を包んだ清らかな女性だ。
ここに剣士であり<単体物理アタッカー>のジークと、催眠術師で<デバッファー>の俺を含めた四人が、A級冒険者パーティ『光の翼』のメンバーである。
冒険者ランクは一番下がF、一番上がSSSと九段階で格付けされている。
中心である三人は二〇歳なり立ての若さであり、この若さでAランクに達した者は数少ない。
才能なき者ではおよそ成し遂げられない足跡だ。
『光の翼』は、ギルドや同業者からも羨望の眼差しを浴びるような、新進気鋭のパーティなのだった。
ちなみに俺は少し年がいっていて二六だが、一応まだ若者の部類に入れられている……はずだろう、多分。
俺がこのパーティを回顧していると、ユーニスが言いたいことをぶつけてくる。
「<ヒーラー>ながら、私もバフスキルを習得してまいりました。……全ては私とベラを守ってくださる、ジーク様のため」
まるでジークに心酔しているかのようなユーニスは、穏やかな表情から一変、きつく目を絞った。
「あなたの小汚い催眠スキルと、ジーク様を支えるためだけに特化した私の神聖術スキル。〝格〟が違うのです。誰かを騙して力を得るスキルよりも、誰かを信じることで得る力の方が高潔で、遙かに力強いのは当然の道理なのです」
不満はもう一方の女性にも。
「そもそもキモイんだよお前のスキル。コインを糸で吊して、それを相手に見せてデバフをかけたりさぁ、とろ臭くて戦闘中ずっと『ナメてんのか』って思ってたけど……一番キモイのは、お前が言うそのバフスキル、『催眠紋』な」
勝ち気な性格のベラは元々釣り上がっていた目を、さらに釣り上げる。
「対象の肌に直接〝紋〟を書き込んで、バフを得るだって? お前の寝室に呼ばれて『裸になれ』って言われたとき、ぶっ殺してやろうかと思ったわ!」
「予め体の各部位に紋を刻んでおく。催眠紋はそういうスキルだからな。――補足しておくと、紋を刻んで催眠の効果を高めつつも、戦闘中に別種の一時的催眠バフでさらなる相乗効果をだな」
「あーキッモイキッモイ! マジもう無理!」
催眠紋とは、分かりやすく言えば魔法陣のようなものだ。それを素肌に書く。
具体的に書く位置を解説すると、下腹部の辺りを中心にして書くのが最も効果が大きい。
基本的に色はピンクだが、求める効果によって黒を混ぜ込むこともある。
形状はハート型。これも効果が高いからそういう形状になっているというだけだ。
それ以外に深い意味は持ち合わせていない。
俺は不遇な催眠術師だ。
余計なリソースに労力をつぎ込めるほど、才能溢れる男ではないのだからな。
こうして今俺と向かい合っているベラとユーニスも、服を一枚脱いでしまえば、その下腹部には俺の催眠紋が刻まれている、というわけだ。
結局『催眠紋』を彼女たちの体に書いた時は、ジークが着きっきりで監視していたよ。
最後にかけたのが二週間は前のことだから、そろそろ効果も切れる頃だろう。
リーダーのジークはもちろんのこと、女性陣には取り分け不評なのだ。
ちなみにジークは体力強化を主としたため、背中にしか書いていないが。
デバフは通じず、バフも煙たがられる。
俺は――仕事の出来ない男に成り下がっていた。
「俺たち『光の翼』に役立たずはいらない」
役立たず。
役に立とうと必死にスキルを磨いてきたのだが、その全てが否定された。
「催眠術師マルク。お前は今日限りでA級冒険者パーティ『光の翼』から解雇する。これはリーダーである俺一人の意志じゃない。仲間三人による総意だ」
「俺はそこまでお前たちに嫌われて……そうか……」
若きA級冒険者パーティ『光の翼』。
俺は今日、長く一緒に冒険を共にしたパーティから、別れを告げられてしまった。
「分かった……そこまで言われたら、俺は去る他あるまい」
「お待ちなさいマルク。――ジーク様、念のために、アレを」
「ああ、そうだな。ベラ、持って来ているな?」
「もちろんよ。よく見ることね、キモ男」
俺が去ろうとしたその時、元仲間の三人が密談めいたことを俺の目の前でする。
すると蔑称で呼び始めたベラが、突き付けるように一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、証書だ。
「ジーク、ユーニス、ベラの血判。それだけじゃない、冒険者ギルドとギルド長の血判もわざわざもらってきた。如何にあなたでも、この決定は覆せないわよ、マルク」
「如何にも何も……俺は言われれば出て行くつもりだった」
ひどい仕打ちだ。『反論の余地は残さない』と言うことか。
だが――ここまで用意周到にするには、俺でも納得出来てしまう理由がある。
「いいえ、あなたは催眠術師です。私たちを操って、この決定を覆さないとも限りません」
「そういうことよ。……ユーニス、話はジークと私に任せなさい。あなたみたいな純粋な子、すぐに操られちゃうわ」
催眠術師は信用されない。
これが理由だ。
曲がりなりにも上位のパーティに所属している催眠術師となれば尚更に、だ。
「クビは受け入れる。ただ……ただ、な」
俺にとって光の翼は、冒険者になって初めて入った最初で最後のパーティだ。
愛着がなかったわけではない。
「仲間からもそんな目で見られていたのは……やるせないものがあるな……」
平静を装っているがやはり悔しいし――何より、やるせなかった。
「日頃の行いだ。それとも、催眠術でねじ曲げちまうか?」
ジークは面白半分で催眠術の悪用を促してくるが。
俺は――
「いや、悪用はしない。絶対に。それが俺の主義だ」
俺はこの力を悪用しない。絶対にな。
ついでにと、一つつけ足す。
「第一、A級冒険者の君たちには通用しそうにない。催眠術師協会や師匠からも怒られるしな」
「な、何よそのキモキモ協会……キッモ」
もうここに俺の居場所はない。
いつまでもここに居ても仕方ないと、俺は席を立ち、ギルドを出ようとしたが。
「おいおいちょっと待て。何か忘れてると思わないか、マルク」
「何? 忘れ物などない。証書は……そっちが保管しておくべきだろう」
ジークに呼び止められ、振り返る。
「お前が今装備しているモノは、俺たちが血と汗を流してようやく手に入れたモノだ。そうさ、『光の翼』のものであって、お前個人のものじゃない。だろ?」
ジークは人さし指でとんとん、とテーブルを指し示して、次にこう言い放った。
「装備一式置いて行けよ。パーティを離れるときは装備を置いていく――常識だろ?」
「それはそれは……世知辛い常識だ」
それが常識かどうかなんて分からない。だが従うしかない。
ここで断ったところで、どうせまた証書でもなんでも次の手を出してくるに違いないからだ。
俺は今装備している物を全て外してテーブルに置いた。
術強化用のブレスレットや指輪、防御効果の高いマントとケープ。
そして護身用の短剣も。
「へへ、これら一式売ればまぁまぁ金になりそうだ。……おいマルク、それもだ」
「コインは催眠術師のトレードマークなんだがな」
終いには糸で吊したコインまで奪われる。
見た目はしょうもないコインなのだが、これでもA級ダンジョンで手に入れた一級品。これを奪われることは、『催眠力』の低下も意味するのだが――抵抗は無意味か。
未練をあまり感じ取られないように、俺はスムーズな手つきで、全ての装備をジークに――光の翼に返却するのだった。
「これで満足か? ジーク」
「ぷっ、ハハハハッ! 路地裏の靴磨きみたいな見た目になっちまったなぁマルク! お前、冒険者よりそっちの方が似合ってるぜ!」
「光栄だな、それは」
俺は悔しさと、そしてやるせなさのあまりに皮肉を返す。
身ぐるみ剥がされたかのような出来事に、その場にいた他の客も視線と嘲笑を浴びせてくる。
酒の肴となった俺に、ジークは最後にこう吐き捨てた。
「じゃあなマルク、お前をやっとクビに出来てせいせいしたよ。もう二度と役立たずとはパーティを組まねぇと、一三神に誓っておこう!」
「ああ。俺もこんな思い、二度と御免だ」
俺はかつての仲間に背を向けて店を出る。
追放された無能男を笑う声が、いつまでも背中に刺さった。
踏んだり蹴ったりなマルクさんですが、近い内に逆転してくれることでしょう。
だってバフとデバフをほぼ一人で担っていたわけですからねぇ。
良きと思っていただけたらブクマと評価よろしくお願いします。
評価は広告の下の☆☆☆☆☆です。最大★★★★★まで投じることが可能でございます。
作者にとって力の元みたいなものなので、是非とも!