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名無しの洞窟

「へへへ、どうよ今の……閉めた瞬間ドアの反対側で待ち伏せてたヤツがドア開けて現れるニクイ演出。良くなかった?」


ドアの前………もとい、ドアの後ろに待ち伏せていたのは子供のように小さな体躯と人形のように整った顔立ちが特徴的な、茶色がまざった長い黒髪の女性。名をリリーベル・スレイジという。ハーシー、リヤドロ共に、彼女とは知り合いであった。


「お前、俺たちが右開きのドアでここに来てたらどうするつもりだったんだ」


「そんときは……ごっつんこしてたんじゃないかな…?」


「俺ならともかく、リヤドロさんとリリーさんだとリヤドロさんの顎に頭モロにぶつかってましたね」


「リヤドロの顎はどうだっていいの!どうせロクなもん噛むのに使ってないでしょ」

「こいつ無礼だな」

「無礼ぃ?ほぉー?」


「……おいハーシー。こいつイヤな顔してるぞ」


リリーベルはわざとらしく驚いたような顔を浮かべると、じりじりとリヤドロににじり寄る。


「それは、この彫金ギルド上位構成員の一人。鈴の魔術師リリーベル・スレイジちゃんを放っておいて“あのカタツムリ”を拝みに行くことより無礼なワケ?」

「………あッ!!しまった!クソ!」

「なっ……」


衝撃の一言。誰にも話していないはずのデロベカタツムリの情報を、なぜリリーベルが知っているのか。ハーシーは理解が出来ず困惑するばかりだったが、リヤドロには覚えがあるようだった。反応から察するに、どこかで口を滑らせたわけではないようだが。





「その“しまった”は私への報告を忘れてたことに対する自責の言葉じゃなさそうだネー」


「なっ、なんで……リヤドロさん、これはどういう」


「あああクッソ……こんなもん防ぎようがねえよ…」


「ヘヘヘ。ハーシーは知らんっぽいね?」


リリーベルは左耳にかかった髪をたくし上げると、左耳に装着されたイヤーカフスに金具で繋げられた、遊色に透き通る鈴をハーシーに見せつけるように揺らしてみせた。


「この通り、普段はいくら振ろうが回そうがチリンと鳴ることも無いポンコツ鈴だけど……」

「不定期で『予言』してくれるのよ。いいニュースも悪いニュースも。私にしか意味がわからない音色でね」


「………え、本当に?」

「ホントにトンホ。いやあまさかデロベカタツムリが見つかるとはねぇ。生きてる内に見れるとは!よくやったハーシー!あんたはすごい!持ってるよ、やっぱ!」

「えぇ…………」

「…………あの鈴が青緑等級のルクロンで作った魔道具だよ。すげーだろ。あれを山ほど作れる材料を量産しに行くんだぞ。今から。わかったか?」


その場に屈んではあ。とため息をつくリヤドロの姿を見て、ハーシーは黙ってうなずくことしか出来なかった。


「うん、ドアの後ろで動物のフンを思っきし踏んだのも帳消しになるレベルでワクワクするよね!乾いてるとはいえショックだった!」

「ああ、ドアの反対側だったのか。通りで」

「ん?何?」

「何でもないです」





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「リヤドロさん。付いてこさせていいんですか?」

「バレたんだからしょうがねえだろ」


道中、フンフンと陽気に鼻歌を鳴らしながら先頭を歩くリリーベルの後ろで、ハーシーとリヤドロは顔を寄せ合って話し合っていた。


「でも、リリーさんのペースに合わせてたら……」

「到着は明日の昼を過ぎる頃になるだろうな。あいつチビだし歩幅狭いし」

「置いてきません?」

「バカヤロ。置いてったらあいつ彫金ギルドとイヌンタロスのおカミにタレ込むぞ。多分どこの洞窟で見つけたかも知ってるっぽいし。そうなったらかなりめんどくさいだろ……逆に、彫金ギルド上位構成員のあいつがいれば、イヌンタロスにケチつけさせないようにも出来る。かもな」

「え?……ああ、彫金ギルドの特権ですか」

「そういうことだ。ちと強引な理屈になるけどな。多少遅くなるのは仕方ねえ。長い目で見りゃむしろ得したかもしれねえぞ」

「俺からすれば損も得も無いんですけどね。ルクロン持ってないし」

「一人だけ遠足だもんなお前……俺の分ちょっとあげるから大人しく付いていこうぜ」


「……なんで顔近づけて愛を囁き合ってんの。二人とも、そういうことなの?」


顔を至近距離で近づけ、口元を手で覆って隠しつつ話をしながら歩いている二人のマヌケな姿をたまたま振り返った際に目撃したリリーベルは、怪訝な目つきで問うた。


「あーなんでもない!のんびり歩こうぜって話だよ!リリー!な!うん!」

「いやのんびりしてちゃダメでしょがい。到着は早い方がいいじゃん。冒険ギルドのヤツって時間が無限にあると思ってるからなぁー……同伴に向かないねアンタら」

「こんにゃろてめえッ」

「抑えて抑えて」


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翌日、太陽が真上まで昇った頃に一行は目的の洞窟前に到着した。


イヌンタロス公国ピスカール区の僻地にある、多少広いが複雑な構造でも無い、名も無き石灰洞だ。中は暗いため地元の子供たちが日光が入る入口付近の辺りを遊び場にする以外では誰も足を踏み入れない、つまらない洞窟であった。


「意外と早く着いたなあ。夕方ちょい前ぐらいになると思ったんだが」

「リヤドロはのんびり屋だねえ。どんだけチンタラした行軍にするつもりだったの?」

「おいリリーよ。もしかしてわざと言ってんのか?」

「え?何が?」

「そうか、無自覚なのか……降参だよ」


リリーはどこか諦めた顔つきでふう。と息をつきながら洞窟の暗闇を見詰めているリヤドロをすました顔で見やると、カバンを下ろして荷物を漁っているハーシーの方に向き直った。





「そんなことよりさハーシー。デロベカタツムリを洞窟のどの辺で見つけたの?そこまでは鈴も教えてくれなかったんだよね」

「ん……どの辺っていうか、その辺?なんか岩壁を這ってましたよ」

「ふーん。ってことはそこら中を適当に動き回りながら毎日毎日勝手気ままに暮らしてるんだねそいつ。どっかの誰かみたい」

「へえ、そんな人がいるんですか。羨ましいですね」

「ああ……リリーは友達が多いからな。そんな放蕩生活を送ってる知り合いもいるんだろう」


「…………ちなみにそいつ“ら”は冒険ギルド所属よ」

「マジですか。誰だろう」

「ペインメイルか?」

「……あんた達、わざと言ってる?」

「え?何が?」

「いや本当にわかりませんけど」

「そっか、無自覚か……降参するね」

「お、あったあった。すみません松明作るんでちょっと待っててください。中は暗いんで」


リリーベルが先の問答の意趣返しを食らいながら(食らわせた側に自覚は無いが)、ハーシーはカバンから目当ての物を見つけ出したようだ。ボロ切れを先端に巻いた太い木の棒と、油の入った小瓶。


「お前、未だに松明かよ……」

「いいでしょ、別に……種火ぐらいの大きさが維持できる限界なんですよ」

「はぁーあっ!節制属性のクセになっさけなッ!!術式に無駄が多いんだよ、無駄が。属性無しの俺でも松明程度なら一日は持たせられるわ」

「ああもう、うるさいなこの人……」


ハーシーは小言をネチネチと紡ぐリヤドロを疎んじながら小瓶を傾け、左手に持った松明の先端に油を垂らすと、油の瓶を地面に置き、右手を軽く開く。


「えーと、なんだっけ……えーーーと、おひな、こなく……………くひ、ななおく」


ハーシーはおもむろに右手の指を畳んでは起こし、畳んでは起こしという動作を行った。親指、人差し指、中指、小指、中指、薬指、薬指、人差し指、中指、中指、親指、薬指…………どうやらこの順番に沿って指を動かす必要があるらしい。


意味不明のチャントを唱えながら指を動かすハーシーを、リヤドロはため息をついて片手で額を押さえながら、リリーベルはクククとかみ殺した笑い声を洩らしニヤつきながら眺めていた。


「……蝋の爪!よし、合ってた」


指の動作が終わったところで少し声を張って魔法名を唱えれば、たちまちにハーシーの人差し指の数センチ先にロウソクのそれと同じぐらいのサイズの炎が灯る。指を動かせば炎もそれに合わせて動き、指を松明の先端に近づけると炎は松明に燃え移った。徐々に勢いを増す松明の炎を横目に、ハーシーは右手をパタパタと振って用済みとなった炎を消していた。





「お待たせしました。じゃあ行きましょう」


「あのさ、あの詠唱何なの?いらないよな?」


「詠唱じゃなくて、どの指を動かすかをあれで覚えてるんです。“お”が親指で“ひ”が人差し指ですよ」


「ワケがわからん……どういう法則なんだよ」


「そこはまあ、ハハハ。ほらリヤドロさんも。指のストレッチしました?薬指動かすの結構キツいですよ」

「どつくぞ!誰にモノ言ってんだお前!」


ハーシーに怒鳴ると、リヤドロは手の平を上に向け、不気味な指の動きも謎のチャントの詠唱も、魔法名を唱えることも無しにその手の平の上にリンゴほどの大きさの火の玉を浮かべた。


「おおー!さすが!」

「ん?バカにしてんのか?」

「ほらほら、じゃれてないでさっさと行こ!遊んでる間にカタツムリが変な所に入って隠れちゃうかもしれないでしょ!」


リリーベルはもう待ちきれないといった様子で先に洞窟へ足を踏み入れ、右手で腰に下げた鍵束ならぬ鈴束から赤銅色の鈴を一つ取り外し、ちりんと軽く鳴らす。

たったそれだけの行為で鈴には赤い火が灯り、赤銅の鈴は灯った炎の大きさに見合わない光度で洞窟の暗闇を煌々と照らすのであった。





「先行ってるよー」


「………………」


「………………」


「改めて聞くけど名付きの魔術師二人の前であんな魔法使って、恥じらいとか無いか?」


「無いですね」


「リリーのやつはすげえスマートに炎灯してたけど劣等感は?」


「無いですね」


「お前ハート強いな」

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