叱咤
「これは……」
真新しく、最近買ったものとおぼしきそのカバンの中には、ところどころに青緑色のかかった、子供のこぶしほどの大きさの黒い石がみっちりと詰め込まれていた。カバンの中の石はどれも原石めいているというか、無骨な感じというか、宝石というよりは鉱物のような印象を受ける。(実際そうではある)綺麗といえば綺麗なのだがパッと見たところでは素人目でもあまり価値を見出せないだろう。
なんというか、濁っているのだ。安物の飴玉のように、色だけ付けたような感じと表現すれば伝わるだろうか。かろうじて半透明と言えなくもない色合いのものでも、どれもチリや砂粒や小石などの不純物が混ざっているせいで少し曇っており磨き上げてもイマイチなビジュアルになりそうだ。
「ルクロン。カバンいっぱいに調達してきた!九割が黒等級で、一割が黒寄りの橙等級だから安かったぞ!お前はどんぐらい持って来たんだ?」
「いや、一つも持ってきてないですけど」
「お前は大アホだ!!!」
「あひいっ」
ハーシーは突如としてぶつけられたリヤドロのシンプルな罵倒に情けない声で反応してしまうが、リヤドロはハッと我に返って大声を出したことを詫びたりすることもなく続けざまにハーシーに詰め寄った。
「お、お前……お前、アホ!マジでアホ!俺らが何しに行くかわかってんのか!」
「カタツムリ観察ツアー…?」
「トレジャーハントだよ!!!気楽か!おととい話しただろ!」
「“デロベカタツムリは九百年前に見つかってから、七件しか目撃例が上がってない”って!そんなもん俺たちが見つけて然るべき機関に報告したらもう触れないし、見れないし、利用できないの!!」
「そこまでは聞きましたけど………」
「だからギルド長やイヌンタロスに報告する前になるべく安いルクロンを買い集めて、等級上げた鉱石を確保してから発見報告して、売るなり魔道具作るなり好き勝手しようぜって………」
「それは聞いてないですね」
「そういう話だと……わかってるもんだと………思ってたのに…………マジかお前……そこまで発想至らなかったか………無欲か……」
「や、俺魔道具ならもういくつか持ってますし。正直そんないらないっていうか」
「お前が腰にぶら下げてる虫避けと獣避けで二点セットの鈴と、その便利なマントのこと言ってるなら、お前は青緑等級のルクロンの価値をなんっっっもわかってない!お前ホントにさあ……」
「なんかすみません」
「もったいねえよ………」
「へへへ」
「笑ってんじゃねえよ……」
————————————
——————————
———————
「んじゃ、行くか……なんか徒歩での行軍がちょっと億劫に感じるわ」
「魔法使い過ぎなんじゃないですか?ダメですよ歩かなきゃ」
「かもな。控えねえとだ……つってもこれから使うんだけどな」
リヤドロはあの後も散々がなり立てていたが、途中から脱力しながら青緑等級のルクロンがいかに稀有で有用であるか。まるで嘆くようにぽつぽつと語るまでに落ちつき、最終的には爪のささくれを噛みながら話を聞いていたハーシーが放った『そろそろ当初の待ち合わせの時間迎えますよ』の一言でしぶしぶ話を切り上げた。
そして彼が入ってきたドアの前に立ち、ハーシーはその後ろで何をするでもなくリヤドロの後ろ姿を眺めている。
「ネムロザビレには行ったことないんですよね?」
「おう、だから最寄りの置きドアに繋げる。それでも歩いて明日の朝まではかかる距離だけどな」
「ああーリヤドロドア。あれちょいちょい見かけますよ」
「変なイタズラしてねえだろうな?」
「俺はしてませんけど、たまに開けっぱにして放置されるイタズラされてるの見かけますね」
「閉めとけや!」
「いや閉めてますよ。見かけるから閉めてるんです」
「お、おお。そうなんか。ごめんな」
リヤドロは早とちりをハーシーに謝罪し、魔力を少しだけ籠めた手でドアノブを握り、目的地のドアを脳裏に思い浮かべる。
ハーシーは「その代わりにドアの前に動物のフンを置いたりしてるだけです」と言いたいのをぐっとこらえ、リヤドロがドアを開けるのを待った。
三秒ほどでリヤドロはドアノブを捻ると、ガチャン。と音を立てて扉を引いた。
扉を開けた先には、ストリヴァージュの街並みとは違い、大きくも静かにせせらぐ川と、そのせせらぎに倣ったような涼しいそよ風がゆるやかに駆ける野原が広がっていた。
「よし、ちゃんと戸締りされてたな。ハーシー。行くぞ」
「ん、ああ、はい。もうちょっと待ってください。踏みたくないんで」
「踏む?何を?」
「何でもないです。お先にどうぞ」
「なんか引っかかるやつだな……」
ひょい、とリヤドロがドアをくぐり、何事も無かったことを確認してハーシーも後を追った。
世界中でただ一人。この男リヤドロ・ポルタだけが使える“一度くぐったドアとドアを繋げる魔法”。これを見るたびに、魔法についてはほとんど門外漢のハーシーでさえも彼の魔術師としての才を羨む。
(ひと儲けしたいなら、この魔法で特許取ればいいのに………)
ハーシーはドアをくぐった先で、カバンを背負いなおすリヤドロを見ながら後ろ手でドアを閉めた。彼はこの魔法を有効利用するために、世界各地に“形だけのドア”を設置しているのだ。ワクと、扉だけの無意味なトマソンめいたドアを。もちろん彼以外の人間がドアを開けても何も起こらない。ドアで隠れていた景色が見えるようになるだけだ。
本人による呼称は『置きドア』。彼以外が用いる俗称は『リヤドロドア』。
一見便利そうだが、いくつか欠点もある。一つは“ドアを繋げる”という性質上、現地のドアが開いていると魔法が使えないということ。既に開いているドアを開けることは出来ないということだ。
二つ目は———————
「おーっす!リヤドロアンドハーシー!楽しそうだし私も連れてって!」
“リヤドロドア”はリヤドロしか使わないので、もしリヤドロに面倒事を運ぼうとする輩が彼に会おうと試みる場合、そのドアの前で待つだけでリヤドロとの接触率を上げることが出来る。という点である。