私と研修センター
その日、資料室監禁による人材捕獲試験に合格したらしい私は人里はなれた陸の孤島にある自社研修センターの一室になぜか監禁されていた。
先輩達は笑顔で「ただの研修」というが、これは明らかに監禁である。
積み上げられた未処理の事務書類が終わるまで研修は終わらないと言うんだからシャレにならない。しかも合間に夜の部におけるマナー講習会もあるのだ。予定表を見るに護身術やアスレチックまじりのオリエンテーションが。事務員にどうしてアスレチック!?
「ぐぎぃっ、無理! 無理! ギブっそれ以上イったら折れちゃうっ!!」
絶叫が青空フォログラムに吸い込まれていく。腰を下ろした状態で少し足を広げて前屈。指先はつま先まであとてのひらひとつ分。
「先輩、頑張ってください!」
「余裕あんなぁ」
「余裕はぁ、ないです!」
先輩に応援を飛ばしている私は私で音楽に合わせ光る床パネルを踏むという苦行を強要されているのだ。けっこう息がきれる。
研修生な私は野外オリエンテーション以外は部屋から出れない。先輩達は「安全確保」と言うんだけど、いったいどんな危険があると言うのやら。
まぁそんなことより積み上げられた書類の山を崩したい。
シガレットチョコを齧りながら先輩がよくわからない工具を箱から出して布で拭いている。
デキナイ先輩ことフィティカ先輩は実務員であると主張し、ぼろぼろ漏れのある書類を積み上げてくれる。
それを体が意外に硬く時々天然の気があるユサ先輩が指摘し、指摘されたことに関するメモをフィティカ先輩が走り書き、書類の山に放り投げる。
それを見て私が「床パネルで踊るより書類をさせて!」と吠えるのである。せめて該当書類と重ねて置いてほしい。
前任者はステップ踏みながら書類を捌ける有能さんだったとか。
「なんで逃げられたんですか!?」
「有能だったからよっ」
ぐったりしたユサ先輩がこの時ばかりはガバッと体を起こして半泣きで叫んだ。
「アイツ私を捨てたのよぉっ!」
「俺がいるじゃねぇか」
「アンタ一人で暴走するじゃない!」
「しねぇよ!」
私は漫才を聞きながら冷えた頭でそっとパネル床から退避して書類の整理を再開する。
この漫才にも慣れてしまった自分がいた。
書類から顔をあげると二人が私を見ている。
「出せ。とか帰せ。とか言わないんだな」
「だって仕事ですし」
お手当出るし。美味しいごはん食べれるし、ベッドルームもバスルームも充実だし、出れないけど自由時間あるし。ゲーム機もモニターも本も自由である。
もともと定時厳守社会保障完備の超優良職場だ。
夜間部の実動内容は未だよくわからないけれど事務処理はあまり変わらない。むしろ不備が多いだけで量は少ない。昼の部の作業量は夜間部になるならと減らされたので尚更だ。
そういえば、フィティカ先輩は私に仕事を押し付けると言っても量はないなと思ってたんだけど、もしかして全部任されてあの量だったのかもしれないと思うと複雑な心境である。
脱線しまくりつつ聞き出した先輩達のチームにおける夜間部の業務内容は清掃員である。
具体的にはゴロツキや害獣退治らしい。なにせ私は事務員で実務労働者じゃないので。
害獣、ゴロツキの情報をユサ先輩が集め、その情報に応じて準備したフィティカ先輩がお掃除に行くのだ。夜間部なんてなぜ分けているんだろうとちょっと疑問だ。で、その際の経費と先輩達の証言をまとめて提出評価に足る書類にまとめるのが私の仕事。
そんな中継事務員のはずである。
いくら快適ソファーセットされているとはいえど暗い箱に閉じ込められて現状実況を流される暗黒ジェットコースターなんて最悪だ。コレは業務から外れてると主張したい。
なんというかアスレチックフィールドをチラリとも私は見ていない。そう、本音をいえば外を見せてください。
ユサ先輩が操作するボートらしく時々ユサ先輩の奇声が聞こえてくる。乗り物の操縦をすると性格の変わるスピードジャンキーってヤツだったらしい。ユサ先輩、ネタ満載ですね。
私には先輩達の声しか聞こえないですが、ですが、先輩達が時々他の人との会話しているらしいことを感じる。同じように研修を受けている人達がいるらしい。先輩! 私に同輩同期と挨拶させて!
暗黒アスレチックジェットコースターの後、交流会という名の立食会に連れて行かれたが、みごとに私は遠巻きにされた。すっごい微妙な眼差しを送られているんですがどういうことですか。先輩達。
「あ、名前は聞いちゃダメよー。本名はひ・み・つ。でねー」
ユサ先輩がそう言ってきたんだけど社内交流会じゃないんですか!?
理不尽さに怒っていると横から料理を適当に盛りつけられたお皿がフィティカ先輩から差し出される。
「うまいぜ!」
「料理は盛り付けも大事なんです!」
先輩のためにお皿にバランスよく盛り付けてみました。フィティカ先輩は気にした風もなく完食。いや、うん。美味しかったけど!
釈然としない!