私と資料室
それはついてない日だった。いつも通り先輩の書類不備を指摘して修正しなきゃいけない事に不満を抱えながらキーボードを叩いていると椅子の後ろを通った別の先輩がよろけその流れで背中をどつかれて。それはええ、もう確実に事故だった。キーボードを無作為に叩き押した結果のぶっ飛んだデータ画面の前で二人して悲鳴をあげた。
「おーい、うまく終わったかーい」
そんな最中に昼寝でもしてたのかシワの多いシャツをぐいぐい伸ばしながら先輩がのーてんきに寄ってくる。
「データが、飛んじゃったんです!」
泣きそうになりながら返すと先輩はガシガシと頭を掻く。
「俺のデータならコピーあるぞ」
「マジですか!」
私の掴みかからんばかりの勢いに欠伸を失敗した先輩が少しのけぞる。
「さぁ早く渡すのです!」
「おう。まぁ残業にはならないよう定時に帰れよ」
ビシィっと手を差し出してデータのコピーが入っていると言うデータカードを受け取りまたパソコンに向かう。さぁ、唸れ擬似回路! 魔力追加でもう少しがんばれ!
視界の端で苦笑する先輩はだらしなくてデキナイ先輩だけどどこかやっぱりカッコいい。俺に惚れるなよと言っては周りの空気を和ませている。自然にそう振る舞えてマイペースな先輩の生き方に憧れる。そんな先輩だから手を貸したくなる。役に立ちたくなる。
「ごめんなさいね。時間までに終わりそう?」
デスクに置かれたカップに顔を上げれば一緒に悲鳴をあげた先輩で。申し訳なさそうに眉がさがっていた。
「終わらせます!」
ありがとうございますとカップを取って口をつけると優しい甘さとぬくもりが口の中に広がっていく。
いつもより集中したし、終わらせた安堵感はあったけど、それでも資料室でうとうとしてしまったのは失態だった。
そっとドアを押し開けると勤務時間はとっくに過ぎてるのだろう非常灯以外は消えてしんと静かな廊下がのびている。寝すぎだ私。
帰るには鞄が必要なのだからデスクにもどらないといけない。それにしてもひと気のない夜の会社って少し不気味だ。
勇気を出して踏み出したらぐっと勢いを持って資料室に押し戻された。押されたのであろう肩が痛い。
文句を言うために開けた口は即座に大きな手でふさがれた。
「騒ぐんじゃねぇよ。なんで定時時間外に社内に残ってんだよ。ぁあ?」
ガラ悪く耳を打つ声は馴染みのデキナイ先輩だった。近さに驚いてどう振る舞えばいいのか混乱する。
二人っきり?
心配されてる?
迷惑かけちゃってるのだろうか?
先輩に背後から口を塞がれて押さえつけられてる状況に幸せを感じるべきなのか恐怖を感じるべきなのか悩んでいるうちにその思考にブレーキがかかる。
「それは私の策略よう」
妙に甘ったるい声は本日ともに悲鳴をあげた先輩。ココア美味しかったです。え、安心成分多めだったから緊張切れたらきたでしょうって、せーんーぱーいぃいい?
もしかしてなにか細工したんですかと睨みつけてしまう。私の睨みなどどこ吹く風とばかりに爪に塗られた塗料が煌く。
「あのね。今日は当社夜間部の人材確保試験日なの」
軽く先輩の腕を叩いて口を解放してもらう。
「夜間部?」
「夜間部」
私の疑問にそろっておうむ返ししてくる先輩達。
胡乱な表情がよっぽどだったらしい私に先輩達が漫才まじりに『夜間部』の解説をしてくれた。
その運営活動はその名の通り夜間主体に行われる。
現場の調査や妨害工作の排除、こちらからの妨害工作がメインであると。あとは雑用的に害獣退治やゴロツキ対応だと笑っていた。妨害? ゴロツキ? ただの現場仕事なら別に夜間部とかじゃなくてもいいんじゃあ?
先輩達にはもう一人チームメンバーがいたのだけど、先日寿退社により事務用員が欠落したというのだ。つまり。
「私はかわりの雑用係ですか!?」
切実に書類作成者が足りないらしい。
ふたりはいい笑顔で「ぴんぽーん!」と拳を突き上げた。