9 生意気王子の物語。
7話 側近→友人に変更しました。
さて、次はあそこね。
セイラは一息つくと、移り変わる景色を横目に、座席に身を委ねた。ふかふかのクッションはやさしく彼女を受け止め、包み込む。
ほう、といつもの柔らかさに目を細め、ああ、流石は公爵家の馬車だわ…と夢見心地になろうとし――ふと視線を感じる。
視線の主は目の前の子供だった。反抗的そうな青目、無駄にキラキラとした金髪、偉そうに足を組み、俺様のが凄いんだぞオーラ満載の王子様だ。
攻略キャラクター、サハレル・ルーク・フラネス、別名俺様王子。
やけに自信満々でナルシストな彼は、子供のころから負け知らずだった。
魔法では王宮魔道師に勝るとも劣らず、剣ならこの国で勝てるものはいない、天才型。――勉学に突出したものはないが、サハレルは興味がないため負けても悔しくはないらしい――その片鱗はもうすでに幼少のころ出ている。
自分より強い者がいなく、それなのに貴族や騎士たちは自己研鑽を怠りおべっかばかり使ってくる。
常に孤独と闘い、追い討ちをかけるように過度な期待を投げ掛けてくる王国に嫌気が差していたとき、ヒロインが現れるのだ。
強力な癒しの魔法を使う少女。
戦うことこそできないが、その腕は自分を越えるものかもしれない。
好奇心と、ほんの少しの期待を持ちヒロインへと近づく。そしてその底知れない明るさと対比するように時々見せる小さい陰に触れ、徐々に心を引かれていくのだ。
恋を自覚した王子は、強引に、傲慢に、時には無邪気に、ヒロインに迫っていく。
その手腕は見事なものでヒロインが靡く一歩手前でいつも止めてみせる。それが余計にドキドキを加速させるのだ。流石は王道、俺様王子。引き際をよくわかっている。
勿論クライマックスは最高に甘いシチュレーションだが。
主人公が陰を見せたらダメだろ、と言うことなかれ。
ヒロインが陰を見せた時のサハレルは、狼狽し、不安そうに心配そうにヒロインの顔を覗き込み、泣くな、お前が泣いていると、俺はどうしたらいいかわからなくなる…と弱々し気に抱き締めてくれるのだ。
普段の傲慢な態度とは真逆のかわいい反応にプレイヤーは撃ち抜かれ、主人公泣き止んだときにぽんぽんと彼女の頭を軽くたたいてほっと息をつく姿に止めを刺されるのである。
その際色々なサイトに
「神イベントキタ――――――!」
「フフン、私なんてもう二回も見たんだから!」
「何故スチルがない?! 製作者―――?!!!」
などという悲鳴にも似た歓喜の声が上がったのは、想像に難くないだろう。
ちなみにその王子、ヒロイン目線ではわからないが相当な愚かである。
ヒロインと結ばれたいからといって公衆の面前で婚約者、しかも公爵家の令嬢に一方的に婚約破棄を押し付けるのは如何なものだろうか。
せめて誠意を見せ、恙無く終わらせるべきである。例えそれがどんなにとんでもお嬢様でも。
しかも理由が『守るべき民を苛めるものは王妃に相応しくない』とは…。それをいったらこの国の約8割の貴族令嬢が王妃候補から外れてしまう。
世の中そんな綺麗事だけで、公爵家を敵に回し一介の庶民を王妃にして生きていけるほど甘くはない。
それでも彼が王子の座を奪われなかったのは、ひとえにヒロインが魅力的だったからだ。感情論ではなく物理的に。
何せ彼女は神に愛された癒し手。喉から手が出るほどほしい人物なのだ。
彼女はどんな外傷でも治し、癒しの祝福をも与えることができる。それは人々に希望を抱かせ、何事にも立ち向かっていく勇気を与えるだろう。
まさに聖女にふさわしい。
そしてその力は戦争に使えばとんでもない兵力を引き出し、国を背負えば容易に民の心を奪い取ることができる。
それはこれ以上ない兵器で、これ以上ない脅威となる。
それを愚かな息子が王妃という鎖に繋いで連れてきたら、国王だって鷹揚に頷くし、婚約破棄された公爵家の主人にして冷徹な悪魔という称号を持つ宰相だって全く情を持たずに娘に勘当を言い渡す。
乙女ゲームのご都合主義なんてありはしないのだ。あるのは真っ黒なベールに包まれた欲にまみれた世界だけ。
利用されていることすら気づかない王子はきっと貴族に良い駒として使われるだろう。
そんな道化王子に恋した悪役令嬢、ラビナ。
彼女はヒロインに次々と嫌がらせをし、ヒロインと王子を引き離そうとするが、その行為が余計に二人の恋を盛り上げてしまう。
そしてまんまと罠に嵌まり、勘当されるのだ。
その後ヒロインがハッピーエンドを迎えるなか、処刑され無惨な死に方をする。普段から自分より身分の低い者を虐げ、民の血税で豪遊していたラビナを庇う者は誰もいなかった。
ただ一人、そんなことをしては公爵家の名に泥を塗る、と実父に意見したセイラは、領へと飛ばされ、その途中で山賊に襲われて背中を斬られて死んだ。(後日談)
と、これが今目の前に座っている生意気な王子、サハレルの大まかなストーリー。
今からその“負け知らず”というつまらない肩書きを剥がし、ギッタギタに打ちのめしてその愚かな性格を再構成させる。
―――別に自分が殺されるから怒っている訳じゃないわよ?
その時他の人に助けを求めさせないため、ユートリア領の辺境にある山小屋に向かっているのだが、その前に一つ寄るところがある。
王宮と山小屋のちょうど中間ぐらいの場所にある小さな村。
王子の未来の“友人”で移民の彼は今、そこに住んでいるはずだ。
イングランド・ミラセコミ、もう一人の攻略キャラクターである。
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ふと見たら高評価がついていて驚きました。本当にありがとうございます!
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