8 気さくな王妃様は最も恐ろしい
馬車を降りて最初に見えたのは、正に壮観、というのに相応しい場所だった。
規模や大きさも然ることながら華美すぎず、それでいて威厳を感じさせる、大門。日を浴びてのびのびと咲いているネモフィラの花々。そびえ立つ宮殿は正に王者の場所に相応しく精悍で。
その模様の一つ、花弁の一つが見事に調和し、王宮という一つの作品を創り上げている。
それはまるで灰被り姫物語に出てくる王宮のように幻想的で、かの国を救った大英雄が過ごす城のように威厳がある。
それもそのはず、ここは栄華を誇るフラネス王国、その国王がすむ場所。
誰もが羨み、一度は入ってみたいと切望する憧れの場所、フラネス・ドルジェ王宮なのだから。
そんな王宮にラビナも息をのみ、肩を震わせていた。
「こんな立派な場所だもの、どんなに面白い仕掛けがあるのかしら!」
―――少し、ずれた思考で。
しかし、そんな変なところに目を輝かせているラビナに視線を向ける人はいなかった。
それはなぜなのか。答えはラビナの前、正確にいうならば斜め左前、ラビナの隣にいるセイラの前方にあった。
「何で俺がそんなこと!」
そこには地団駄を踏む、金髪碧眼の男の子がいた。
どうやらセイラに躾ら…指導されることを拒んでいるようだ。
その近くにいる、綺麗でどこか威厳のある女性は、ああ、服が汚れるでしょ、そう慈愛の笑みを浮かべて起こそうとする―――ことはなく、拳骨を思いっきりくらわした。
「あらあら、おいたはダメでしょう?」
おっとりと手を頬に当てて首をかしげる。
一見真逆に見えるが、間違いない。この女性、お姉さまと同じ性格をしている…!
鋭い警報が頭を駆け巡る。
そんなラビナなどお構いなしに事態は最悪な方向へと向かっていく。もしかしなくてもこの人が――
「それでエリリア王妃陛下、」
それまで見守っていたセイラがその方へ近づき、淑女の礼をする。
王妃様!私の指導に直々についてくださるという!…スパルタな予感しかしない。ただでさえ今までお姉さまの教育を受けてしごかれてきたのに…。
「ラビナをお任せして、私はあの方を調きょ…指導するので宜しいですか?」
「ええ、あの子、私の言うことを全く聞かないんだもの。貴女がしつ…指導してくれると助かるわ。あの子のことは家族同然だと思ってくれていいからね」
今調教と言ったよね??
ついに認めたわ、お姉さま。―――王妃様もそれでいいの?とか躾、って言ったよね?とか突っ込みたいところはたくさんあるけれど。
ああ、御愁傷様。私は王妃様に鉄拳制裁を食らわされ、頭を抱えている憐れな少年――どうやら乙女ゲームのメイン攻略キャラクターで、私の婚約者のサハレル王子らしい――に同情した。
哀れみの目を向けると、無駄な抵抗を続けていたサハレル王子がキッと睨み付けてくる。
この子はその反抗心たっぷりの目をいつまでしていられるかしら?
気分は新兵を送り出す司令官である。
私も王宮に送り出される兵士なんだけどね!
なんというか、お姉さまの覇気がすごいから、大変な目に遭うと思う。
―――幸か不幸か、ラビナはまだ自分が王妃にキラキラした目で見られていることに気づいていなかった。それにあちゃー、と空を仰いだサハレルは、もしかしたら似た者同士なのかもしれない。
「さあラビナさん、私が今回の王妃教育を担当する、エリリア・ルーク・フラネスよ。よろしくね」
ふふっ、と軽くターンし、悪戯気に笑う。
それは若いのも相まって、王妃様というよりは従兄弟のお姉さん、といった方がしっくりくる。ただお茶目な仕草にも品があるのは流石というべきか。
そんな姿にラビナがぽかん、としているのを知ってか知らずか王妃様は楽しげに語った。
「ずっと堅苦しいのは御免だもの。公の場だけ飾ればいいのよ。本当ならここでお手本を見せてあげてもいいのだけれど…貴女には必要ないでしょ?」
確かに私には前世の記憶があったから、ちょっとセーラお姉さまに手直ししてもらうだけで済んだ。
もうちょっと形式とかあるかと思ったけれど、自由みたいでよかったわ!
先程の頭に流れた警報もどこへやら、お気楽に笑う単純な思考のラビナであった。―――まさか自分がフラグを立てたとは気づかず。
ちなみにセイラは暴れるサハレルを引きずって出ていった。あの哀しみとも焦りとも見える王子の目を見たときは、憐れに思ったものだ。
同士よ、健闘を祈る!心の中で敬礼した私に、王子も少しだけ敬礼を返してくれた気がする。――私がした以上に憐れみの目を向けられたのは気のせいだろうか。
「それでラビナさん。まずは何から始めようかしら。座学でいえば、天文学、医学、薬学に語学、地理や歴史も大事よね? 宗教学や法律等も勿論必要だし財政学も面白いわ! 生物学、計算術なんかも」
「っちょっと待ってください?!」
慌てる私にエリィ様――エリリア王妃様にそう呼ぶようにいわれた――は頬に手を当てキョトン、と首をかしげた。どうやらこれは王妃様の癖らしい。ってそうじゃなくて!!
「それは何人分のカリキュラムですか?! というか私に何を求めているんです?!」
「あら、それは座学よ。むしろここからが本番だもの。対話術や威圧の方法、オーラを纏ったり変装術は勿論、サバイバル学や護身術もつけてほしいのだけれど。―――そうね、あえていえば、王国に革命が起きても、生き延びていつの間にか賢王として君臨してる、そんなカリスマ力と生命力、気力を持って欲しいわ。」
「いやいやいや?! それもう洗脳とかしてません? 民が革命を起こしたのにその王妃が次期女王になるなんてどんな夢物語です?」
「事実は小説より奇なり、っていうでしょ? まあ、無理なら隣国の女王でもいいわ」
その代わりその国を急成長させて、この国を乗っ取ってね?とエリィ様はコロコロと笑う。
いや、それ初めよりも難関ですが!!とつっこむもエリィ様は笑みを深めるだけだった。だって貴女ならやりそうじゃない、なんて言われ、口をつぐむ。
だってちょっと、面白そうだなって思ってたから。
いつかやってみたいな、なんて思う私もやはり変わっていると思う。
そんな私を見たエリィ様は、もう一度朗らかに笑った。
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