5 悪役令嬢は杯をかわす
悪役令嬢は大抵不幸だ。
身分をひけらかして、贅沢をし、周りを不幸にすることを咎めてくれる人がいなかった。
父親は仕事で家に帰ってくる方が珍しく、母親はそれを嘆いて部屋に引きこもり、ただいい子にしていてね、と言って部屋に押し込めるだけでその子を愛することすら考えない。
身分が高いゆえに外に遊びに行くこともできず、使用人からも距離をとられている。
その中で母に教えてもらったたった一つの遊び、『贅沢』をしたところで誰が咎められるというのだ。
彼女はただ、寂しかっただけ。
愛してもらいたかっただけ。
それでも人々は拒む。面と向かって堂々とは言わず、影でこそこそと姑息に、執拗に。
そうして彼女はより贅沢をする。
何かモヤモヤする気持ち悪さを無くしたくて、この“寂しい”という気持ちの正体がわからなくて、よりエスカレートし――自分より大切にされる“庶民”に矛先を据える。そして最終的に待っているのは、全てから見放された『処刑』。
それを嘲笑う人は、顔をしかめる人は、陰口を叩く人は少しでも彼女を咎めただろうか?ただ暴言を吐くだけでなく、彼女のためを思って怒り、構成を促しただろうか?
答えは否。
そんなことする必要がない、それをするのは他ならぬ親の役割だから。
彼女にはそれがいなかった――それだけの話。
それが悪役令嬢の結末。しかしこれでいいのだ、だって彼女は“悪役令嬢”なのだから。
なんて、ね。
良い分けないでしょう、何が“彼女は悪役令嬢なのだから”よ。
勝手に人生を奪われたら堪ったもんじゃないわ!
私は生きたい。
その為なら全てを利用して見せる。
例え実の妹でも――
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「悪役令嬢? 何それ面白そう!」
ラビナは目を輝かせてセイラを見つめる。
その目線にセイラは少し首をかしげて、それからくすぐったそうに笑った。
「ふふっ、そうね。それだけでも十分面白いけれど……どうせならもっと楽しまない?」
「もっと、楽しむ?」
「ええ、とっても危険だけれど、とっても面白いと思うわ」
セイラは試すようにラビナの瞳を覗きこんだ。
何処か危ない光を宿すセイラに、ラビナはごくり、と喉をならす。
「運命の赤い糸、切ったらどうなると思う?」
「赤い糸………」
「ええそうよ。王子様とヒロインを繋ぐ、世界に刻まれた世界一切れない運命の糸」
と同時に私たちの首にも巻かれた命の手綱でもあるんだけどね、とセイラは首をすくめた。
左手で持っていた小さく底の浅い陶器の器をもうひとつ取り出して、ラビナの前に置く。
「この世界は、今から10年後に始まる『乙女ゲーム』の為だけに作られたのよ」
ふとこぼれおちたセイラの呟きに、ラビナはそれに初めて気がついた。
ラビナが声を上げようとして――上げられずにヒュッと息が通り抜ける。
セイラの言葉が本当ならば。
千年前の自分も、今の自分も、今、この瞬間、正確にはあと10年後のためだけに存在していて。
今まで人々が作り上げてきた歴史も、これから作り上げていく歴史も全て、このためだけに積み上げられてきたのだ。
そんな舞台に、私は立っている。
ゾクッと全身から寒気が襲い、手足が無意識に震える。私は怖いの?ーー否、これはきっと、武者震いだ。
ああ、なんて面白い世界なんだろう!
セイラの言葉は全て本当だ。人間の嘘なんて長い時を重ねてきた鬼姫に掛かればすぐに見抜いてしまうのだから。
だからこそ――面白い。
そしてこの後にくる言葉はきっと―――
「私と一緒にこの世界を壊しましょう」
チン、と甲高い杯の音が響いた。
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