18 悪役令嬢とは
「…………『悪役令嬢』とは何でしょう?」
そもそも悪役令嬢という概念を知らなかったリーシャは、メイド仲間に話を聞いてみることにした。
先ずは偶然そこをぶらぶら歩いていた、某絶対に怒らせたくないランキングの上位に君臨している姐さんに聞いてみる。
姐さんはどや顔で答えた。
「んぁ? 悪役令嬢? 聞いたことはないが…“悪”と言えば魔物か魔王だよな。それで“役”ってことはその役に成りきるんだろ? で“令嬢”は人だから魔物には成りきれない。となると答えは一つしかない。ズバリ『悪役令嬢』とは魔王に成り代わる勇敢な令嬢のことだな」
成る程、確かにそれならあの強さも納得だ。それに魔力、知識共に申し分ない。
ラビナ様は魔王になりたかったのか。
お礼を言うと別れ際に「私より情報通の侍女がいるから彼女に聞くと良い。今は洗濯棟にでもいるんじゃないかな」と教えて貰ったので無茶を承知で行ってみることにした。
侍女ーフルースは事情を説明すると、はあ、あの方は…と溜め息をついてそれでも丁寧に説明してくれた。
「巷で流行っている恋物語の登場人物なのだけどね、(王子を取られて)気に入らない庶民に嫌がらせして精々したところを言い付けられて、最後には修道院に入る令嬢のことよ」
恋物語、というからにはそれなりのストーリーがあるのだろう。
それを悪役令嬢=魔王ということを前提として考えると、『悪役令嬢』とは、(魔王を倒せる勇者の力を持っているので)気に入らない庶民に(魔王の全勢力を使って殺しという名の)嫌がらせして精々したところを(復活したヒロインから王族に)言い付けられ(人間の底力で反撃され)て、最後には(和解して)修道院に入る令嬢のことなのだろうか。
なんとアクションに満ちた恋物語。
最近の女の子はこういうのが好きなのだろうか?
もうそれは冒険譚となっている気がするのだが。
――残念ながら超解釈をしていることに突っ込んでくれる人はいなかった――
とまあそれはさておき、ラビナ様は魔王になって世界を滅ぼしかけた後、修道院で余生を終えたいらしい。
では必要なのは、修道院の伝手と、魔王に操られる強い人間。人間も操る方がそれっぽいのである。
「…………操る、っていっても精神系の魔法は珍しいですから……それも今から鍛えて懐柔した方が…良いですね…………」
目を嬉しそうに輝かせてリーシャは呟いた。
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孤児院。それは慈愛と自然を司る女神、ケトルールの名の元に親のいない、もしくは捨てられた子供を擁護しする施設だ。
教会主催のそれは有りとあらゆる所に建っており、王国に住んでいる平民の半分は孤児院出身なのだと言われている。
それ故に孤児院を蔑視する風潮は他国よりも少ないが、殆んどの貴族は最低限の布施だけ納めて静観しているので、寄付金が足りず子供達はいつも飢えていた。
遠い昔そこにいたリーシャは、それがどんなに苦しいかを知っている。
遠い昔仲間と一緒に涙を枯らしてみた『ごはんをいっぱいたべる』夢をリーシャは忘れない。
遠い昔見た皮が張り付いたような友の最後の顔は今にも夢に出てくる。
遠い昔リーシャが一筋の希望に全てを掛けたように、今の教会の子供達はか細くても見えた希望にすがり付くだろう。受けた恩は、忘れない。
今現在貴族を間近に見ているリーシャは知っている。
遠い昔必死で生きている孤児院の子供達を見ていたリーシャは知っている。
貴族も平民も大して脳のできに違いはないということを。
それ故に、リーシャは労働に対して対価が大きい孤児院の子供を教育した方がいいという判断に至った。
いつか自分が釣られたように、彼女達にここぞというタイミングで飴を投下する。
それに全力で子供達は群がってくるだろう。
そこに優秀な人材がいたら貰っていけばいいし、いずれラビナ様が住むらしい孤児院の根回しにもなる。
正に一石二鳥だ。
と、いうわけで。リーシャは今とある孤児院の前にいた。思い立ったらすぐ実行。その精神は主に似たものなのか。
コンコンとドアを叩いて開くのを待つ。
第一印象が大事だ。しっかりやらねば。
やがて立て付けの悪いドアがギギギ…と開いた。
「…………こんにちは。一晩泊めてくださいませんか………?」
さあ、全ては主人の為に。
貴方達も協力してくださいますよ、ね?
―――数年後、これが悪役令嬢達の運命を思わぬ方向に動かすのだが、そんなこととは知らずにリーシャは健気に笑うのであった。
ブックマークありがとうございます!本当に嬉しいです。
今回でリーシャ回は終わりです。孤児院に目をつけたリーシャは常に『絶対に怒らせたくないランキング』(ブラックリスト)上位に名を連ねるようになります。
因みに次はセイラ回です。
これからも宜しくお願いいたします。