15 仕込みます
10話の『セイラ姉上は王子様を手懐ける。』を閑話としました。
まだ手をつけていないつけていない皿を見て、ルナシーはおもむろに立ち上がった。
幸い忙しい朝なので、二人の動向を気にする人はいない。
そのままカウンター席に移動し、―――この食堂はカウンター席とテーブル席があり、カウンター席は調理場の目の前にあるのだ。老舗のラーメン店のような造りである―――食べながら他愛もないもない話を始める。
途中、知り合いの侍女も加わって盛り上がるが、暫くするとそろそろ行こう、と言ってリーシャと共に食堂を立ち去った。
次に向かったのは裏庭だった。
ここでは丁度巡回に来たルナシーの幼馴染みの騎士に、彼女の妹から頼まれたと言う可愛らしい花と剣の刺繍がしてあるお守りを渡した。
どうやら彼女の妹とその騎士は友達以上恋人未満の関係らしく、ニヤニヤしながらからかい、騎士は軽口で応戦し、しかしお守りを愛しそうに見つめて去っていった。
今度はどこにいくのかと思いきや、ルナシーの使用人部屋に着いた。
呑気に「今日は非番なんだ、お茶でも飲んでいかないかい?」とリーシャを誘い、そのまま内職の服を繕う作業、もとい刺繍を熱心に嗜んだ。そのスピードは最早人間技ではなく、人並みに縫うことができるリーシャにはもう目で追うことすら出来なかった。
そしてあっという間に昼食時となる。
うーん、と伸びを一つして、ルナシーはリーシャを昼食へと誘った。
丁度主人達が昼食を終え書類仕事や剣の鍛練などそれぞれのことをし始めるため、一番使用人達が食堂に集まる時間帯だ。
いつものごとく騒がしい食堂は、今にも熱気で包まれそうだ。いや、空調設備は充実しているが、暑苦しいほどの使用人の興奮が伝わってくるのだ。
「おい聞いたか?! あのお嬢様の話!」
「何だよ? あの王妃様お気に入りの嬢ちゃんのことだろう? お前いけすかないっていってたじゃねえか」
「あのお嬢様、結構腕がたつらしいぜ。あのケーツ元将軍を倒したらしい」
「あの修羅の狼を?」
「そりゃあすげえ!」
「私ラビナ様拝見したわ!」
「きゃあ! どうだった?」
「騎士様に引けを取らないどころか白熱した戦いを繰り広げていたわ! いつもはお可愛らしいご様子なのにあの剣技を出すときの凛々しい表情!」
「思わず見とれてしまったわよね~」
「へぇ、あの噂は本当だったのね」
「噂?」
「ケーツ将軍を一網打尽にしたんだって!」
「あら、ヨフチ部隊長も瞬殺されたらしいわよ」
「ここだけの話、竜殺しをなさったことがあるとか…」
「凶暴な魔族に引けを取らない戦いっぷりに王妃様も見惚れたらしいわ」
「「「素敵ねぇ」」」
「へ……?」
いつの間にかリーシャがルナシーに伝えた内容に尾ひれがついて広まっている。
しかも一つ二つのテーブルで、ではなく、10以上あるテーブルのほぼ全てで話されているのだ。
広まっている、どころの話ではない。もはや心酔、英雄を見たような熱狂度であった。
「あー、女子は想像力豊かだから。ちょっと大袈裟になったかもな!」
ルナシーがケラケラと笑って言った。
英雄扱いが“ちょっと”とは言わないと思う…ってそうじゃなくて。
「…………ルナシーさんは殆ど私と……内職―刺繍してましたよね…………?」
そう。今までそれでいいのか、ってくらい内職―刺繍に熱中していて、リーシャの声も届かなかった程なのだ。
こんな短期間でしかも広範囲に広められる筈がない。
この話をしたのは朝少し話した知り合いの侍女だけなのだから。
ということは侍女がルナシーの協力者なのだろうか。――いや、でも一人協力者がいたところでこんなに広範囲に伝わるものなのか?
様々な疑問が頭の中に浮かぶなか、ルナシーはドッキリ成功!と言いたげにどや顔をした。
「噂好きの料理長、目立たない侍女、素直な軍人に、軽い門番」
それは朝、ルナシーが呟いていたことだった。
「その4人に伝えることが今回の肝だったんだ」
そうして語られたことは、風が吹くと桶屋が儲かるような、奇想天外な話だった。
ブックマークありがとうございます!
今日追加されているのを見て、嬉しくて勢いで書きました。
なかなか無いリーシャの話。でもいつの間にかルナシーに取られている気がしますね。頑張れリーシャ。
明日も更新しますので、是非見てくださると嬉しいです。
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