12 五蝶
「ラビナさん。『蝶の儀』って受けた?」
「蝶の、儀?」
何ですか、それ?と不思議そうに首をかしげるラビナにエリィは宰相もセイラさんも教えてないのかしら、と不思議そうに答える。
「ええ、そうよ。この国は女神ケトルールを信仰しているのは知っているわね?」
「聞いたことぐらいは。」
「女神ケトルールは慈愛と自然を司る女神でね、彼女は『蝶』を使いとするの―――」
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古代、この地は鬼によって蹂躙されていた。
圧倒的な魔法の暴力に人々は怯え、惑い、絶望を感じていた。ああ、もう自分達はこのまま鬼たちの気まぐれで殺されてしまうのだ、と。
もうダメだ、誰もがそう思ったとき、一人の少女が現れた。彼女は緑の澄んだ美しい色を宿した瞳を柔らかな弧に描き、静かに、しかし不思議と響き渡る声で言った。
ーーもし貴女たちが望むならば、戦う力を与えましょう。
少女の言葉はあまりにも魅力的で、どこかそれが戯れ言と一笑できない迫力があった。
ーー但し代償は伴います。それは貴女たちの枷となるでしょう。
突然現れた少女に心を奪われていた人々ははざわめきだした。金か、服従か、はたまた―――。彼らに差し出せるものはそう多くはないのだ。しかし言うことを聞かないとここで滅びてしまうのもまた事実。聖女かと思われた少女は新しい侵略者だったのかと嘆くものもいた。
そんな中、一人の女性が人々の前に出てきた。
彼女は周りの動揺や恐れをもろともせず悠然と少女に話しかける。それに少女も微笑んで答えた。
「代償とはなんだい?」
ーー生け贄と、信仰を。
「へえ、生け贄。大した救世主様だね。…そうだな、じゃあ私を生け贄にすればいい」
ーーいいでしょう。ですが足りません。後4人、貴女と同じくらいの年の女性を贄に。
「私だけじゃだめなのかい?」
ーーしつこいのは嫌いです。
「チッ」
なんとかして説得しようとしていたがこれ以上言うなれば容赦はしない、と暗に言われ女性は小さく舌打ちをした。今も仲間が必死に戦い、またひとつ命を落としていく。早く、早くしなければ―――――。
焦燥感に追われていると、ふと女性の目の前に陰がおちた。
「なーに貴女だけいい格好しようとしているのかしら」
「ふふふ、見ててね、愛しい貴方」
「じゃ、じゃあ私も…」
「全く、しょうがないわねえ」
それは、今まで苦楽を共にしてきた仲間たちだった。こんなときでも付いてきてくれる彼女達に目尻が熱くなり、ここは泣くところではない、と気合いで押し止める。
ーー条件は揃いました。では力を授けましょう。
少女は手を灰色の空に掲げた。
瞬間、眩い光が辺りをともす。その光は浴びた者の傷を癒し、悲しみを勇気へと塗り変えた。
赤、青、オレンジ、黒、白。
五つに別れた光はやがて『蝶』の形を象る。
そして5人の生け贄の元にふわりふわりと降りていき、消えた。いや、吸い込まれていった、という方が正しいのか。
ーーそれは女神ケトルールの力の一端。その力があれば鬼族相手にも勝機を見いだせるでしょう。これで契約は果たしました。
次は貴女の番です、と言うように優雅にカーテシーをし、少女はふ、と消えた。
しばらく見とれていたが、はっと何かを思い出すように顔をあげた。
「っ! 速く皆を助けにいかなくては!!」
その後女性は見事に鬼族を追い出して、仲間と共にフラネス王国を建国し、女神ケトルールとを国教とし、崇め称えた。
そして自分の身を投げ打って仲間を救った彼女達は『五蝶』と呼ばれ、ある時は英雄譚として起死回生の大判狂わせを見せ、ある時は素敵な恋物語の登場人物としてそのいじらしい恋に花を咲かせ、英雄として広く国民に親しまれている。
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「―――っていうこの国の言い伝えなの。それから10歳になると女神ケトルールに今までの生を感謝してこれからの加護をお祈りするのだけど、数十年前、摩訶不思議な出来事が起きたの。先代王妃ーーああ、もう今は亡くなってしまわれたんだけどね、が初めて神殿で祈りを捧げたときだったわ。いきなりパアッ、って神殿から光が降り注いだの。まるで『5蝶』の言い伝えのように。白の、それはそれは清らかで美しい光だったらしいわ。それからその方の額に蝶型の痣が出来たの。それは本当に『加護』のようで。」
私の無謀な人生、何度白蝶に助けられたかわからないわ!なんて年を取っても快活に笑っていた、とエリィは語る。
その先代は50年の歳月を経てあの世へ去っていったのだが、その際いくつかの言葉を残していく。その中には“お願い”もあった。
彼女は焦るように言葉を紡いだ。
もうすぐ時が満ちるわ。ああ、もう時間がない。エリィ、よく聞いて頂戴。この先私と同じように『5蝶』の力を持ったものが現れるでしょう。だからね、困っていたら話を聞いてあげて?間違った方向に進みそうになったら、張り倒して正しい方へ導いてあげて?これが『私』の最後から二番目のお願い。
それは何故か確信に満ちたもので、予言のであった。もしかしたら同じ『蝶』同士何か感じとるものがあったのかもしれない。
「だからね、蝶の儀でもしかしたら貴女も選ばれるかもしれない。心してかかりなさい?」
懐かしげに目を細めていたエリィは、最後の部分でいつもの調子に戻って悪戯にウインクした。
元鬼姫で今も力を受け継いでいるラビナはあり得るわけない、と思いながらもはい、と返事をして、あれ、と思う。
「それが『最後から二番目』なら、一番最後はなんだったんですか?」
―――――エリィ、幸せになりなさい。王妃としてでなく『私』は『エリィ』が、私の自慢の義子が幸せになれることを何よりも祈っているわ。これが最後の願い。
「ふふ、ないしょ。」
そう笑うエリィは、とても幸せそうに見えた。
ご視聴ありがとうございます。
ようやく5蝶が書けた……。これなしではこの物語は語れないっていうぐらい大事なキーワードなのですが、なかなか書けずに苦戦しておりました。ここから本題に入っていけるといいなあ。
これからも宜しくお願いいたします。