11 エリィの懸念
そうして半眼の生暖かい眼差しを送りながら、エリィは思った。
この子なら前私が言った『目標』に届くぐらいの騒動を起こしそうね、と。
そしてそれは、王国中を巻き込んですごい騒動になりそうだわ、と。
そう思うと私達王族の地位も危ないかも、と考えを巡らすが、その危険とは裏腹にエリィは自分がわくわくしているのを自覚していた。
いや、別にエリィはこの国が嫌いなわけではないのだ。寧ろ民は生き生きとし、富は潤い、なんとも平穏なこの国、そしてエリィの前では頼りなくとも民の前では威厳があり、優しいが容赦ない陛下を愛している。
だがそれでも、面白いことには目がないエリィ。
とても面白そうな気配に目の輝きが止まらない。
ラビナはただのの王妃では収まらないだろう。
これだけの頭脳、行動力、そしてエリィと同じ行動原理を持って動くラビナは、いずれサハレルをも凌ぎ、女王として君臨するかもしれない。
普通ならそんな危険物資は若いうちに芽を摘んでおかなければいけないが――――
(もしこの子が私達を凌ぐのなら、私達はもっと自己鍛練を積み、追い越すだけよ。
危険物資が現れる度に芽を摘んでいたらきりがないわ。サハレルや私達が乗っ取られるなら、所詮その程度だったってこと。
それに彼女は王族には被害を及ぼしても、この国の不利益になることは出来ないでしょう、もし彼女が全力で王国を滅ぼそうとしても。
だって彼女はユートリア公爵家なのだから)
という若干能筋な思考によって取り消された。
と同時に、このレベルまで来たら教師は返って足手まといだ、という結論を出す。
本当なら本を読んで一から理解した方がいいのだ。それが一番思考でき、理解が深まるのだから。ただ通常は道具と時間があまりにも少なすぎるのだ。
しかし、幸いここにはその道具も、時間もたっぷりある。なら一番ラビナのためになる方法がよい。
将来の敵(?)に塩を送りまくるエリィである。
こうして、私も負けてられない!と公務にいつも以上にエリィが取り組んだことにより、少女をようやく抜け出したような女性と床に足が届かなくて足をぶらぶらさせている少女が男顔負けの緊迫感を持って机に向かっているという世にも奇妙な光景が出来上がったのである。
メイド達が恐怖の部屋、と恐れるのを、そうとも知らないラビナは悠々とお茶を頼んだ。
その際メイドの肩がビクゥッと揺れたのだが、読書に熱中しているラビナは気づかない。
カリカリカリカリペラカリカリ…
エリィの書類に何かを書く音、ラビナの本をめくる音、ふと何を思ったのかラビナはメモを取る、そうして再び本へ――――。
暫くして、エリィは筆を置いた。
公務が少し行き詰まって、なんとはなしに机を人差し指でトントントンと叩く。
そしてふと顔を上げるともうおやつ時であった。
もうこんな時間なのね、と苦笑いを浮かべる。夢中になると周りが見えなくなるのはエリィの悪い癖だ。
それでも戻ってきたのは……糖分が足りてないに違いない。
朝から今まで昼御飯もサンドイッチを軽く摘まんでずっと仕事をしてきたのだ、休憩のひとつやふたつしてもバチは当たらないだろう。
んぅぅーと大きく伸びをしてラビナの方を向くと、彼女もまた一冊、本を読み終わっていた。
机の端に綺麗に置いてあった本の山の内、二つの山は中央に移動してあった。残る山はあと一つである。
……何故かその山の横に二山ほど新たに 追加されているが。
次の本に取りかかろうとするラビナに、エリィは声をかけた。
「ラビナさん、アフタヌーンティーは如何?ケーキは食べたくないかしら」
「ケーキ………喜んで!」
甘いもの!とキラキラと紅色の瞳を輝かせるラビナは年相応に可愛らしい。
本を読んでいる姿を見てもなお、本当にこの子があの成績を…?と疑問に思うほどには。
エリィはラビナの向かいに座り、好奇心で問いかける。適当にそこに置いてあった本を取る。
「フラネスの誕生と結束~現代に伝わる先代の歴史~のP .123、5章の内容は覚えている?」
意地悪な質問だ。
そんな一度で覚えることが出来るはずがないし、そのときは覚えていても何十冊もある他の本の内容とごちゃごちゃになっている筈だ。
そもそも今回の目的はその存在を知ってもらい、今後の勉強が理解しやすいようにすることだ。
それでもラビナさん、なら―――。
そんなエリィの思考はお構いなしに、ラビナは眉を寄せて手を頬に寄せる。
ぶらぶらさせている足をふわふわのソファの土台にココン、コンと当て、暫くしてあ!と顔をあげた。
「『フラネス王国が出来たのは約200年前、大国ルーミルと、海づたいの島国アルデュール共和国を中心とした、第一次ユグリス世界対戦が勃発したときであった。民は戦争で命を散らし、物価は上がり、税すらも上げられたため人々は深刻な食糧難へと陥った。そこでーーー』」
「え?いやちょっと待って!! それ全部覚えてるの?!」
エリィが期待したのは、おおまかな内容を覚えることだ。初めて読んでできるなんてそれだけでも限りなく不可能に近いのに、文章ごと覚えているなんて、聞いてない。ーーいや、エリィ自身も気づいていないがページを指定してさらに章まで指定する何て並大抵のことではないのだ。それが時間をかければ出来ると思い込んでいるエリィもまた優秀なのだろう。
それなのに一度見ただけで覚えられるなんて――――。
「もしそんなことが出来るなら―――」
青ざめてラビナを見ると、ラビナもまた悪戯っ子の目をしている。
「優秀な諜報員に「悪役令嬢のセリフが全て覚えられる!!」」
「ん?」
「そう!この特技があれば!! 『乙女ゲーム』の『悪役令嬢ラビナ』に完璧になることが出来る!!」
「そのぞっとする笑顔も、見下したような視線も、怖い呪いのような言葉も! 全部全部『悪役令嬢』に!」
「………?」
「それから、ヒロインとの恋を邪魔して、王子を呪って、国外追放。それからそれから…」
目を輝かせて自分の世界から帰って来ないラビナに、エリィはきょとんと小首をかしげて、それから徐々に微笑ましいものを見るような笑みを浮かべた。
(きっとおままごとのことね。どれだけ賢くてもまだ五歳なのね、かわいいっ!)
嬉しくなってラビナのふわふわした猫っ毛ををなでる。
ラビナが?マークを浮かべながらも嬉しそうに目を細めるのが堪らなく、エリィは抱き締めた。
しばらく可愛いさを満喫していると、ふとあることに気がついた。
「ラビナさん。『蝶の儀』って受けた?」
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
これからも宜しくお願い致します。