【閑話】 セイラ姉上は王子様を手懐ける。
セイラ視点、前回の続きです。
「おい」
物思いに耽っていると声が聞こえた。
うん、今、貴方について考えてたのよ。
何せ私を気づかない内に殺して後日談とかでちょろっと話すような破滅フラグ様ですからね?
面倒くさいので相手にしないことにした。
大丈夫、ほっておいても死にはしないわ。
「おい」
うーん、今はちょうどユートリア領に入った所だから、あと一時間くらいはかかるかしら?
「おい、聞いてるのか」
お腹空いたわ…着いたら早速ご飯にしようかしら。この世界には休憩所がないから不便ね。
「お前」
いっそ休憩所を造ってみたらどうかしら?ユートリア領は商人や貴族の出入りが激しいから意外と儲けられるかも…。
「聞け!! 無視するな!!!」
サハレル王子が我慢できなくなったのか大声を出して立ち上がった。と、ともに馬車もガクンと揺れ、バランスを崩してよろけ、呆気なく座る。
折角怒ったのに台無しではないか。
セイラはクスクスと笑い、サハレル王子がギロ、とそっちを見ると何事もなかったかのように澄まして両目を軽くつむった。
それからようやくサハレル王子の方を向き、優しく微笑む。
「何でしょう?」
「何でしょう、じゃないだろう! 何故無視するんだ。俺を誰だか分かっているのか!」
「ええ、勿論です。サハレル・ルーク・フラネス王子殿下。しかし、私にはセイラという名前がありますわ。おい、や、お前、では分かりません。王子と名乗るならばそれくらいのことは出来なくては」
自分で種を撒いておきながら、王子と名乗るならば、という部分でピク、と反応したサハレルにセイラは鋭い視線を送る。
それは挑戦的でもあり、愉しげでもあり、王子の受けたことのないような、優しい『姉』の眼差しだった。
「王子、という言葉がお嫌いですか?」
「―――っ」
サハレル王子には、期待がかかりすぎている。
なまじ優秀なぶん余計にそれが強く、子供には大きすぎる期待が彼を押し潰そうとしているのだ。それが乙女ゲーム、延いては私の破滅フラグに関わっている。
こんな小さいときから国の安寧だのなんだの言われ教育を施されていたらそりゃあグレるし、他の子よりもずっと物事がうまくできてナルシストになるだろう。
結局最後に必要なのは努力で、それをサハレル王子は生まれたときから続けているのだから。
ならばその重圧を、孤独をを和らげれば良い。完全に取り去ることはできないけれど、隣で闘っている人がいると知ればいい。
ならば。この数年間は精神を癒し、支え、ヒロインとするように笑って遊ぶ――――
――――訳がない。そういうのは全て引っくるめてヒロインに丸投げすればいいのだ。
私はあくまで“破滅フラグ回避”がしたいのであって、ヒロインをサハレル王子から遠ざけたいのではないのだから。
妹が可哀想?知らないわ。それはラビナが勝手にすればいい話だもの。
だいたい誰があの子がサハレル王子に恋をしていると思うのか。一番初めに二人が目を合わせたときラビナがサハレル王子に哀れみの目を送ったのを、私が気づいていないと思って?
まあ、処刑されそうになったらなったで力ずくで出てこれそうだし…むしろその状況を楽しんでいそうだわ……。
それにしても、ゲームではラビナは一目惚れしているところだったのだけれど、何故そうならなかったんだろう?
前世の記憶を持っているからかしら?
それとも私がゲームの話をしたからかしら?
原因は分からない。でもこれで『シナリオは変えられる』ことがわかった。
強制力はないのかもしれない、という可能性も見つけた。
気になることは山ほどある。それは後々検証するとして、今私にできることは一つだけ。
「ならば先より貴方の『姉』となった私が、貴方を“ただのサハレル”として鍛えて差し上げましょう」
「姉……?」
「ええ。言っておくけれど、ラビナが貴方の婚約者になったからじゃないわよ」
どういうことだ、といぶかしむように言うサハレル王子に、エリィ様が言っていたでしょう?『あの子のことは家族同然だと思ってくれていいからね。』と。、と悪戯気に言う。まあ非公式だし、私たちの中だけだけど。
冗談じゃなかったのか、という反論が返ってきたが、王妃様がそんな冗談言うと思う?と笑った。
―――言わないとは限らない、あの母上だからな、と返されたのは予想外だったが、言われてみればあのエリィ様ならばやるかもしれない。
面白いこと大好きだからな、あの方。良くも悪くもラビナと気が合いそうだ。――あの二人のストッパーとなる王宮の人達には無事を祈っておこう。
まあそんな冗談(?)は置いておいて、一応サハレル王子は納得したらしい。
「じゃあお前を姉、として扱えば?」
あら、もっと暴れて何でお前が姉なんだ!!!とかいうと思ったんだけど。
素直は良いことね。でも一つだけダメなとこがある。
「お前、じゃない、セイラよ。それとお姉様、とつけて頂戴。」
これはサハレル王子じゃなく、弟サハレルへの願い。 前世の弟は私のことを名前呼びだったから、羨ましかったのよね。
前世は二人の弟がいたから、ある程度扱い方がわかる。生意気なとこも、すぐ拗ねるとこも似ているのだ。
だからこそ、
弟が姉に勝てないことも知っている。
「なんでそんな…」
「あら?サハレルはそんなことも許容出来ない心の狭い人なのかしら。」
挑発するように言う。
どうやらこの子は“サハレル”と呼ばれることに弱いらしい。エリィ様以外に呼ぶ人がいなかったからかしらね。陛下は名前を呼ぶ、どころか私的な会話は片手で数えられるほどしかしたことないらしいし…。自分という存在が認められて嬉しいのだろう。
でもね、サハレル。弟は姉に弱味を握られてはいけないのよ?
あっという間に手の平で転がされてしまうから。
「ぐっ………セ、イラ………………姉、上」
ほら、こんな風に。
「はい、良くできました」
満面の笑みでサハレルの頭を掻き撫でると、痛い、と顔をしかめながらも耳を赤くしていた。
あら、うちの弟可愛い。
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