1 プロローグ
はっはっはっ……、息が切れる、気持ち悪いしんどいもういやだっ…………それでも私は止まらない、止まれない。
雨で泣き崩れたようにぐちょぐちょになった地面を蹴り、私は茂みに飛び込んだ。
いまにも飛び出しそうな心臓に手を当て、息を抑えようとして抑えきれずに息を止めた。
長い間部屋に籠りっきりだった足は上手く動いてくれず、今にも四肢はち切れそうだと悲鳴をあげている。
それでも何とか気配を消し、茂みの向こう側の様子を伺う。
「おい、見つけたか?」
「ダメだ、いない」
下っ端の兵士の声を聞いてほっと息をついた。
どうやら未だ見つかってないらしい。
このままじっとしていれば―――
――ビィィン
鈍い音が頬を掠めた。掠めたところには小さな切り傷ができ、赤黒い血がゆっくりと流れる。
状況を把握できず恐る恐る振り向くと、一本の矢が微かに先端を赤に染め背後の木に刺さっていた。
「ひぃぃいっ」
本能的な、殺される、という恐怖に、なけなしのプライドと理性が、染められていく。
「見つけた」
「お兄、さ、ま……」
純白な笑顔をした兄は返り血を浴びていてもなお美しくて。
その笑顔が何よりも気持ち悪かった。
怖くて、気持ち悪くて、目の前がぐらぐらする。
そんな感覚を振り払うように目をそらすと、ふと兄の後ろにいる誰かと視線が交わった。
それはこの世のものを見ているとは思えないような軽蔑した眼差しで。
まるでその憎悪の視線の数々に射殺されそうで。
目線を数度左右に動かし、やがて下を向いて俯いた。
何故兄は私をこんな目に。
何故何故私には誰もいなくて。
何故何故何故兄にはそんな当たり前のようについているの――?
ねぇ、あなたたちは昨日までずっと一緒にいたじゃない、お嬢様可愛いです、って誉めてくれて。
あまり無理はなさらないように、ってホットミルクを差し入れてくれたじゃない。
それなのに何故……何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故――――――――――。
「鬼姫が邪魔なんだ」
ぼとり、と、ナニカガ、落ちた、音がシタ。
暗転。
ご視聴ありがとうございました。