表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ヒマワリ

作者: 榎木津 穂積

 「悠君。まだ咲かないヒマワリを育てているの?」


 「あぁ、もうすぐ咲きそうなんだ。」


 「ねぇ、まだ好きなの?」


 「あぁ、付き合うことは叶わなくても、ナツのことを好きでいることはいいだろ。」


 夏のうだるような暑さと、額に滲む汗が私をより一層不愉快にする。聞き飽きた蝉の合唱が、途切れた会話の隙間に流れ込んで、私の言葉を喉の奥に押し込める。


 「もう…」


 「わかってる!ナツが、もう、居ないってこと。」


 「悠君…。」


 「あの日、俺が海に行こうなんて言わなかったら、ナツが死ぬことはなかったんだ。」


 ナツ。夏奈は、高校生活で一度も夏休みを経験することなく死んだ。夏休み前の休日に、悠君と二人で出掛けた海で沖に流されて溺死した。その日は夏奈の誕生日で、十六歳の誕生日は命日にもなってしまった。


 ヒマワリの花が好きだった夏奈は、夏休みの自由課題のテーマにヒマワリを使うのだと言っていたようだった。しかし、ヒマワリの花は咲くことなく、もうすぐ夏休みが終わる。


「悠君の所為じゃないよ。だから、そんなに自分を責めないで。」


「ナツの四十九日までには、咲きそうなんだ。」


 ヒマワリの蕾は固く実を閉じていて、葉は枯れかけている為、素人目に見ても咲く気配はない。


「四十九日ってもう明日だよ。もう、咲かないよ。」


「そんなこと言わないでくれよ。最後にもう一度笑って欲しいだけなんだよ。」


 俯いた顔に影が差す。汗と混じって涙が流れているが、気がつかないフリをした。


「悠君が笑ってないと、私は笑えないよ。」


 顔を上げた悠君は、絶望を叩き付けられたような顔をしていた。頬を流れる涙を隠そうともしなかった。


「笑って?悠君。」


「ナツ…俺を恨んでくれ。」


「好きな人を恨むなんて、出来ないよ。」


「まだ、逝かないでくれよ。」


「明日までに行かなきゃいけないから。もう行かなきゃ。」


「ナツ、好きだ。死ぬ前に言いたかった…。」


「私も好きだよ。」


 悠君の腕が私を抱きしめようとするが、その腕は空しく体をすり抜ける。


「悠君、笑って?笑ってバイバイしよう。」


 悠君の頭に手を伸ばしても、触れることは叶わなかった。


「悠君、バイバイ。」


 私にできる最高の笑顔で別れを告げる。


「ナツ…バイバイ。」


 涙に塗れた顔を歪ませて、悠君は笑ってくれた。








 蝉の鳴りやまない或る夏の日の出来事だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ