ヒマワリ
「悠君。まだ咲かないヒマワリを育てているの?」
「あぁ、もうすぐ咲きそうなんだ。」
「ねぇ、まだ好きなの?」
「あぁ、付き合うことは叶わなくても、ナツのことを好きでいることはいいだろ。」
夏のうだるような暑さと、額に滲む汗が私をより一層不愉快にする。聞き飽きた蝉の合唱が、途切れた会話の隙間に流れ込んで、私の言葉を喉の奥に押し込める。
「もう…」
「わかってる!ナツが、もう、居ないってこと。」
「悠君…。」
「あの日、俺が海に行こうなんて言わなかったら、ナツが死ぬことはなかったんだ。」
ナツ。夏奈は、高校生活で一度も夏休みを経験することなく死んだ。夏休み前の休日に、悠君と二人で出掛けた海で沖に流されて溺死した。その日は夏奈の誕生日で、十六歳の誕生日は命日にもなってしまった。
ヒマワリの花が好きだった夏奈は、夏休みの自由課題のテーマにヒマワリを使うのだと言っていたようだった。しかし、ヒマワリの花は咲くことなく、もうすぐ夏休みが終わる。
「悠君の所為じゃないよ。だから、そんなに自分を責めないで。」
「ナツの四十九日までには、咲きそうなんだ。」
ヒマワリの蕾は固く実を閉じていて、葉は枯れかけている為、素人目に見ても咲く気配はない。
「四十九日ってもう明日だよ。もう、咲かないよ。」
「そんなこと言わないでくれよ。最後にもう一度笑って欲しいだけなんだよ。」
俯いた顔に影が差す。汗と混じって涙が流れているが、気がつかないフリをした。
「悠君が笑ってないと、私は笑えないよ。」
顔を上げた悠君は、絶望を叩き付けられたような顔をしていた。頬を流れる涙を隠そうともしなかった。
「笑って?悠君。」
「ナツ…俺を恨んでくれ。」
「好きな人を恨むなんて、出来ないよ。」
「まだ、逝かないでくれよ。」
「明日までに行かなきゃいけないから。もう行かなきゃ。」
「ナツ、好きだ。死ぬ前に言いたかった…。」
「私も好きだよ。」
悠君の腕が私を抱きしめようとするが、その腕は空しく体をすり抜ける。
「悠君、笑って?笑ってバイバイしよう。」
悠君の頭に手を伸ばしても、触れることは叶わなかった。
「悠君、バイバイ。」
私にできる最高の笑顔で別れを告げる。
「ナツ…バイバイ。」
涙に塗れた顔を歪ませて、悠君は笑ってくれた。
蝉の鳴りやまない或る夏の日の出来事だった。






