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10年ぶりに……

10年ぶりに帰郷したエセ紳士が姉に付きまとってるんだがどうしてくれよう

作者: 燦々SUN

※短編『10年ぶりに帰郷したら初恋の人が悪女(笑)になってたんだがどうしてこうなった』の続編で、『10年ぶりに光を取り戻した~』シリーズの第5弾です。

 俺の名はファルト。

 しがない鍛冶屋の息子だが、家業を手伝う傍ら、腕っ節の強さを活かして流しの用心棒をしたりもしている。

 今日も夜の酒場の用心棒を終え、親父に昼まで半休をもらって部屋で寝ていると、隣の部屋から華やいだ女の声が聞こえてきた。


(んだよ、こっちは徹夜明けでねみぃーってのに。この声は……ミリアか。また姉貴に会いに来てんのか)


 聞こえてくる声は、俺の5つ上の姉であるファリンと、その親友のミリアのものだった。

 2人の、特にミリアのテンション高い声が、部屋の壁を通り抜けて聞きたくもないのに耳に飛び込んでくる。


『あっ、また動いた』

『へぇ、妊娠5カ月にもなると分かるようになるのね』

『えへへ、生まれてくる前から元気だねぇ~。男の子かな?』

『ミリアとしてはどっちがいいの? 男の子か女の子か』

『うぅ~ん…………やっぱり男の子かな?』

『へぇ、それはやっぱり、ウィルに似た息子が欲しいから?』

『それもあるけど……もし女の子が生まれたら、私が嫉妬しちゃいそうだし』

『はい?』

『もしウィルが娘を溺愛したりしたら……私は母ではなく1人の女になるわ』

『怖っ!!』


こええよ!)


 思わず俺も内心でツッコんでしまう。


(娘に夫の愛情を奪われるのがそんなにイヤか! 大体、妻に向ける愛情と娘に向ける愛情は似て非なるものだろ!!)


 まさか実の娘に嫉妬するとは……相変わらず、ミリアは夫への愛情が限界突破して別次元に行っているらしい。


 無邪気な口調で、しかし完全に真剣(マジ)なトーンで放たれたあまりにも重いセリフに、思わず俺の眠気も吹き飛ぶ。


 というか大丈夫か? 姉貴。

 いい加減幸せオーラを浴び過ぎて死ぬんじゃねぇか?


『ま、まあとにかく、無事に生まれてくるのが何よりよね』

『そうね。ところで……』

『なに?』

『ファリンはまだ結婚しないの?』

『ぐむっ!?』


 なんか変な音出た。


『私はファリンの子供も見てみたいなぁ』

『そ、そうね……ちょっとまだ、子供とかは考えられないカナ?』

『え……? でも、ファリンってこの前の誕生日で22よね?』

『うぐぅ! ……そう、ね』


 ああ、姉貴の心が無邪気にえぐられていく。


『ファリンはモテるから余裕があるのかもしれないけど……。もうそろそろ考えた方がいいんじゃない?』

『ソ、ソウネ…………』


 もう、やめて差し上げろ。

 姉貴の心が死んでしまうだろうが。悪意がない分、余計タチが悪いわ。


『ほら、あの人はどうなの? 最近ファリンとよく一緒にいる、マレーン商会のところの店長さんは?』


 聞こえてきたミリアの声に、俺もピクリと反応する。


 マレーン商会が出店している、この町の店の店長。

 名前は……あれ? なんつったっけ? あれ? アレ?


『……アレクのこと?』


 そう、アレクだ! たしかにそんな名前だったな、あのエセ紳士!


 そいつは、最近姉貴に付きまとってる男だ。

 その昔、モテにモテまくって調子に乗った姉貴が、遊び半分で付き合ってこっ酷くフッた男の1人……らしい。

 よく知らないが、最近この町に戻って来たらしく、それ以来ことある毎に姉貴にちょっかいを掛けて来るのだ。


 初めて会った時、俺はその男を、姉貴に復讐するために姉貴を襲おうとでも考えてる輩かと思った。

 実際過去にはそういう輩が結構な数いたので(1人残らず俺がシメたが)、今度もまたその同類かと思ったのだ。実際本人も否定しなかったし。


 なので、警告も込めてとりあえず1回ボコッたのだが、あいつは懲りずにまだ姉貴に付きまとっている。

 しかし、特に強引なアプローチをしている訳ではないようなので、今のところは放置している。

 まあ姉貴も邪険にはしてても、嫌がってはいないみたいだしな。あのエセ紳士が何を考えてるか分からないのが気になりはするが。


『あの人は……別になんでもないわよ。昔付き合ってたことがあって、久しぶりに再会したからそのよしみで遊んでいるだけ』


 物は言いようだな、おい。


『ふえぇ~~……なんか大人な感じ。流石はファリン』


 そしてあっさりと騙されるミリア。素直か。


『……ぐふっ』


 そしてその純粋な目に勝手にダメージを食らう姉貴。みじめか。



* * * * * * *



 その後、しばらくおしゃべりをしてからミリアは帰って行った。


 帰るミリアを見送った姉貴が部屋に戻って来たところで、姉貴を訪ねる。


「お~い姉貴ぃ~、生きてるかぁ~~?」


 そう呼びかけながら部屋に入ると、部屋のテーブルに姉貴が突っ伏していた。無理しやがって……。


「返事しろよ。死んでんのか?」

「生きてるわよぉ~~……ううん、生きながらにして死んでる、かしら?」

「なんだそりゃ」

「はぁ~~あ、私って何の為に生きてるのかしら?」

「さあな、納税じゃね?」

「シビア~~」


 だいぶ重症だな、こりゃ。

 切り返しに全く覇気がない。


 姉貴のあまりにもダメな姿に思わず溜息を吐いていると、玄関の扉がノックされた。

 それと共に、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「……おい、姉貴。またあいつが来たみたいだぞ」

「ん~~? 今は誰にも会いたくにゃい」

「……あっそ」


 もう一度溜息を吐きつつ、玄関に向かう。


「はいはい、今開けますよっと」


 そう呟きながら玄関を開けると、今日も今日とて一張羅をビシッと着こなしたエセ紳士がそこに立っていた。


「やあ、ファリンはいるかな?」


 無駄に爽やかな笑顔を浮かべながら、エセ紳士がそう言う。


「いるにはいるっすけど……今はちょっと……」


 それに胡散臭いものを見る目で返しつつそう言うと、エセ紳士は軽く片眉を上げてみせた。

 ……そんな仕草がいちいち芝居がかっていて胡散臭いのだが。


「どうしたんだい? もしかして風邪かい?」

「まあ……体調不良ではあるっすかね……」

「それは大変だ! お見舞いをさせてもらっても?」

「いや、それはちょっと……」


 流石に姉貴も、あんな姿を他人には見せたくないだろう。


 そう思っての発言だったのだが、この男はそうとは思わなかったらしい。


「なるほど。『姉に会いたいならば、まず俺を倒して行け』と。……つまりはそういうことかな?」

「は?」

「いいだろう。この前は負けたが、今度は負けない。俺の本気を見せてあげようじゃないか」


 そんなことを言って、なんか勝手にファイティングポーズをとり出した。

 人の家の玄関先で何やってんだコイツ。


「……おい、なんか落としたぞ」

「え?」

「ふんっ!!」

「ぐごぁっ!!」


 男が反射的に下を向いた瞬間、その顎を一撃でかち上げる。

 ……まさかこんな単純な手に引っ掛かるとはな。

 多少の訓練は受けているのかもしれないが、喧嘩慣れしてなさすぎだろコイツ。


 とりあえず、浮かし技からの空中連打を叩きこんで、道路の端に転がしておいた。

 ……コイツは一体何がしたかったんだ? ただのマゾか?



* * * * * * *



 ―― 数日後


 俺が鍛冶師の仕事を終えて帰途についていると、道路の端の方でもめごとの気配がした。


 そちらを見ると、腰に剣を差した傭兵と思われる男達が、誰かを半円状に取り囲んでいるのが見えた。


「いいからちょっと付き合えよぉ」

「一緒に飯食うだけだって。おごるからさ。な?」


 聞こえてくるだみ声から察するに、どうやら酔漢が女に絡んでいるらしい。


 しかし、俺には関係ない。

 用心棒の仕事中ならともかく、こんな往来でのもめごとにまで首を突っ込む気はない。


 ……そう、首を突っ込む気はなかった。

 男達の間から覗く、燃えるような赤毛を見るまでは。


「あいつ……っ!」


 男達に絡まれてるのは、俺の姉貴だった。


「はあ……」


 身内とあっては放ってはおけない。

 溜息を吐きつつ、助けに行こうと足を向けたところで――――


「その辺にしておいた方がいいんじゃないのかい? 嫌がってるじゃないか」


 エセ紳士が、男達の間に入った。


「ちょっとアンタ……」


 驚く姉貴を背に庇い、5人の男達と向かい合う。


「ああ? んだおめぇ?」

「このの友人だよ。そして、マレーン商会の会長の長男でもある」

「あぁ~ん? 会長子息様ぁ?」


 エセ紳士としては、自分の肩書をチラつかせて穏便にこの場を収めようとしたのだろう。

 しかし、この酔漢達相手にはどうやら逆効果だったらしい。


「けっ、苦労知らずのお坊ちゃまかよ。むかつくぜ」

「女の前でいいカッコしやがってよぉ。気取ってんじゃねぇぞ!」


 1人の男が、いきなりエセ紳士の頬を殴りつけた。


 鈍い音が響き、姉貴が小さく悲鳴を上げる。

 しかし、エセ紳士は落ち着いた表情で男達に語り掛けた。


「……気は済んだかい? だったらそろそろ解放して欲しいんだが。今の一撃は、酔っ払ってのことだと目をつぶろう」

「チッ、澄ました顔しやがって……いちいち気に障るんだ、よ!!」

「商人なら、店で大人しく金勘定してなっ!!」


 男達が次々とエセ紳士……アレクに暴行を加える。


 しかし、アレクはかたくなに姉貴を背に庇ったまま、棒立ちでその攻撃を受け続けた。


「もうやめて! アンタもなんで反撃しないのよ!!」


 姉貴の悲鳴交じりの言葉に、アレクは肩越しに笑って返す。


「ははっ、ここで乱闘になったら……君を巻き添えにしてしまうだろう?」

「……っ!!」


 その言葉に、姉貴は唇を噛み締めて俯いた。

 そして俺は――――


「カッコつけてんじゃ――」

「死ね、ゴミが」


 背後から、男の1人の股間を容赦なく蹴り上げる。


 急所への完全なる不意打ちに、その男は声もなく崩れ落ちた。

 それと同時に、他の4人がこちらに振り返る。


「なんだてめぇ!!」

「いきなり何しやがる!!」

「このクソガキ!!」

「てめ……ん? お前まさか……“浮かしのファルト”か?」


 男の1人が、思い出したようにそう言う。

 ちなみに“浮かしのファルト”は、俺の得意技である空中連打から名付けられた、用心棒としての称号みたいなもんだ。


「俺のこと知ってんならとっとと消えろ。今なら見逃してやるよ」


 アレクの怪我が気がかりだったのでそう言ったのだが、それを無視して4人の中で一番の巨漢が俺の前に立ち塞がった。


「知ってるぜ? 下からの打ち上げ技が得意なガキだろう? だがよぉ……果たして俺を浮かせられるかな?」

「あ?」


 たしかに、目の前の男は縦にも横にもデカい。

 しかも剣だけでなく、簡素な皮鎧まで装備しているおかげで、合計体重はかなりのものだろう。

 これでは俺でも浮かすことなど出来ない。だが――――


「そこまでしか知らないなら教えてやるよ。俺が浮かし技を使ってる内は、相手に配慮してやってるんだってことをな」

「はあ?」


 間抜けな声を上げている男に向けて、全力で右拳を振りかぶる。


 鍛冶師の端くれである俺にとって、最も慣れ親しんだ動作は何か?


 それは当然、振り下ろす(ハンマーを振るう)動作だ。

 何回も繰り返して鍛えられたこの動作が、一番力が入る。

 だからこそ、普段の喧嘩ではこの技は封印していた。


「だりゃあ!!!」


 気合い一閃。


 全力で振り下ろされた俺の右拳は、一撃で男の鎖骨を粉砕した。


 汚い絶叫を上げながら倒れ伏す男を無視し、残りの3人に目を向ける。

 3人の男は、完全に酔いも醒めた様子で怯えていた。


 だが、まあ関係ない。

 今更後悔したところでもう遅い。


「傭兵なら、彼我の実力差くらい見抜けよな」


 そう呟いて、俺は再び拳を振りかぶった。



* * * * * * *



「アレク! 大丈夫!?」


 残りの3人も全員沈めたところで、アレクがその場に膝をついた。

 すかさず姉貴がしゃがみ込んで、アレクを気遣う。


 その2人を見て、俺は――――


(なんだよこいつら……お似合いじゃん)


 自然とそう思った。


 俺は、アレクのことを勘違いしていたのかもしれない。


 過去に何があろうと、コイツは姉貴を守るために、剣を持った傭兵5人の前に立ち塞がったんだ。

 それは、安っぽい紳士の矜持や、歪んだ復讐心なんかで出来ることではない。

 コイツはきっと、なんだかんだで姉貴のことを……


(……これ以上は無粋か)


 この2人がどこまで行くのかは知らないが、きっと悪いようにはならないだろう。

 もしかしたら、ようやく姉貴にも春が来たのかもしれない。


(よかったな、姉貴。ギリギリ婚期を逃さずに済むかもしれないぜ)


 そんなことを考えながら、その場を離れようとしたところで――――


「うっ……」

「アレク?」

「うぶっ、お」



☆ ☆ ☆ 自主規制 ☆ ☆ ☆



「「……」」

「ふぅ……すまない。ちょっと酒を飲んでいてね。今ので酔いが回ってしまったみたいだ。ははっ」


 青白い顔をして、ハンカチで口元を拭いながらそんなことを言うが……。


 いや、どう見てもさっきの攻撃が今になって効いてきただけだろ。

 姉貴を守り切るまで耐えてたのは立派かもしれんけどさぁ……。

 ……何かもう色々と台無しだよこのエセ紳士!!




「……アレク」

「ん?」

「……鼻からゲロ出てる」

「……」




 ……どうやらまだまだ道のりは長そうだ。

これで、『10年ぶりに光を取り戻した~』シリーズは完結です。今度こそ完結です。もう書きません。ホントです。

単発短編のつもりが、まさか5話も書くことになるとは……。後半、もう聖女とか関係なくなってたし……。



次回作は『10年ぶりに足を取り戻したら~』で、全くの新作短編になる予定です。

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― 新着の感想 ―
え~い、さっさとくっついちゃえよ、お前ら!
[良い点] お似合いじゃねーですか [一言] はよ結婚しろ
[良い点] この作者なら次回はきっとこうなるはず… 「10年たって女っぽくなってきたので我慢の限界になり世界は嫉妬の炎に包まれた」(ホラー)
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