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これぞ『アニメ化!』(前)

「おい、ウスノロ野郎!」

 口ぎたなく罵って、筋肉男に突き立てた中指を見せつける。しかし、それが侮辱を示すハンドサインだとは理解されなかったようだ。

 筋肉男は首をかしげながら、俺を見下ろした。

「なんだぁ、お前は?」

「お前を倒す者だよ」

 俺は親指を立てて自分の首を掻っ切るしぐさをする。今度は挑発だと理解されたようだ。

「ああん? 俺を倒す? 面白いこと言うじゃないか」

 筋肉男はのっそりと体の向きを変えた。しかし、少女の体を下そうとはしない。

「おいおい、その子をおろしたほうがいいんじゃないのか? まさか、片手で俺に勝つつもりか?」

 さらなる俺の挑発に、なんと筋肉男はにやりと笑った。

「はは、このガキは、こうやってつかむんだよ」

 男は少女の後ろ襟をつかんで、その小さな体を俺に向かってグイッと掲げて見せる。なるほど、人盾に使おうという魂胆か。

「くっくっく、まさかこのガキごと俺をぶっ飛ばしたりはできねえだろう?」

「ゲスの極みだな」

 俺は「ふっ」と笑いを吐き出し、それから拳両足を踏ん張り、いかにも奇跡の業を使うにふさわしいポーズを決めた。

「まあ……アニメの中のヤラレ役ってのは、ゲスいものだ。お前のようにな」

 能力の内容も、使い方もわかっている。ここが異世界で、自分が転生時のギフトとして能力を与えられたことも疑ってはいない。

 だが……世界の設定を書き換えるなどという奇想天外な能力を、俺が本当に使いこなせるのだろうか。

「ま、悩んでも仕方ないか」

 俺は大きな声で叫ぶ。

「フィールド展開! バトルアニメっ!」

 本当はそんなことをしなくとも能力は発動できるのだが……雰囲気というやつだ。

「この能力により、世界は退廃と暴力の世紀末設定となるっ!」

 ありとあらゆるものに深い影が差して、劇画調の雰囲気があたりに漂い始めた。筋肉男も例外ではなく、先ほどよりも筋肉の凹凸が目立つ深い影を纏って禍々しい。

 俺はその筋肉男を指さして唇の端をあげた。

「光栄に思え、お前にはただのモブではなく、ヤラレモブという設定をつけてやった」

「な、なにぃ? わけのわかんないこと言いやがって!」

「いいぞ、いかにもヤラレ役らしいセリフだ」

「こ、こっちにはこのガキがいる、忘れたのかぁ?」

「ふん、そういうのをフラグというんだ」

 俺は奇声をあげて、拳を繰り出した。

「ふあちゃぁあああ!」

「ぐべらっ!」

 意味不明な断末魔をあげたのは、もちろん筋肉男だ。俺の拳は針の穴を通すかが如く的確さで少女を避け、筋肉男の分厚い胸筋を砕いたのだ。

 男は少女を捕まえているどころではなく、情けなく両手を広げて吹っ飛んでいった。手放された少女はわずかに土ぼこりをあげて往来に転がったが、大丈夫、こういうアニメでは助けられた美少女は無事であるというのがお決まりのパターンだ。

 俺はジャリっと足元のあれた砂を踏んで筋肉男に迫った。

「命まではとらないでやる。さっさと消えろ」

 渋く低められた俺の声に戦いて、筋肉男は這いながら逃げて行った。

 俺はすっかり緊張も解けて、口調もいつも通り……。

「ふう、こんなもんっすかね」

 世界に深くかかっていた陰影が薄れ、おもちゃ色の街並みが華やいだ。今まで世紀末に疲れた民衆モブとして動きもしなかった野次馬たちが、急に俺に向かって賞賛の声を上げ始めたのだ。

「すげえな、兄ちゃん!」

「なんだ、いまの、なあ、どうやったんだ?」

 俺はそんな野次馬たちを無視して、道に這いつくばっている少女に向かって片手を差し出す。

「ケガはないか?」

 少女ははにかみながら俺の手を取り、そして礼を言った。

「うん、大丈夫や。お兄ちゃん、おーきに」

 いま一度言おう、俺にロリコンの気はない。しかし、年端もいかぬ少女の方言というのは、こう……ぐっとくるものがある。

 少女はさらに、純情無垢な笑顔を浮かべて、屋台の果物を両手いっぱいに抱えた。

「これ、お礼や、もってってぇや」

 可憐な少女からの感謝をもっと堪能したかったのに、野次馬たちは容赦ない。少女を押しのけて俺を取り囲む。

「いやあ、兄ちゃん、強いねえ、良かったらウチの用心棒にならないかい?」

「いや、そいつの店はシケてるぜ。用心棒をするならウチの店にしなよ!」

 なんと、女神までもが民衆に紛れて俺に迫る。

「お兄ちゃん、強いねえ、その勢いで世界を救ってみないかい?」

「騙されないっすよ」

「あ、やっぱりですか?」

「ともかく、俺は面倒ごとが嫌いだって言ったっすよねえ? これ、何とかしてほしいっす」

「あ、はい、私の神殿まで空間転移します。私につかまってください」

「こうっすか?」

 女神に取りすがった俺の体に、さらに屋台の少女が飛びついた。

「どこに行くんや、まだお礼は済んどらへん」

「ま、待つっす、これって一緒に転移しちゃったり……」

「ああぅ、ダメです、転移始まっちゃいました!」

「うちはどこまでもついていくで~」

 こうして俺たちは、女神の転移で街を脱したのであった。


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