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ありきたりな転生(後)

 街はファンタジーの世界にはありがちな中世ヨーロッパ風……

「ったって、映像作るには困るっすよね。う~ん、俺の主観でいうなら『色とりどりの小さなおもちゃをぎっしりと並べたようなオランダの街並みによく似ている、ただしここには運河はないが』ってところっすかね」

「誰に話してるの?」

「ああ、気にしないでほしいっす。そういうメタな発言も主人公の務めかなと思っただけっす」

「め、めた?」

「俺の世界ではよく知られてる言葉ですが、女神さまはこっちの人なんで、こういうコアな言葉は知らなくていいと思うっす」

「こ、こあ……あなたの話って、すごく難しいわよね」

 俺はこの言葉に深く傷ついた。石畳の上に足を止め、深くうなだれる。

「やっぱり、難しいっすか……」

「え、ええっ、そこまで落ち込んじゃうようなこと?」

「いや、元いた世界でもですね、俺が話に加わると座が白けてしまうことが良くあったっすよ。つまりあれって俺の話が難しくて面白くなかったってことなんすかね」

 女神は両手を振り回し、冷や汗を飛び散らかしながら俺の顔を覗き込む。

「いやいやいや、難しいけど、面白くないわけじゃないから! むしろ私の方が不勉強でごめんなさいって感じだし!」

「ホントに?」

「ホントに!」

 俺はこれですっかり自信を取り戻した。

「いやあ、なんだ、そっか~、よかったっす」

「じゃあ、この世界の説明、始めてもいいかしら? まずこの街だけど、ここが……」

「あ、そういうのいらないっす」

「どうしてよ!」

「文明の発達していなさそうなことは石畳に石造り、電線の一本もない町並みからわかりますし、通行人を見れば大体の人口構成もわかるっすよ。例えば、あそこを歩いているおばさん……」

「うん、普通の街の人ね」

「ずいぶんと厚ぼったい布の服を着ている、あれ、麻でしょ。しかも手織りだから分厚くしか作れない、つまり機械の文明はいまだ訪れていない程度の世界」

「すごい、服装だけでそこまでわかっちゃうの?」

「ファンタジー物のアニメっていうのもかなりの数を見たっすからね、基本的な設定は一通り網羅してるっスよ」

「せ、設定ね……」

「大体が、最近のファンタジーは設定が甘いっす。ファンタジーの醍醐味を楽しみたいなら骨子である世界観の設定が……」

「はい、ストーップ! ねえ、あそこ、見て」

「あ、ああ、なんだか騒がしいっすね」

 俺たちからさほど離れていないところに、人だかりができていた。

 かき分けて進めば、その中心は小さな屋台一面に色とりどりの果物を並べた露店で、その店番だろうか、小学生くらいの女の子が屋台をかばうように両手を広げている。髪の毛の一部を顔の横でぴょこっと結んだ、ひどく可愛らしいロリだ。

 少女は必死の形相で何かを叫んでいた。

「お願いです、どうか、どうか見逃してください!」

 少女が対峙しているのは、小山のように大きな筋肉まみれの男である。こいつは着るもののサイズが合わないのか上半身裸で、いかにもモブ悪党を思わせる地味に不細工な顔だちであった。

 そいつがにやにや笑いながら、少女に顔を近づける。

「いけねえなぁ、ここで商売がしたいなら、納めるもん納めてもらわねえと」

「い、いくらですか?」

「六万エーヌだ」

「そ、そんなにお金、無いです」

「じゃあ、強制撤去だな」

「勘弁してください、お願いです!」

 ラプラスが俺の袖を引いた。

「ねえ、助けてあげましょう」

「どうやって?」

「あなたの能力で。神にも等しき能力なのよ、あの程度の悪党、ちょちょいのちょいなんだから!」

「嫌っすよ。めんどくさい」

「面倒じゃないって、本当にちょちょいのちょい、腕試しにもならないくらいだから! ね、戦うだけ、戦うだけ」

「『動かさないからもっと奥までいい?』みたいなかんじになってきたっすね。でも、嫌っす」

「意固地ねえ。いまここで、あの子を救えるのは、あなただけなのよ!」

 確かにこの場を取り囲む野次馬たちは誰一人動こうとはせず、完全に背景というモブになりきっている。だけど、オレもどちらかといえばそのモブの群れに混ざりたいのだ。あんなに筋骨隆々とした悪党と戦うという行為自体がすでに面倒くさい……。

 しかし女神は必死の形相で、ついに俺の胸元に縋りついた。

「ね、試しに戦ってみようよ、一回だけ、一回だけだから!」

「嫌っすよ、それって『一回だけね♡』って許したら、その後ずーっと、頼めば抱かせてくれる都合のいい女扱いされるパターンじゃないっすか」

 俺は容赦なく女神を振り払った。

「てか、あの子の親は? こんな状況で自分の子を助けに来ないとか、薄情っすね」

 俺が聞くと、女神は唇をかむ。ひどく悔しそうな顔で。

「おそらく、いないわ」

「いないって、どういうことっすか」

「いないっていったら、いないのよ。あの子はきっと、戦災孤児でしょうね」

「戦災……つまりこの世界には戦争があるってことっすね」

「そうよ、永く昏き戦い……この街は王城に近いからまだましだけど、それでも親を亡くした子は少なくないわ」

「悲惨な世界っすね」

「だからこそ! あなたの力が必要なのよ! あの子を助けるのがその第一歩! さあ!」

「『さあ!』じゃないっすよ。嫌なもんは嫌っす」

 俺はあくまでも拒否の姿勢を崩さない……つもりだったが、ちょうどその時、とんでもない光景が目の端に見えた。筋肉男が少女に向かって腕を振り下ろしたのだ。

「おらあ!」

「きゃああ!」

 小さな体は突き飛ばされ、屋台に並んだフルーツの山に突っ込んで倒れた。

 さすがの俺も、これには怒りを禁じえない。俺はロリコンではないが、だからといって稚い子供が目の前で暴力を振るわれているのを見過ごせるほど冷酷でもないのだ。

 俺は怒りのままに声を張り上げる。

「ラプラス、教えろ、俺の能力ってやつをな!」

 いきなり口調まで変わったオレに驚いたか、女神の反応が一拍遅れた。

「は?」

「戦うんだよ! さっさと俺に能力の使い方ってのを教えろ!」

「え、はい! はいはい、待ってくださいね……」

 女神は自分のこめかみに手を当てて、何かを考え込む。

「おい、何をぐずぐずしてるんだよ!」

「待ってください、待ってください、あなたの能力イメージは私の記憶内にあるんです。ちょっと待って!」

「ち、先っちょだけとか、一回だけとか誘っておきながら肝心なところで役に立たない感じかよ!」

「ああっ、もう! イメージに集中させて!」

 そんな悠長なことを言っている場合じゃないのだ、筋肉男は少女の体を屋台の中から引きずりあげている。そのまま少女の胸倉をつかんで自分の目線の高さまで吊り上げた男は、「ふはぁ」と臭そうな息を吐いた。

「良く見りゃあカワイイ顔してんじゃねえか、こんなしょぼい屋台よりも稼げる仕事を紹介してやろうか、あ?」

 俺は女神に向かって叫んだ。

「まだか、ラプラスっ!」

 彼女はようやくこめかみから手を放したが、その表情は少し気が抜けて呆然としている。

「ウソ……こんな能力、アリなの?」

「どうした、俺の能力は!」

「あなたの能力は、本当に神にも等しいかも……」

「ああ? んなナゾカケみたいなこと言ってないで、さっさと教えてくれ!」

「世界の設定を一時的に書き換える能力……」

「抽象的過ぎてわかんねえっ!」

「イメージを直接念送するわ!」

「んな便利なことができるなら、最初からやれよ!」

「文句はあとで聞くから、目を閉じて!」

 俺の脳裏に、意味不明な見たこともない文字といくつかの抽象的な映像がいくつか浮かんだ。しかし言語化できないというだけで、俺はその意味するところを間違いなく理解したのだ。

「なるほど、設定を書き換えるって、そういうことか」

 俺はにやりと笑う。

「アニメばかり見てきた俺にはおあつらえの能力じゃないか」

 そのまま大地をけって、俺は筋肉男の目の前へと飛び出した。


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