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ホラーな奴ら   作者: 五雲亭 杉之丞
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『デジカメ壊れても経費で落ちますよね?』



東京都品川区某所、築40年の一軒家に住む先輩。

仮に飯塚さんとしておこう。

世田谷区周辺を拠点に便利屋をしている伊地知へ、その飯塚先輩の1年前から別居しているという妻から連絡があった。

留守電への伝言にはただ「相談がある」とだけ、改めて伊地知から折り返し、目黒通りに面した喫茶店で後日落ち合おうということになった。

「子供には会いたいって言うんですが、あれじゃ、会わせられないんで…」


喫茶店に入って5分、そうとう思い詰めた様子の夫人は深呼吸して重い口を開いた。

「それは、どういう…」前後の脈絡が掴みきれない便利屋が尋ねると、

夫人は「すみません」と姿勢を正して、話を仕切り直した。

「最近、奇行が目立つようになって…会社も辞めてしまったんです、収入と言えば軒先のタバコの自販機だけで…」

飯塚先輩のこと、

風の噂ではどうもヤバイとは聞いていたが夫人が俺にまで相談してくるとはよっぽどの事だと伊地知は思った。


「子供たちがあの家の二階に行こうとすると、“二階には行くんじゃない!”ってひどい剣幕で…」

「なるほど…」

「みんなで外を歩いていても、急に…急にですよ、誰かと口論始めるんです」

「誰かって誰です?」

「私たち以外の誰かです。」

「通行人とか?」

「いいえ、誰もいないんです、電話もかけてないし…」

「誰なのか聞いたんですか?」

「ええ…気味悪いんで、そしたら…」

そこで夫人は口籠って…


「“おまえらについて行かんように言った。”って薄ら笑うんです。」


伊地知は、首を傾げた。

「そら、支離滅裂で、気味悪いっすね、先輩ってなんか見えるタイプでしたっけ?」

「いいえ、伊地知さんもご存知の通り繊細な人ではないと言うか…」

「ですね」

「見えるとかでは無いと思うんです、きっともってあの汚い部屋に1人で住んでて、気が触れたんじゃないかと…」


伊地知はそれも極論だと思いつつ、夫人の依頼内容へと話を進めた。

「部屋を片付けるってご依頼ですが…部屋を片付けたところで、その言動が収まるとは限りませんよ。」


「そうですね。でも…他の業者さんには全部断られてしまって、伊地知さんしかお願いする当てがないんです。」

便利屋は手帳を見ながら、

「ご依頼を受けるかどうかは、本人の了解を得てからという事で、見積もりがてら先輩のとこ行ってみます。」


夫人は安心した様子で、ほっと肩の力が抜けたと同時に笑みが溢れた。


例の品川区某所の先輩宅は、以前見た時より一層寂れたように見えた。


「いや~エアコン壊れてもォて…」と飯塚先輩は上半身裸で現れた。


「いやァ伊地知くん久しぶりやな、遠いとこどォも、疲れたやろソファにでも座ってくつろいでよ」

まずはそのソファが見当たらない。

「飯塚さん、ソファどこすか?」

「ああ、どっかそこらへん」

便利屋は衣類の山を2つ3つ退かして、やっとソファーに肘掛けを掘り当てた。

「その…嫁がさ、煩いんよ。部屋を片付けた方がええとかって、わざわざ金払って片付けてもらうほどかって、思てんやけどな…」

「ほどと思います。」

便利屋は、鞄から見積書を出し一心不乱に記入し始めた。

「片付けるとなると、家中全部?」

と便利屋が尋ねると、

今まであれほど朗らかだった先輩の顔が一変し、一言だけ「二階は大丈夫。」


「せっかく来たんで、二階も見せて下さい。」

「伊地知くん二階はアカンねん」

「せっかく来たんで、」


「どうしても、というんやったらどうなっても知らんど?」

先輩は渋々了承したようだった。

便利屋を案内して階段の下まで来ると、

「あがる?」と念を押すように尋ねて来たが便利屋は半ば無視するような具合で、軽く頷いてみせた。

「近所で異臭騒ぎゆうんがあって、何でか知らんけど警察がうちに押し入って来た時があったんや」

先輩はおもむろに話し始めた。

「それで、二階も見せろっ言うて、俺は行かん方がええって言ったんやけどな、奴ら聞かずに登って行きよったんやけどな…で1分も経たんうちに血相変えて降りてきよった。それからもう2度と来ォへん。」


先輩が脅かすつもりで出まかせを言っているのだと便利屋ははなっから鼻で笑った。

この人の話がヤケに乗ってる時は大半盛ってるである。昔から少しそういうところがあった。


二階に着き、伊地知は引戸に手を掛けた。

鍵がかかっているのか、開かない。

「硬いだけや、コツがあんねん。開けようか?」

伊地知はさすがに心臓の高鳴りを感じた。

「開けるでええんか?」

「いいですよ。どうぞ」

「ほんまにええんか?」

「どうぞ!ええですって!」

「ほんまに…」と不意を突くようなタイミングで引戸は開け放たれた。

瞬間、カビと埃とコバエの大群が三位一体となって伊地知の顔に押し寄せた。

「ごめん、窓開けっ放しやった。」

部屋は至って閑散としていた。

むしろ一階の居間より物が少なく、少し掃除すればいいくらいだ。

「何もないじゃないすか。」と伊地知。

とうの先輩は部屋の中を見ようとせずに、

「そうか、そんならええねん。」と踵を返した。

「写真を一枚だけ、証拠写真というか片付ける前にいつも撮らせてもらってるんですけど、良いですか?」

「嫁に言われたんか、ええけど…」

「…奥様関係ないんです。片付けの前に…」

「わかった、わかった…ええけど、知らんど…ほんまに」

と言って先輩は階段を下りて行った

先輩の顔が半笑いだったので、伊地知は此の期に及んでまだかつぐ気かと思いつつ、

懐から取り出したデジカメのスイッチを入れそのままシャッターを切った。

するとデジカメの液晶画面が真っ暗になり、電源が落ちてしまった。

再び立ち上げようとしても電源が入らない。


伊地知は改めて部屋の中を見渡したが、さしあたっておかしなものは無い。

「お茶入れたから、降りといで」先輩の声に伊地知は一瞬ビクッとなった。


一階で先輩はお茶を出して待っていたが、伊地知は一切手をつける気にならなかった。湯呑みがベタベタに汚れていたからである。

「デジカメ…」と言いかけると

「壊れたか?」と、先輩はいたく嬉しそうに言った。

唖然とする伊地知に、先輩は

「何やホンマに壊れたんかいな…」

伊地知は無言でコックリ頷いた。

「あそこ、部屋の角に若い女がずっと立ってんねん。怖いけどまあ、そこそこ美人やし…アレは、わるさせえへんから大丈夫よ。」


「アレは…ってことは、他にもおるんすか?」


「おお、おるよ」

伊地知はやっと先輩の此れ迄の話を信じる気になった。

「それ、どこの部屋?」


「どこって、お前の後ろや…」


伊地知はもっていたデジカメを落とし、

デジカメは“ゴスン”とテーブルの角に当たり

大破した。

「嘘やがな、ベタやなお前」

飯塚先輩は泣きそうな伊地知の顔を指差してケラケラ笑っていた。


「デジカメ壊れても、経費で落ちますよね」


「知らんがな」


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