第9話 もれなくカレーまんついています。
駅について、電車に乗った。なんとなく、私から話しかけることが出来なくなって、二人してだんまりになった。やばい。気まずい。
電車を降りると、改札を抜け、
「何、食う?」
と、和真が話しかけてきた。
「カレーまん、奢るよ」
「何それ。まさか、お礼のつもり?」
「そういうわけじゃないけど」
「気にするなって言っただろ?」
「でも、いつまでもふりとか、悪いもん。そんなじゃ、和真、いつまでも彼女できないよ」
と言ってから、やばい。変なこと言ったかもって、黙り込んだ。
「ん~~~~、そうだなあ。じゃあ、どうしようかな」
ギク。
「や、やっぱり、彼女ほしいわけ?」
あ、ますます墓穴掘った質問をした。
ううん、ほしいって言われたら、私が立候補したらいいだけだし。
でも、断られるかもだよね?
やばい。やっぱり、変なこと聞いたよね?!
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ん?なんで、そんなこと聞いてくるんだ?
彼女がほしいわけじゃなくて、柚葉と付き合いたいんだよ。とか、今、言ったら付き合ってくれるのか?
そう言ってみるか?
いや、でも、いきなりそんなことを言ってもなあ。
「そうだな。ほしいと言えばほしいし、でも、まあ、今はお前の彼氏なわけだし」
「え?!」
やべ!何言ってるの、俺。俺の希望を口にしてた。
「あ、違う、違う。仮の彼氏な?」
「…仮の?」
ああ、間違った。今のも変だ。
「だから、彼氏のふりをしているんだから、いいよ。今は他の彼女とか、作れないだろ」
「だよね」
あ、柚葉が落ち込んでる。柚葉のせいで、彼女が出来ないとか思ってる?
ここは、彼女なんかいらないって言うか?
いや、お前がいたら、それでいいから。とか。
いやいや。今の、頭で考えただけでも、鳥肌たった!
「じゃ、じゃあさ、和真」
「え?」
「ふりじゃなくって、私が彼女になるっていうのは、どうかな」
「……」
え?今、なんて?
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うわわわわ。
なんにも、返事がない。そっと和真の顔を見たら、なんか、呆けてる。
やばい。絶対に変なこと言った。
今の冗談。冗談だよ。
って、あれれ?口から出てこない。やばい。私、凍り付いてる。
言葉が出てこないよ!
どうしよう~~~~~~。
「え?彼女?」
ひ~~~~~~~。何もしゃべんないで。それ以上、何もしゃべんないでよ。
「ふり、じゃなくって?」
きゃ~~~~~~~~。あわ、あわ、あわ。
「そうか」
…そうか?
あれ?否定しないの?
馬鹿じゃないの?とか、冗談言うな、とか言わないの?
「そうしたら、あれか。あの変なやろうも守れるし、俺にも彼女が出来るし、一石二鳥?」
えっと。ここはもう、頷こう。
うんうんと思い切り縦に首を振った。
「なるほどね」
な、なるほどね?これって、もしかして、彼女になれる大チャンス?
これを逃したら、もうこんなチャンス来ないかもしれない?だよね?タマちゃん。
きっと、タマちゃんならここで押せって言うよね。もう一押しって。
「カレーまんもつける」
「は?」
うわ~~~。今のも失敗だよね。なんで、そんなこと言っちゃったの?
「なんて言った?」
「だから、その、今なら、カレーまんを」
「もれなくついてくるってこと?」
「そう、それ」
「……」
呆れたよね。今のは絶対に、外したよね?!
「ピザまんもつけろよ」
「え?」
うそ。っていうことは、OK?
「わ、わかった。つける。ピザまんももれなくつけちゃう」
「よし」
よしって、言ったよね!?
い、いやいや。待って待って。
これは、もしかして冗談だろって、あとから言われるパターンかも。で、頭とかチョップされたりして。
と、頭をチョップされるのをしばらく待っていると、
「じゃ、コンビに行くぞ」
と和真がまた歩き出した。
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カレーまんがもれなくついてくる?
なんじゃ、それ。
やばいって。
顔、にやけるって。
ふりをふりじゃなくすのか?いいのか?なんで、そんなこと言い出したんだ?俺に悪いからか?
だから、彼女になってくれるのか?
あとから、あれは冗談ですとか、やっぱり、やめにしますとか、そういうの、言われたとしても聞かないぞ。聞かないからな。
コンビニにズカズカと入り、
「カレーまんとピザまん下さい」
とさっさと店員に告げた。となりで、ちょっと慌てながら、柚葉がお金を財布から取り出した。
「ありがとうございました」
店員が後ろから元気にそう言っている。俺はさっさと、コンビニから出た。そして、柚葉が後ろからちょこちょこ着いてくるのを横目で見ながら、さっさと公園に入りベンチに座った。
「半分個な?」
そう言って、俺はピザまんを半分個にして、柚葉に渡した。
「うん」
柚葉が、それを受け取ると、ちらっと俺を見た。
俺は遠慮なく、バクッと食べた。それを見て、なぜか柚葉が安心したようにピザまんを食べた。
「次はカレーまんな?」
カレーまんも半分に割ると、柚葉は右手にピザまん、左手にカレーまんを手にした。
「食べないのか?」
柚葉はなぜかぼけっとしている。まさか、もう後悔しているのか?
「食べる。あ、でも、食べたかったらいいよ、食べて」
そう言われ、俺は左手に持っているカレーまんをバクッと食べた。
あ、柚葉が赤くなった?俺の食べたカレーまんを柚葉が食べながら、
「えっと、あのさあ、和真」
と話しにくそうに話し出した。
さっきのは、冗談だよとか言うのか?それとも、無しにするのか?
「私、付き合うとかよくわかんないんだけど」
そう来たか。なんだよ。
ああ、まったく。可愛いことばっかり言うんだよなあ。
「俺もよくわかんないから、安心しろよ」
「え?う、うん」
柚葉が、こくんと頷いた。可愛い。
やばい。嬉しい。やばい。
顔、にやける。ダメだ。
鞄からペットボトルを取り出し、さっとベンチから立ち上がり、お茶を飲んだ。それから、柚葉の背後にあるブランコに乗った。
キー、キーと少し錆ついているのか、ブランコが音を立てる。
ああ、やばい。まだ、顔がしまらない。
彼女か。とうとう、柚葉が。
彼女だ。俺の、彼女。
って、やっべ~~~~。
思いっきりブランコをこいだ。柚葉がこっちを見て、
「子供みたい」
とぼそっと呟いたのが聞こえた。
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なんで、ブランコなんかにいきなり乗ってんの。わかんないけど、本当に付き合うことになったんだよね。
いいんだよね。やぱり、や~~めた…とかないよね?だって、カレーまんもピザまんも食べたもんね?
しばらく、和真はブランコに乗っていた。公園の電灯が灯り、あたりの家にも明かりが灯った頃、
「帰る?」
と和真がベンチの後ろからそう言った。
「うん」
和真と一緒に歩き出した。だけど、何を話していいかわからなくなった。いつも、どんなこと話していたっけ。
和真も何もしゃべんないし、どうしよう。
二人で、とぼとぼと歩きながら、私の家に着いた。
「じゃあな」
和真がぼそっとそう言った。
「うん」
もう、帰っちゃうのか。
「あ、送ってくれてありがとう」
そう言うと、和真は一回後ろを向いたのに、またこっちを向いた。そして突然、私のおでこを指でつっつき、
「また、明日な」
とちょっとふてくされた感じで言った。
「お、おう。また明日な」
そう同じように言うと、和真はくすっと笑い、後ろを向いて坂道を下っていった。
その後姿を、私はしばらく見ていた。
和真、本当に付き合うの?
背中に心の中でそう聞いてみた。和真の背中は何も答えてくれない。
ガチャリ、バタン。家の中に入り、「おかえり」という母の声にも何もこたえず、そのまま階段を駆け上った。
「うっきゃ~~~~~~~~~~~~~!」
叫びながら、ベッドにダイブした。
「いいの?いいの?彼女になっても本当にいいの?」
ドキドキ。さっきも、おでこ指でつっつかれて、ドキってした。
仰向けになり、枕をぎゅうっと抱きしめた。
「明日の朝、どうしよう」
これから、和真の前でどういう態度を取ったらいいんだろう。
今までと一緒?
あ、そうだ。タマちゃんに報告!と思ったけど、まだ、なんとなく実感もわかなくって、そのまま枕を抱きしめていた。
夕飯の時は、母とも杏菜とも何も話さず、さっさと食べて、また自分の部屋に戻った。父は残業なのか、まだ帰ってきていない。
トントン。ドアをノックする音がして、
「柚葉、いい?」
と杏菜がドアを開けた。私は、机でぼけっとしていたけど、慌てて教科書を取り出し、
「何?勉強するんだけど」
と、ぶっきらぼうに答えた。
「あのね、和真君に私のことだったら大丈夫って言っておいてくれない?」
「……」
なんのこと?杏菜を眉をひそめ、じとっと見ていると、
「あの男子校の生徒のこと。サッカー部のみんなが、交代で送ってくれるって言っているから、和真君は私のことまで気にかけなくていいよって」
と、ドアのあたりに立ったまま、私に言った。
「ああ、あのことか。うん、わかった」
「だって、柚葉だけでも、和真君には迷惑かけてるじゃない?私まで頼ったりしたら悪いし」
は?
「あのさあ、杏菜。和真に迷惑かけてるって言うけど、和真、気にするなって言ってたし」
それに、もう彼氏のふりじゃなくって、彼氏になったんだからね。っていうのは、言うのに躊躇した。
「それは、和真君の優しさだよ」
ム…。もしかして、彼氏になったって言ったら、それも、和真君が優しいから、彼氏になってくれたんだよって言うんじゃない?
でも、実際、私もそうなのかもしれないって思いがあるから、杏菜に強気で言い返せない。
「と、とにかく、杏菜はサッカー部の連中が守ってくれるんでしょ?私も同じ部の和真に頼るから、それでいいんじゃないの?」
「……。柚葉って、和真君のこと好きなんじゃないの?」
「は?な、なにいきなり言ってるの?」
「いきなりじゃないよ。前からそう思ってたけど」
「す、好きだったら何?それも、迷惑とか言いたいの?」
「ううん。そうじゃなくって。ただ…、あんまり、期待しちゃうと、あとが辛いから、気をつけてって言いたかっただけ」
どういうこと?!私なんか、相手にされないから期待するなって言いたいわけ?
「じゃあ、それだけだから」
くるりと背を向け、ドアを閉めようとしている杏奈に、
「待ってよ、杏菜!こんなこと言いたくなかったけど、杏菜だって、サッカー部の部長が好きだったくせに、部長、彼女できちゃったんでしょ?」
と私は思わず引き止めてしまった。
「……」
杏菜がドアを閉めるのをやめた。そして、私の顔を見ると、一瞬、泣きそうな顔をした。
ギクリ。泣く?泣き出す?
「そうだよ。告白もまだしていなかったのに、ふられたんだよ」
「……」
しまった。なんで、私、こんなこと言い出したんだろう。杏菜になんにも言ってあげられないくせに。
「わ、私も、部長は優しくて、駅も違うのにわざわざ送ってくれていたから、きっと好きでいてくれてるって、勘違いしたんだよ」
え?
「それで、部長に彼女が出来て、私が勝手に部長も私を好きだって思い込んでいただけだってわかって、すごくショックで」
あ、泣き出した。ぼろぼろっと杏菜の目から涙がこぼれだした。
「ごめん!私、変なこと言った。ごめん、杏菜」
「……。柚葉には、私みたいな思いをしてほしくなくって、期待もしないほうがいいよって、そうアドバイスしたくて」
「そ、そうだね。わかった。期待しないようにするから」
「和真君、優しいから、期待しそうになると思うけど、私みたいな思いは、柚葉にはしてほしくないから」
「う、うん。肝に銘じとく」
「それじゃ、勉強の邪魔してごめんね」
涙を拭きながら、杏菜はドアを閉めた。
……。自分みたいな思いをしてほしくないから、和真の優しさに甘えるなって言っていたの?
期待するな。優しくても、和真が私に気があるわけじゃないんだよって。
ず~~~~ん。
彼女になった。和真と付き合うようになった。と喜んでいたけど、釘を刺された気分だ。
勘違いしちゃダメ。和真が柚葉を好きで付き合ったわけじゃなくって、優しいから、付き合ってくれるんだよと。
「そんなことない。和真も私のことを思ってくれてるんだよ」
と、杏菜に言い返せない。だって、自信ないもん。
あの、可愛い、男子から人気のある杏菜ですら、部長にふられたんだから、私みたいなのが、和真に本気で好かれてるって、そんなのただの思い上がりだよってことだよねえ。
ずず~~~~ん。一気に、気持ちが沈んでしまった。