第8話 彼氏のふりはいつまで続くの?
あ~~~~あ。
さっきまで、必死こいて、顔もそっぽ向いていたし、くっつかないように、ドアに手を当てて、隙間作っていたのに、そんな理由でストライキってなんだよ。力抜けた。
あ、やばい。思い切り柚葉に引っ付いた。これじゃ、抱きしめてるみたいになっているよなあ。でも、いいや。こいつ、可愛いからいいや。もうこのまんまにしておけ。
昨日は、とっさに、柚葉と付き合ってるって、あのやろうに言っちまった。渡したくなんかないし、お前なんか消えてしまえ。二度と柚葉の前に現れるな、こんちきしょうって、思ったからなんだけど。
で、傘が邪魔で、俺の傘を閉じて柚葉の小さい傘で相合傘にして帰った。柚葉の腰まで抱いちゃって、わあ、俺、何やってるんだと思いつつ、あとに引けなくなって、そのまま駅まで行っちまった。
腰、細かった。たくましそうに見えるくせに、実は細いし小さいし、なんか柔らかいし。最近、柚葉が女の子なんだってことを意識しまくって、ドキドキしている。
なのに、今も離せなくなってる。
俺のものじゃないのに。彼女でもないのに。彼氏のふりをするからな、なんて、そんなこと言っちゃって、なんとか繋ぎとめようとしている。他の男になんかくれてやるつもりもないし、あんなやろうに柚葉のそばをうろつかれたくもない。
柚葉がわがままを言っているんじゃない。迷惑だなんて思ったこともない。全部勝手に俺がしているだけだ。下手すりゃ、俺のほうがストーカーか?いやいや、きっと家が近くて、同じテニス部で、そんな特権を利用しているだけに過ぎない。
ああ、それなのに、なんでお前が怒って、朝食抜きなんてしているんだよ。
ガタン。大きく電車が揺れた。もっと柚葉に近づいちまった。柚葉は、下を向いたまま、思い切り肩をすぼめ、小さくなっている。
いつも、あんなに態度でかいくせに、仁王立ちしているくせに。
昨日、相合傘をして歩いていたときにも、柚葉は大人しかった。俺に腰を抱かれたまま、小さくなりながら俺のとなりにいた。
俺が歩き出すと、ちょこちょこと俺の歩幅に合わせつつ、ずっと俯いて恥ずかしそうに歩いていた。
恥ずかしそうにって言うのは、俺の勝手な思い込みかもしれない。もしかすると、あの変なやろうを怖がっていただけかもしれない。
でも、今は?
こういうシチュエーションが苦手なだけか?慣れていないだけか?恥ずかしがっているのか?まさか、嫌がっているわけじゃないよな?
まったく顔が見えないから、どんな表情をしているのかがわからない。
駅に着き、どっと人がホームにあふれ出る前に、俺は柚葉の背中に回した手に力を入れ、柚葉を安全に電車から降ろして、ホームの真ん中にそのまま進んだ。
「今日も混んでたな」
そう言って、背中から手を離すと、柚葉がよろよろっとよろけながら、2~3歩後ろに下がった。
「おい、大丈夫か?」
腹が減って、よろけたんじゃないよな。
「だ、大丈夫」
俺が柚葉の腕を持ち、支えてやると、柚葉はその手をパッと払いのけ、
「大丈夫だから」
と、スクッと真っ直ぐに立った。
「腹減って、よろけたのか」
「ち、違うよ!」
真っ赤になって、柚葉が怒った。赤くなりすぎだろ。
「今日はいい天気になったな。でも、あっついよな~~」
「うん」
「そうだ。これ、食えよ」
俺は、家にあった姉貴のおやつに買ってあっただろうバームクーヘンをカバンから取り出し、柚葉に渡した。
「いいの?」
「いいよ。腹減ったときのおやつに持ってきたけど、食えよ」
「う、うん。じゃあ、ホームルーム始まる前に食べる」
しおらしく柚葉は、それをカバンにしまうと「ありがと」とお礼を言った。
「いいよ。もともと姉貴のだし」
「え?また~~。和歌ちゃん、怒るよ」
「いいんだよ。あれ以上太っても大変だしな」
「和歌ちゃん、太ってないよ」
「いやいや、最近、今までのジーパンがはけないって騒いでた。いっつもダイエット明日からするって言って、甘いもん食ってるんだから、俺があいつのダイエットの貢献をしていると思えば、これは善意であって、怒られることじゃないんだ」
「そういう言い訳、うまいよね、いつも」
「お前からも、なんとか言ってくんない?さらに、オタク道に磨きかかってるんだけど、あの人」
「言えないよ~~。言ったら、逆に引っ張り込まれる可能性あるし」
「まあな」
昇降口で上履きに履き替え、
「じゃあ、ちゃんとそれ食えよ」
と俺は先に階段を上った。
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あ~~~~。心臓に悪い。ずっとドキドキしてた。
途中から、和真に抱きしめられているみたいになった。背中にも腕が回っていたし、まん前に和真の胸があった。和真のぬくもりとかまで感じちゃって、やばかったよ~~~。ドキドキしすぎて死ぬかと思った。
ああ、この心臓めっ。顔も熱い。思わず、電車を降りて、よろけちゃったじゃないか。
でも、でもでもでも、和真が好きだってことを、何度も自覚させられる。
なんとか、よろけつつも教室にたどり着いた。
「タマちゃん~~~」
また、タマちゃんに泣きついた。
「お母さんと、杏菜がひどいこと言うんだよ~~~」
それから、和真が「気にするな」って言ってくれたことも。
「そうそう。彼氏のふりしてくれるんだよね、よかったね」
「うん」
「チャンスだね」
「何が?」
「和真さあ、杏菜の世話までできないわけでしょ?今は、柚葉だけで精一杯なわけだ」
「うん」
「だったら、このまんま、柚葉の彼氏になってもらっちゃえば?ふりとかじゃなくって、本当に付き合っちゃおうよって」
「だから、そんな簡単にいかないんだってば」
「いくでしょ」
「いかないのっ!簡単にいってたら、苦労しないの」
「難しくしているだけでしょ」
「難しい問題なの、恋っていうのは」
「ふうん。そうかな。私から見たら、超簡単で、単純なことだと思うけどね」
「それは、タマちゃんが自信あるからじゃない。ポチって、タマちゃんにぞっこんだし。誰が見たってそうだし」
「……。ああ、そうだよね?うん。でも、私から見たら、あんたらも」
「え?」
「お似合いだと思うけどね」
「そう?!お、お似合い?」
「さっさとくっつきゃいいのにって、思うけどね」
「…だから~~、そんなに簡単にいくような問題じゃないの。難解なのよ。片思いって言うのは」
「ふ~~~~~~ん」
もう、タマちゃんは、わかってないんだからっ。
放課後、今日はテニス部だ!と、タマちゃんの腕をつかんで、ダッシュで更衣室に行った。
「ああ、やっと、思い切りテニスが出来る」
「だね」
「ああ、やっと、和真とテニスが出来る」
「テニスしなくたって、いつも一緒にいるじゃん」
「そんなことないよ。昨日だって、二人きりで帰れなかったし」
「今朝は?一緒に来たんでしょ?」
「そう。そうなの、聞いて、タマちゃん!」
電車でべったりひっついて来ちゃったことをタマちゃんに話した。すると、
「へ~~~~」
と、すっごく冷めた目で見られてしまった。
「なんで、そこで冷めるの?私、心臓バックバックで死ぬかと思ったんだよ」
「嬉しくて?」
「そう。嬉しくて。って、違う。いや、違わない。嬉しかったんだけどさ~~」
「優しいねえ、城野は」
「……。優しいのかな?やっぱ」
「アマアマじゃん。ほんと」
「どこが?」
「なんか、馬鹿らしくなってきたなあ」
「どこが~~~?」
「早くに、彼女になってさっさとバカップルになりなさい」
「無理~~~~~~」
「ああ、この、じれじれ娘が!」
よくわかんないけど、思い切り背中をバチンとたたかれた。
テニスコートに行くと、もうすでに和真がいた。わあい。わあい。わあい。
1年生にまた活を入れ、和真が体操を始めた。その横で私も元気に体操を始めた。
1年生はそのまま素振りを。2年はまず、サーブの練習。それから、ボレーの練習。それから、最後にダブルスを組んで試合形式で練習。
今日も、和真と組んだ。和真の涼しい顔の横で、私は張り切った。
ボレー。やった。決まった!
「ナイス!柚葉」
まいった。和真の笑顔。超、嬉しい!
うっきうっきで部活を終えて、着替えをしていると、
「仲良いですよね。やっぱり、付き合ってるんですよね?」
と、1年の女子が私に聞いてきた。
「へ?私と和真?」
「はい」
「ううん。違う。付き合ってない」
「でも、すっごく仲いいし、帰りも行きも一緒に来ていますよね」
「家が近いから。中学からの腐れ縁なの」
「じゃあ、城野先輩、フリーですか?」
「うん」
と、元気に頷いてから、やばいと気がついた。
そうか。この子、和真に気があるんだ。だから、そんなことを聞いてきたんだ。探りを入れてきたんだ、きっと。
かわいい子だよ?背、ちっこくって、顔も小さくて、女の子女の子してて。
やばい。付き合ってるって言えばよかったかな。でも、そんな嘘つくわけには。
「だから、付き合えって言ってるのに」
「そればっかだね、最近、タマちゃん」
「そりゃ、じれったくなってきたから」
「世の中のカップルって、どうやって付き合いだすの?」
「簡単にじゃない?」
「わかんない。どうしたら、両思いになれるの?」
「コクればいいだけじゃない?」
「それが、一番難しいのに」
「じれ~~~~~~~~~~~!」
バシンと背中をたたかれた。このパターン、デジャブ。
「遅いぞ、柚葉。腹減った」
タマちゃんと昇降口に向かっていると、下駄箱の前から和真がそう叫んだ。
「なんか、食べてこう~~。アイス」
そう言いながら、和真のもとに駆けていくと、
「カレーまん」
と和真がすかさず言った。
「え~~~。たまには、ドーナツ」
「甘いの食べる気分じゃない」
そんなことを言い合いながら、私と和真、タマちゃんは校門を抜けた。ポチは自転車で、「お疲れ」と帰っていった。
「あ!」
校門を抜けてしばらく歩くと、また、例のあいつがいる。っていうか、杏菜がつかまってるよ?
「杏菜!」
「あ、柚葉」
まさか、こいつ、今度は杏菜に矛先を変えた?
「柚葉ちゃん」
例の男が私のほうに近づこうとすると、和真が私の前に立ち、
「いい加減にしろよな」
と思い切りすごんだ。
「今日は、杏菜ちゃんに用があったんだよ」
「杏菜に?杏菜だって、困ってるだろ」
「杏菜ちゃんは、君の彼女じゃないよね?」
「違うけど、でもっ」
「大丈夫だから。私の心配はしないで。二人とも先に帰っていいよ?」
「帰れるかよ。杏菜も一緒に帰るんだよ」
ぐいっと和真が杏菜の腕をつかんだ。
「おいおい。彼氏でもないのに、彼氏気取りはないんじゃないかなあ」
「お前こそ、彼氏でもないのに、しつこいんだよ」
「ちゃんと断るから!私には、他に好きな人がいてお付き合いできません!」
杏菜はそう言うと、ぺこりと頭を下げた。
「いいよ。友達からで」
出た。しつこすぎるよ。
「それも無理です」
杏菜は、しっかりとその男の目を見て断った。
なんか、こんな杏菜、初めて見る。いつも、こんなふうにちゃんと断っていたのかな。
「なんで?彼氏いないんでしょ?友達だったらいいでしょ?」
「困ります。私、別に友達がほしいわけじゃ」
杏菜がそう言っても、その男は帰ろうとしない。
しつこすぎる。ちょっと、怖いよ。まじで。
「南郷マネージャー、どうした?」
そこに、サッカー部の部長を先頭にサッカー部のみんなが現れた。
「こいつが、しつこく杏菜にまとわりついてる」
そう言ったのは、和真だった。
「なに?うちらのマネージャーに何の用だよ」
「お前、どこの学校?」
多分、12~3人はいるだろう。その男をみんながぐるりと囲んでしまった。すると、さすがのしつこい男も、
「い、いえ。僕、そこまで杏菜ちゃんにまとわりついていたわけじゃないですから」
と、慌てたように走り去っていった。
「マネージャー。なんで、ああいうのに付きまとわれているって言わないんだよ」
「部長に迷惑かけると思って」
「別に迷惑じゃないって。俺らで、ちゃんと守って家まで送っていくから」
「でも、部長、彼女いるのに、悪いですから」
めずらしく杏菜が大きな声を上げた。
「彼女だってわかってくれるから、大丈夫だ。みんなで、交代でマネージャーのこと送っていくぞ、いいよな?」
「おう!」
サッカー部のみんなが、いっせいに返事をして、ちょっと怖いくらい大きな声が響き渡った。
この分じゃ、あの男も、もう現れないんじゃないかな。と思う。
「杏菜、じゃあ、今日も送ってもらえよ。俺は、ちょっとこいつと寄っていく所があるから」
和真はそう杏菜に言い、私の腕を引っ張って、ずんずんと歩き出した。
「あ、あの、もう大丈夫だよね」
「何が?」
「あの変なやつ、来たりしないよね」
「わかんねえぞ。しつこそうだったからな」
「そうなの?わかんない?」
そうか。まだ、わかんないんだ。
「大丈夫だって。ちゃんと柚葉のことは守るから」
「うん」
「杏菜もサッカー部の連中がいるから、大丈夫だろ」
「うん。でも、いつまで?」
「何が?」
横を歩いていた和真が立ち止まって、私を見た。
「いつまで、彼氏のふりするの?」
「え?」
「なんか、悪いよ」
「また、そんなこと言ってる。別に気にするな」
じゃあ、本気で付き合ってくれる?
違う。そんなこと言えない。
ずっとふりをしててくれる?
違う。そうじゃなくって。
タマちゃん、全然、簡単にいかない。どう言えばいいの?