第3話 人生初、コクられちゃった。
梅雨に入ったらしい。昨日も一昨日も雨だった。雨だとテニス部は中止。野球部とか、屋根のある渡り廊下で素振りの練習なんかしたりしているけど、テニス部はそこまで熱い部じゃないし。
でも、今日は天気だ。やった~~と張り切って、テニスコートに行くと、雨でコートは濡れていた。
「今日は、コートの周り走ったり、素振りしたりって感じだな」
そうとなりで和真が言ってきた。
「つまんない」
素振りほどつまんないものはない。でも、和真と一緒ならいいか。なんて…。
だって、昨日も一昨日も、帰りが早いから、和真は家まで送ってくれなかった。それだけじゃない。ポチが自転車で来なくなるから、一緒に駅まで行って、和真はポチとラーメン食うって、二人だけで消えちゃったし。
「ポチに取られちゃったね」
タマちゃんがそう言って、こっちも女子会しようと二人でドーナツ屋に行った。
「ドーナツはさあ、やっぱりチョコとナッツが乗っかっているのが一番だよねえ」
と言いながら、ドーナツに食らいついていると、
「そろそろ、団子より花になったら?」
とタマちゃんに言われた。
「それって、どういうことかな?」
「そろそろ、城野にアピールしたら?ってこと」
「アピールって、どういうことかな?」
「わかってるんでしょ?このままじゃダメだって自分でも」
「う…」
一番痛いところをつかれた。
「でも、今の関係、いいと思うんだ。部活も一緒だし、帰りに肉まん食べて帰れる関係」
「友達でしょ?」
「でも、肉まんバクッと食べたり、アイスバクッと食べたり」
「言っている意味がよくわかんないけど、結局友達でしょ?」
「だから、別れるとかそういうのもないし、今の関係が続いたらそれでいいんだけど」
バン!とテーブルの上を突然タマちゃんがたたいた。
びびった。びびって、持っていたドーナツをお皿に落としちゃった。タマちゃん、たまに熱くなるんだよね。
「そんなんで、他の女に取られても知らないよ」
「う、でも、だって」
「城野、中学のとき、杏菜のほうが好きだったんでしょ?」
「う、また痛いところを…」
「どうすんの?杏菜までが城野を好きになっちゃったら」
「杏菜だったら大丈夫。サッカー部の部長が好きだもん」
「サッカー部の部長って、彼女いるよ」
え~~~~~~~?!!!
「まじで?杏菜、ずっと部長が好きだったのに!」
「杏菜だって知ってるはずだよ。最近、付き合いだしたんだって。他校の生徒で、塾が一緒だとかなんだとかって、サッカー部の連中がこの前騒いでたよ」
うそでしょ。
「全然、そんな話杏菜から聞いていないんだけど」
「杏菜も、部長が引退したら付き合えるって、そう思っていたんじゃない?最近、家で落ち込んでなかった?」
「いつもと変わんない。朝だって早起きして、朝練行ってたし」
知らなかった。そんなこと、杏菜、一切言ってくれなかった。部長がかっこいいとか、素敵なんだって、さんざん聞かされてきたのに。落ち込んでいる様子、まったくなかったよ?
「城野って、杏菜にふられたんだよね」
「うん」
「もしもだよ、傷心の杏菜に城野がつけこもうとしたら、やばくない?」
「え?」
「杏菜に、もし今、城野がコクったら」
「ま、まさか!」
「わかんないよ。前にふったとしても、今の城野、けっこうかっこいいし、女の子に人気もあるし、クールな雰囲気ってな点では、サッカー部の部長と重なる部分あるし」
「い、いや。でも、でもさあ」
「ウカウカしてていいの?取られてもいいわけ?」
また、バン!とテーブルをタマちゃんはたたいた。
「い、嫌です」
「じゃあ、今しかないよ。さっさとコクって、付き合っちゃいなよ」
「ふられたら?ううん。きっと、ふられるよ。だって、あいつ、私のこと女の子とも思っていない感じのとこあるもん」
「じゃあ、女の子らしくふるまったら?」
「ええ?き、きもいよ、きっと。オネエみたいになるよ」
「柚葉はれっきとした女の子なんだから大丈夫」
いやいやいや。いきなり、そんなことしても、気味悪がられるだけだって。
「多分、いや、きっとね、柚葉が可愛く、彼女になるって言ったら、城野はOKすると思うんだ」
「なんで、そう思うの?!」
思わず私は、身を乗り出してしまった。顔が思い切りタマちゃんに近づき、タマちゃんのほうが、椅子の背もたれにもたれるように、後ろに身を引いた。
「あいつだって、彼女くらいほしいと思うわけよ。前に、ポチとリア充の連中見て、羨ましそうにしていたし」
背もたれにもたれたまま、タマちゃんがそう言った。
「え?いつ?そんなことあった?」
「うん。昇降口でカップルが仲よさそうに帰って行ったのを見て、いいよなあ、って呟いてたもん」
うそ~~~~~。うそだ~~~~~~~。
彼女ほしそうな言動なんて、私見たことも聞いたことも無いよ。
ちょっとショックで、私も椅子に深く腰掛けなおして黙り込んだ。
「彼女ほしいと思うよ。それが、気の知れあった柚葉だったら、絶対にOKするよ。柚葉、可愛いしさ」
「私のどこが?」
「顔?」
顔だけかいっ!
「だって、考えても見てよ。顔の作りは杏菜と一緒なわけなんだし、断る理由なんかないでしょ」
え?
「早いもん勝ちだよ。付き合っちゃえば、こっちのもんだよ」
また、タマちゃんのほうが身を乗り出してそう言ってきた。
「……、そ、そういうもの?」
「そりゃ、最初は恋愛感情なくたって、付き合っていくうちに、ラブラブな雰囲気に持っていってさあ」
「ど、ど、どんな雰囲気?」
ラブラブな雰囲気っていうのが、まったく想像できないんだけど。
「とにかく!付き合えば、デートとかしたり、家に遊びに行ったり、今までとは違った行動が出来るんだし、そうしたらこっちのもんでしょ」
え~~~~~~~~?そういうもん?!っていうか、こっちのもんって何!?
「頑張ってよ。私、応援するから」
タマちゃんは私の手を取り、そう励ました。目を輝かせながら。
少しだけ、昨日のタマちゃんは面白がっているようにも見えた。
となりで一緒に走っている和真を見た。背、高くなったよね。中学卒業する頃、背を抜かされた。高校1年の夏にも一気に伸びて、和真を見上げてびっくりした。それからもどんどん背が伸びて、今は何センチあるの?
中3のとき、和真の声に異変が起きた。声が出なくなり、かすれた声をしていた和真に、
「風邪~~?早く直しなね」
なんて、のんきなことを言っていたら、数日して和真は低い声を出すようになった。
電話で話していても、すごい違和感。だれよ、これって感じだった。
どんどん和真は私のとなりで、男の子から変わっていった。
そして、きっと、そんな和真に私はドキドキしていた。
今もだ。汗、額から流れてる。きらきらしてて、かっこよく見えちゃう。
腕とか、足とか、前より太くなった。ちょっとだけ、胸板も厚くなったかも。
中1のとき、杏菜は和真のことをまったく知らず、ふっちゃったんだよね。でも、今だったら?わかんないよね。
「おい~~~、さっきからなんだよ」
「え?!」
「前向いて走れば?それとも、俺になんか文句でもあんの?ずっとこっち見てるけど」
うわ!和真見て走っていたかも!
「ラーメン、ポチと二人だけで食べてずるいって」
「相変わらず、食い意地はってますねえ、柚葉さん」
「う…。だって、あのラーメン屋さん、行ってみたかったんだもん」
「わあったよ。誕生日に連れて行ってやる。それでいいだろ?」
「うん」
いや、よくない。誕生日がラーメン屋って…。やっぱり、和真の中で私は、女の子じゃないんじゃないのかなあ。
そして、部活も終わり、着替えをして昇降口に行った。ポチは自転車で帰っていき、私とタマちゃん、和真は駅に向かって歩き出した。
「すみません!!」
3人で歩いていると、突然道路の端にいた男の人が声をかけてきた。この制服は見たことがある。確かとなりの駅の私立の男子校。
「あ、あの、前からテニスをしている姿を見て、ぜひお友達になりたいって思っていました。あの、お、お友達からでいいから、お願いします」
私の前に立ち、突如その人は頭を下げ、右手を差し出した。右手にはどうやら、連絡先を書いたメモが…。
「え?私?え?」
びっくりして、となりにいる和真を見た。和真はいかつい顔でその男を見ている。
「あ!そっか。あのね、私、杏菜じゃなくって、柚葉」
「柚葉さんっていうんですねっ」
「え、えっと、はい」
「テニスを元気にしている姿に惚れました。あなたほど、太陽が似合う人はいません」
うげ!?何それ!ちょっと、怖い。
「杏菜ちゃんじゃなくて、お前に言ってるみたいだぞ。どうすんだ?」
ぼそっととなりで和真がそう言った。
「わ、私にって言われても、困る。コクられたこともないし」
「ええ?じゃあ、今、彼氏もいないってことですよね!」
さっきから、この人声もでかいし、怖いよ。
「い、いないですけど。でも、付き合う気とかないから」
「友達でいいんです。よろしくお願いします」
うわ~~。なんか、強引?
「こいつ、困ってるし、今日のところはこのへんでやめておけば?」
和真がそう言って、私と男の間に入ってくれた。
「あなたは?」
「俺は…、こいつとは腐れ縁って言うか。とにかく、またにしたら?」
和真はそう言うと、私の腕をつかんで、「帰るぞ」と歩き出した。私をその男に近づけないよう、自分の体を楯にしながら。
「うん」
私も和真の体の陰に隠れるようにしながら歩き出した。タマちゃんもその男を警戒するように、私の後ろにぴったりと寄り添って歩いてくれた。
「び、びっくしりた。人生初だ」
「ちょっと、危なそうだったね」
私の言葉に、タマちゃんが小声でそう言った。
「やっぱり?」
「しばらく、付きまとわれるかもしれないから、帰りは一緒に帰るからな」
「うん」
まだ、和真は私の腕をつかんでいる。
駅でタマちゃんと別れた。和真は電車に乗ると、なんだか険しい顔つきで私を見ている。
「テニスしているところ、見られていたんだな」
「そ、そうだよね」
「学校の外から見ていたんだな。あの制服T男子高校のだろ?もしかすると、家があの辺で、帰り道とかなのかもな」
「家が近く~~?じゃあ、ずっとこれからも、まとわりつくかな」
「かもな」
「やだよ~~~。そうか。告白されるのって、全然嬉しいことじゃないんだね。杏菜の気持ちがようやくわかったよ」
「気持ち?」
「たまに、ストーカーみたいなやついるみたいだったし。サッカー部の男子が、行き帰りも一緒に帰ったりして守っていたみたいなんだよね。あんなふうに知らない男子にコクられるのって、嬉しいより怖いんだね」
「かもな」
「あ、ごめん。今のは和真のことじゃないよ」
「…え?なんのこと?」
「だから、和真のことを知らないから、杏菜はふったけど、怖かったんじゃないと思うよ?」
「……ああ、中1のときのこと?」
「うん」
「いい、別に気にしていないから」
「ごめん」
「それより、あんまり一人でうろつくなよな?休みの日とかも、俺、暇しているから声かけろよ」
何それ。和真、優しい。嬉しい。でも、素直にそういうことが言えない。
「わ、わかった」
嬉しくて顔が火照るのを隠しながらそう答えた。
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なんだって、あんな変な男が柚葉にコクってくるんだよ。杏菜のほうじゃなくって、柚葉だよな?
それも、太陽が似合うだって?はあ?笑わせるな。
なんか、ムカつく。めちゃくちゃムカつく。なんだって、あんなやつが、そんなことを言ってんだよ。
家まで送っていく道のりでも、なんだかムカついていて、俺は言葉少なくなっていた。
となりで柚葉もさっきから、言葉が少ない。
それにしても、柚葉、何度も俺が杏菜にふられたって話をしてくるけど、あれは俺が杏菜と柚葉を間違えたんだって、さすがに言えるわけないよな。
今だったら、絶対に間違えたりしない。二人がまったく一緒の髪型で、一緒の服着ていたって間違えない自信がある。
でも、あの時は、言い訳にしか聞こえないだろうけど、双子だって知らなかったんだ。まさか、おんなじ顔した人間がもう一人この世にいるなんて思ってもみなかった。
いろいろと、おかしいなって感じはした。あれ?こんなに色白かったっけ?とか、あれ?髪をおろしているから、雰囲気が違うのかな?とか。でも、とにかく告白して、夏休みに花火とか行ったりしたかったんだ。
今思えば、なんであんなに焦っていたのかもわかんない。どんどん、柚葉に惹かれて、気持ち伝えたくなって、夏休みになる前に伝えないとならないような、わけのわかんない焦燥感に襲われた。
ああ、そういえばあの日、移動教室があって2年生の階に行った時に、2年の男子が、
「1年の南郷、可愛くねえ?」
「可愛いよな。俺、ライン聞いてみようかな」
「花火誘うってどう?」
「夏休み、どっか遊びに行きたいよなあ」
って言っているのを聞いて、柚葉のことだと思って焦ったんだ。
だから、他のやつに取られるくらいならその前にって、渡り廊下を一人で歩いているのを見て、慌てて声をかけたんだった。